たすくの空中散歩

七草店主、相沢たすくの農作業や工作や
日々の一喜一憂を記録していきます。

<放射能、食糧難対策>玄米一粒の革命~白米は粕~(3)

2011年03月30日 19時04分32秒 | 一喜一憂

これまでの記事
<放射能、食糧難対策>玄米一粒の革命~白米は粕~(1)
<放射能、食糧難対策>玄米一粒の革命~白米は粕~(2)

<玄米正食ならガンも放射能も怖くない!>

さて、以前のブログの記事で、東洋医学の話をしました。→無肥料栽培<4>
西洋(現代)医学では、病気の種類を何万種類にも分類しますが、東洋(伝統)医学では病気には大きく分けて二種類しかありません。
それは、体のバランスが陰に傾いて起きる病気か、陽に傾いて起きる病気かの二種類です。
さて、その考え方において、ガンとは極陰の状態です。そして実は、放射線による被爆も同じく極陰なのです。
よって、がんの食養療法は、そのまま放射能被爆に対する食養療法ということになります。

ではここで、前述の石塚さん、桜沢さんの正食療法を伝統医学や最新医学の裏付けでさらに統合発展させた「生命医学」を提唱実践している、忠 宣叡(ちゅう のぶあき)さんの著書『がんは食事療法で完治させなさい』をご紹介させていただきます。
この著書では、冒頭に玄米を中心とした正食生活でガンを完治させたアメリカ人医師の話の後に、玄米正食が放射能による被爆を防止した例として以下の例を挙げているので、そっくりそのまま引用させていただきます。(ご本人からの了承をいただいております。)



「玄米正食は原爆病および原爆症をも防止した!」

 玄米を中心とする正食療法で果たしてガンまで治るって???と右の引例をも半信半疑で戸惑っている読者にもう一例を紹介しましょう。それは原爆の被爆者が必ず発症する原爆病や原爆症が玄米正食によって阻止されたという驚くべき事実です。
 昭和20年8月9日、米軍は長崎に二発目の原爆を投下した。当時、爆心地より1800メートルのところに浦上第一病院があり、そこで院長をしていた秋月辰一郎医師も診療中に被爆した。同医師のその体験録は昭和41年に『被爆医師の証言――長崎原爆記』のタイトルで弘文堂より出版され、その後、昭和47年6月に増補版が『死の同心円――長崎被爆医師の記録』という題名で講談社より出版されています。それによると、同病院は秋月医師の方針により入院患者58名および看護師ら医療スタッフは玄米食を実践していました。そこに長崎への原爆投下がなされたのです。同書130頁で秋月医師は、「爆弾をうけた人には塩がいい玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩辛い味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして甘いものを避けろ砂糖は絶対にいかんぞ」と主張し、「職員に命じて強引に実行させた」と書いています。
 その後どうなったか、この病院では原爆病になった者は一人もなく、その後、原爆症にかかった人も一人も出なかったのです。この病院は爆心地にありましたが、それでも病者を出さなかったのです。ところが、それに反してこの病院よりも爆心地から遠くにあった長崎の公立病院では、被爆による犠牲者の続出を防げず、大量の死亡者を出したばかりか、その後、今日に至るも原爆症の発症で年々大勢の人が苦しみ落命しています。
 玄米正食の偉功はこれで明々白々ではありませんか。それでもガンに効くのか、という人たちのためにさらに付言しておきましょう。それは原爆病、原爆症もガンも共に極陰におちいった疾患だということです。原爆投下後に恐れられる死の灰の正体は放射能ですが、それに大量に含まれているストロンチウムとセシウム235という二元素は強烈な遠心力、拡散力すなわち極陰性のパワーを有しています。被爆によって強烈な焦熱による火傷を被るが、同時に放射能による極陰のパワーの害を体に浴びてしまう。実は即死をまぬがれ生存した者のその後は、放射能による極陰の害にほかなりません。これは極陰に偏した身体が発ガンにおちいるのと結果において同じなのです。
 原爆症患者の実態は白血病です。ガンの中でもより陰性の強いのが白血病です。秋月医師は若い時からの無双原理および正食医学の実修者でしたから、前述しましたように玄米に極陽の塩を強くして食べさせ、水や砂糖の陰性を摂ることを厳禁したのです。一方、水を飲んだ者や砂糖その他の甘いものを口にした者はまもなく口唇が紫暗色に変化し、次々に息絶えていったといいます。口にする飲食物がこれほど人体に絶対的影響力を有していることが如実に証明されているのです。この事実はガンにもそのまま当てはまるということを読者には大悟せられたい。
 ここで右に述べてきました極陰、極陽のことにつき解説しておきます。
 生命医学の基盤である無双原理(=宇宙法則)によると、宇宙の万物万象は遠心力求心力の相反する二大エネルギーによって形成されています。遠心力を陰性、求心力を陽性という用語で呼んでいます。正食法は無双原理に基づくものです。右の陰・陽の作用はもちろん人体をも支配しています。その観点から健康とは、陰陽の秩序が調和している肉体の状態、病気とは同秩序が敗れた肉体の状態をいいます。病気は陰性過多による陰性病か陽性過多による陽性病かの2つに分類されます。当生命医学の病気治療は正食療法によって肉体の陰陽バランスを正常に回復させることにあります。ところで食物にも陰性を帯びた陰性食物と陽性を帯びた陽性食物がありますから陰性病には陽性食物、陽性病には陰性食物を配合して陰陽を回復させるのです。ガンは陰性病であり放射線は極陰のパワーそのものです。

【肉体に及ぼす、陰性の作用:緩める、拡げる、軟らげる、冷える
          陽性の作用:緊める、縮める、硬くする、温める】

~以上、忠宣叡著『ガンは食事療法で完治させなさい』(徳間書店)p10~13より引用。太字は原文による。


…という訳で、僕が書くことは何もなくなってしまいましたが、そういうことです。

「そんなことでガンや病気が治るなら、誰でもやっているはずだ」

ごもっとも。

事実、少し前までは誰でもそうしていたからガンが存在せず、病人も少なかったわけです。

*明治7年に政府の政策により、西洋医学を学び、試験に合格しなければ医師と名乗ることが出来なくなり、二千年以上の歴史を持つ日本の伝統療法が切り捨てられました。現在でもこの規程は有効だそうです。

*4/3追記:戦後まもなくの昭和27年には「栄養改善法」が公布・施行され、カロリーベースの西洋栄養学の観点から、欧米食が「豊かで先進的」であるとされ、国の方針としてパンや肉や牛乳などが積極的に導入されるようになりました。

さらに、同著に、ガンが治る人・治らない人という図表があったので転載させていただきます。
これはそのまま、病気になりにくい人・なりやすい人でもあるし、人生を笑いと楽と喜びの中で過ごす人と、怒りや苦しみや悲しみの中で過ごす人とも言えるのかもしれません。(p153より)

 *クリックで拡大

さらに同著から、医療現場で実際に使われている放射線治療の被ばく量の数値です。(p93、94より)

【人間の年間最大許容放射能:50ミリシーベルト(国際放射線防護委員会勧告)】

レントゲンによる胸部撮影1回:約1ミリシーベルト(DNA破壊による短縮寿命目安:約1日半)
同、胃透視1回:15ミリシーベルト(同:22日半)
CTスキャン1回:20ミリシーベルト(同:約1年半)
対ガン放射線療法(患部への直接照射)1回:5000ミリシーベルト(同:???)


そして現在の日本全国の放射能濃度がコチラです→http://atmc.jp/

通常の10倍の数値を示す茨城県でも(3/24)一時間あたり0.3マイクロシーベルトつまり、0.0003ミリシーベルトに過ぎず、年間計算(×24時間×365日)したとしても、2.6ミリシーベルトに過ぎません。

これでは原発30km圏内の方と、病院でガンの治療を受けている方と、どちらが避難した方がよいのか解りません。

一番の病気は『常識』という名の、人間の無知なのかもしれません。


「あらゆる苦しみは無明(無知)より生ずる」 

~ゴータマ・ブッダ


(続く…)


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<放射能、食糧難対策>玄米一粒の革命~白米は粕~(2)

2011年03月23日 21時49分37秒 | 一喜一憂

<楽しい玄米生活のはじめかた>

これから玄米生活を始めてみたい、とお考えの方に是非おすすめしたいのは、白米と玄米の収納容器を別にしておいて、その日のメニューや気分で分量を調節する方法です。

そして、最初は白米に玄米を少しだけ混ぜて炊くところから始めて、慣れるに従って玄米の割合を増やしていったり、おかずをいろいろ変えてみたりと、100%白米のメニューから100%玄米のメニューまで、その違いを楽しみながら無理なく体感することができます。

そうして食べ比べていけば、「健康のため」と無理して玄米を食べようとせずとも、体は正直に美味しい嬉しい食卓の方を選んでいくはずです。

玄米ご飯の炊き方はいたって簡単!玄米の量に合わせて水の量を増やすだけ!炊飯器で普通に炊けます。
増やす水の量は白米の場合の水量に対して1.3~1.4倍くらい。
うちでは前もっての浸水とかしてないですが問題無く美味しく炊けます。
停電中なら土鍋で炊けばもっと美味しくなります!

→簡単絶品!土鍋ご飯の炊き方http://blog.goo.ne.jp/nora_tasuku/e/8cf533cef03e4a024c8e10cb32fb0ee6


<玄米菜食の理論>

さて、ここからは、何故玄米を主食にすると良いのか、なぜおかずが減り、肉食が不要になるのか、もう少し詳しく見てみようと思います。

まずは栄養学の観点から見た白米と玄米の違いです。

 *クリックで拡大

と、一目瞭然ですが、玄米には人間が健康を保つために必要とされる栄養素のほとんどが、バランスよく含まれているそうです。一転、白米では必要な栄養を補うために「1日30品目」と言われるような多種多量なおかずを食べなくてはならなくなってしまいます。

では次に陰陽論の観点から玄米と白米を比べてみましょう。
陰陽論とはこの世のあらゆる現象を陰と陽の要素の拮抗、バランスで読み解くものです。(陰陽の例:「太陽と月」「男と女」「暑さと寒さ」「アルカリ性と酸性」etc..)
その陰陽論が、食物においてはK(カリウム:陰性元素)とNa(ナトリウム:陽性元素)の含有比率が目安となることに着目したのが、日本食養の祖と言われる石塚左玄さん(1851-1909)です。
実は「白い米は粕である」も、石塚さんの口癖だったようです。

この石塚さんの「夫婦アルカリ平衡論」を、大陸の『易』と結び付けて図表化したのが、玄米正食を「マクロビオティック」として世界中に紹介した桜沢如一さん(1893-1966)の手による下の食物の陰陽表です。

 *クリックで拡大
桜沢如一著「魔法のメガネ~物の見方、考え方」(日本CI協会)より

と、思ったら手元にあったこの資料には白米が載って無かったので(^_^;)こちらのリンク等も参考にしてみてくださいませ。→http://roop119.com/2.html
(他にも「食物陰陽表」等で検索すればいろいろ出てきますよ。)

さて、この食物陰陽の観点から見ますと、玄米は陰陽のバランスの大変に取れた中庸の食物であることがわかります。(陰や陽に傾きすぎる程、バランスを取るのにエネルギーが必要になる→体に負担がかかる。)
ところでその玄米を精米して白米にすると若干陰の側に傾きます。よって、バランスを補うために肉類などの陽性の食物を取る必要が出てくるというわけです。

もともと偏ったものを生活の中心においていては疲れてしまいます。
バランスのとれたものを食卓の中心におくことで、バランスのとれた生活が送りやすくなります。

僕は自分で玄米を食べるようになるまで、菜食主義の人や、仏教などで肉食を禁じている人に対して
「ほんとは肉を食べたいのにやせ我慢している」
「神様が肉を美味しく作ったのだから、それを食べて何がいけないのか?」
「動物がかわいそう、と言うのなら植物はかわいそうでは無いのか?」
等の誤解と偏見を持っていました。

実際にはそれらの人たちは「食べる必要がないから」食べていなかっただけだったのでした。(そうでない人も沢山いると思いますが…)
そして、食べる必要が無いならば、調理においても、体においても、また調達においても保存においても、あらゆる面で肉食より菜食の方が「楽」なのです。
自然環境に恵まれた日本という風土において、穀物菜食は楽に生きるための、ごく自然な選択なのです。

「日本人は自分たちが飼う家畜を殺すこともせず、またこれを食べない。彼らはときどき魚を食膳に供し、ほとんど米麦飯のみを食べるが、これも意外に少量である。ただし彼らが食べる野草(野菜)は豊富にあり、またわずかではあるが果物もある。それでいて日本人は不思議なほど達者であり、稀な高齢に達する者も多い。したがって、たとえ口腹が満足しなくても、人間の体質は僅少な食物によって、十分な健康を保てるものであることは、日本の場合によっても明らかである」

~室町時代、宣教師のフランシスコ・ザビエルが初めて日本を訪れた際、カトリック教会本部に宛てた手紙


主食に玄米を取り入れるだけで、食卓は変わります。
食卓が変わることで、生活が変わります。
生活が変わることで、人生が変わります。

玄米一粒からの革命、是非お試しあれ!!

(続く…)


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<放射能、食糧難対策>玄米一粒の革命~白米は粕~(1)

2011年03月18日 08時53分25秒 | 一喜一憂

地震の影響で、多くの方が放射能による被爆の心配をされているかと思います。
また、今後は電気だけでなく、野菜や米などの食料品が不足することも予想されます。

ところが、こんな時でも玄米のちょっとした知識があるだけで、放射能にも食料難にも怯えることなく過ごすことが出来ると思いますので、お伝えしてみようと思います。


タイトルの「玄米一粒の革命」は、自然農法の創始者として知られる福岡正信さんの著書『わら一本の革命』から拝借させていただいたもので、この記事はずっと前から書こう書こうと思っていたのですが、その内容がそのまま放射能対策にも食糧難対策にもなっていますので、元のタイトルのままお届けしようと思います。

僕が玄米を食べるようになったのがいつごろなのか、よく覚えていないのですが、多く見積もってもここ5年くらいだと思います。
実家では、母が玄米を大好きでよく食べており、家庭の食卓に玄米が出ていた時期もありました。
 幼心に食べた玄米の印象としては、やはり一般的に言われているような「硬くて美味しくない」というようなイメージでした。
それでも一人暮らしをする中で玄米を食べてみようと思ったのは、あまりに多くの「玄米が良い」「玄米を食べなさい」の声を耳にしていたから。
それで最初は、白米ごはんの中に玄米を4分の1ほど混ぜて炊いていました。
それがだんだん「玄米が入っていないと物足りない!」と思うようになってきて、割合も半々くらいになってきました。

玄米を食べるようになって感じたことは、

・とにかく満足感(満腹感)が全然違う。ごはんの量もおかずの量も、白米の場合より驚くほど少なくて済む
・野菜をあまりたべなくても、野菜を食べた感がある
・腹もちも断然よい
・揚げ物や肉類などの西洋風のおかずよりも、和風の質素なおかずが食べたくなる

このようなことは、当時超ビンボー生活をしていた僕にとっては、食卓が安上がりにシンプルになって健康にもなれる!?願ってもいない棚ボタ話しでした。

やがて僕は、白米に合うおかずと玄米に合うおかずとが全く別物であることに気付き始めます。そして、世の中に玄米に対して「まずい」という印象を持つ人がいるのは、おかずが白米おかず(西洋食)のままだからなのではないか?という重大な事実に気づくことになります。

そんな折、前出の本、「わら一本の革命」に出会います。その中で福岡さんは、「白米とは玄米の栄養をひとしきり削ぎ落とした後の残りカスだ!」と、福岡さん流の竹を割ったような口調で説明していました。
そして僕は、それが決して誇張表現ではないことを知ります。
なんと白米とは、実に玄米に含まれている栄養のうちのおよそ8割、ほとんどすべての栄養を削り落して残った部分。まさに残りカスだったのです!
なるほど言われてみれば、米に白で『粕』なのでした。

*ちなみに「玄米」とは、収穫した稲の実のもみ殻をとり除いたもの。「白米」とは玄米の外殻や胚芽などを精米して削り落したもので、その粉状の削り粕が「ぬか」です。

そして、はっと思い起こせば、愛用の旧暦手帳にもこんな記事がありました。

『江戸患い』

江戸の街は豊かになった中期以降、本格的なグルメブームを迎え、都会では白米を食べることが流行した。同時に身体の不調を訴える人が続出し、故郷へ戻ると自然に治ることから「江戸患い」と呼ばれた。
江戸患いはケイ素やビタミンB不足による脚気。野菜のぬか漬けはその頃から普及した副菜、栄養が不足を補う意味で理に適っていた。外食産業も発達し、江戸患いに効くという評判もあって蕎麦屋は多いに繁盛したという。
昔の人が「一汁一菜」の素食で健康を保てたのは、玄米や雑穀にバランスよく含まれるミネラルやビタミンのおかげだが、現代人はいまだに白米信仰の中にいる。

~LUNAWORKS「旧暦日々是好日」2009、2010年版より


ガーン!!自分はまさに飽食贅沢時代の白米信仰者だったのでした!!
その贅沢貴族っぷりは、例えるならスイカの真ん中だけくりぬいて、あとは捨てているようなもの!!なんと愚かだったのか!!
というわけで、それから思い切って玄米100%食事に挑戦する日を増やしてみました。もちろんおかずは味噌汁と漬物と昔ながらの質素な和惣菜で。

するとどうでしょう!お漬物が、味噌汁が、煮物が、きんぴらごぼうが、なんとこんなにも奥深く、美味しいものだったとは!びっくりしました。
そのとき僕は、日本に生まれて30年近く、初めて本来の和食の味、本当の和定食の姿を見たのです。

同じ和食のおかずでも、玄米を主食にすると、それまで白米では感じることができなかった奥深い複雑な表情を見せるようになります。そして野菜や素材そのものの味がより引き立ち、調味料の味でなるべく邪魔されたくないと思うようになり、自然と薄味にもなります。

白米では和食の奥深い繊細な味わいを知り得ることはできません。
なぜなら、日本の伝統食とは、玄米やヒエやアワなどの雑穀類を主食としたときにバランスがとれるように作られているからです。
そしてそのバランスの完成度の高さは世界随一を誇ります。
和食とはまさに、和(バランス)を極めた食なのです。

(続く…)


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無事ですよー

2011年03月11日 23時06分43秒 | 一喜一憂

いやぁ、地面ってやわらかいんですね。

地震が起きたときは車の中にいたのですが、突風かと思ったら何かおかしい!

と、とりあえず倒壊物等の無い駐車場に避難して、ただちに車を降りました。

「な、何だこりゃ!?地面が波打って、まるで海の上にいるみたいだ!」

ゆらゆらゆらゆら、その後も目に見えるもの全部がふにゃふにゃしていて不思議な感覚でした。

幸い我孫子にはまわりに海も山も高い建造物も無いので、周辺に大きな被害は出なかったようですが、日本全国酷いことになっているようですね。
みなさん御無事でしょうか?

前日の夜に、いまだかつて体験したことのない強くて長い耳鳴りが起きたのはただの偶然でしょう。

今夜は上着を重ね着して、節電節ガス生活です。

文明のありがたみと脆さを痛感しますね。

と、これを書いている瞬間にもまた余震が!
みなさん今後もお気をつけてー!



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かたくりの里ティーコンサートありがとうございました!

2011年03月06日 21時00分03秒 | 一喜一憂

3/5は、神奈川県の藤沢市にある福祉施設「かたくりの里」のティーコンサートにて歌わせていただきました。

かたくりの里でのコンサートは3回目になりますが、今回は初めての轟ひろたさんとのコンビでの出演だったので、とっても賑やかなステージになりました!
ひろたさんと僕は気が合うのに表現のしかたは真逆のところもあって、コンビを組むととてもうまい具合になります。
また似てるって言われました(^_^;)

さて、今回歌った曲は…

上を向いて歩こう、大東京音頭、ぼけない音頭、歌う惑星(自分の曲)、さんぽ(となりのトトロ)、あの素晴らしい愛をもう一度、カントリーロード(耳をすませば)、愛は勝つ…etc

という感じで随分たくさんいろんな歌を歌わせていただきました。

実は前回の日記のカンカラ三味線づくりは、このコンサートに間に合わせようと作っていて、なんとか試作品は完成したのですが、構造上の不充分さ(については別で書きます)があり、本番前日に一回と、本番直前の練習で一回と弦を切ってしまって、替えの弦が無くなってしまったために演奏することができませんでした。

残念でしたが、「まだそんな実力では人前には出さんぞ!」という音楽の神さまからのお達しでしょう。
ちゃんと三味線を完成させて、もっと練習して望みます!

三味線弾き語りデビューならずでしたが、大東京音頭、ぼけない音頭など、前々からやりたいと思っていた大好きな曲を、みなさんの手拍子にお手伝いしていただいて、とっても楽しくできました。

ステージ衣装も、今回でやっと和服デビューできました!
最初洋服だったのがアジア服になって、和服になって。シルクロードの最極東、ふるさとの島国に帰ってきました。
これは実は僕が心の中でずっと抱いていた夢で、三味線とかも含めて、音楽活動10年目にしてようやくここまでこれたかな、という気がしています。

まだまだ心の中で抱いている夢は無限大にあります。
これからの人生も楽しみです!

共演者の轟ひろたさん、かたくりの里のみなさま、ありがとうございました。また遊びに行きます!


「カントリーロード」

原曲:作詞、作曲 - ジョン・デンバー、ビル・ダノフ、タフィー・ナイバート
日本語訳詞 : 鈴木麻実子 / 補作詞 - 宮崎駿


カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード


ひとりぼっち おそれずに
生きようと 夢見てた
さみしさ 押し込めて
強い自分を 守っていこ

カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード

歩き疲れ たたずむと
浮かんで来る 故郷の街
丘をまく 坂の道
そんな僕を 叱っている

カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
 

どんな挫けそうな時だって
決して 涙は見せないで
心なしか 歩調が速くなっていく
思い出 消すため

カントリー・ロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード
カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード



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