noriba-ba's garden

自然に囲まれたログハウスとナチュラルガーデン&趣味のある豊かな暮らし

親バカから見た出来の悪い桜の木

2019-04-09 11:16:42 | ガーデニング

ゴンタ桜にばかり注目してしているうちに

ガーデンにあるもうひとつのソメイヨシノの桜の木が

いつの間にか満開を迎えていた。

南の斜面地にあるこの桜は植えてから10年ほど経つが

今年は今まででいちばん花つきが良く

ゴンタ桜兄ちゃんに負けじと美しい花を咲かせている。

しかし残念なことに…この弟(妹?)桜は

周りの大きな木に囲まれて窮屈な思いをしながら育ったせいか

かわいそうに…ずいぶんひねくれた枝ぶりになってしまった。

今さらだが 、この子の親(?)として

この場所を選んで植えた責任を感じている。(笑)

だがしかし…この子は悪環境をものともせず

自分の置かれた場所で逞しく、そして美しく咲いているのだ。

何ともいじらしいではないか…。

でもこうして青空をバックに黄色い菜の花と一緒に撮れば

少しぐらい枝ぶりが悪くてもごまかせる…(笑)

と言うか、全く気にならない。

いや、むしろ枝ぶりの悪さが魅力的にさえ感じられる。

そう思う私は、もしかして親バカ?

出来の悪い子ほどかわいい…っていう、アレ?

…そうかも知れない。(笑)


でも、本当にそれだけだろうか?

確かに均整のとれた樹形は誰しも美しく感じる。

世の中が美人に目を奪われるように。

だが、その美人も

最初は美しく感じるがそのうち見飽きると言うではないか。

ただ単に美しいだけでは魅力は長くは続かない。

 

そこが人間の気まぐれ、かつ勝手なところで

バランスを欠いたものにも不思議な魅力を感じることがある。

たとえばこんなふうに…

決して美しいとは言えないが、どこか惹かれる…とか

何かわからないが、いつまでも心に強く印象が残る…とか

いわゆる不完全の美というやつだ。

 

おそらくそこには

不均衡のもつ危うさや未熟さに共感する自分がいて

不完全なものに心を寄せることで

自分自身を奮い立たせたり、擁護したりして

無意識に自己を肯定しようとしているからだと思う。

 

…などと、一本の桜の木からくどくどと

さんざん屁理屈を並べ立てながら自己分析しているが

結局のところ、贔屓の引き倒しと言うか

やっぱり親バカなんだと思う。

どこをどう切り取ってみても

出来の悪い我が子を必死にかばっている図式にしか見えない。

つまりそういうことだ。それで納得…。(笑)

 

そこで、お口直しにこの写真を…。

 

山荘の近くの道沿いにある桜並木だが

毎年見事な花を咲かせ通りすがりの私たちを楽しませてくれる。

やはり一本だけでなく、数本並んだ桜並木に

圧倒的な迫力があって格別に美しい

今、こうして桜並木の美しさを楽しめるのも

その昔、苗木を一本また一本と植えた人がいたからだ。

そうした自然を愛でる心と先見の明を持った

素晴らしい先人たちに感謝!

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