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God bless the USA!

沖縄での最高の5年間を終え、ニューヨークへ戻り、今度はシアトルへ。アメリカの良さをうんと語っていきたい。

子ども時代を奪われた

2024-11-28 | Q and A
Q: 私は 母によって 自分の子ども時代を 全部奪われました。私は母を憎んでいます。私の青春を返して! 私の子ども時代を返して!と 叫びたいところです。しかし、もう 彼女はこの世にいません。 私はもう 攻める人がいないんです。 どうしたらよいのでしょう? この消化されていない この思いを どこにぶつけたらいいのでしょう?(27歳 Rさん)

A: 世の中は 決して公平には できていません。銀のスプーンをくわえて 生まれてくる 子どももいれば、道に捨てられる 子どももいるでしょう。しかし、子どもは 親を選べません。そして 親も 子どもを 選べません。けれども 親は 生むことは 選んだはずです。そして 選んだということは 親として 子どもを 育てる 責任があります。 その責任は 果たさなくてはなりません。 たとえ 育てられないと 決めたとしても 子どもの幸せを思って 愛情を注いでくれる 人に 預けることはできるはずです。

こどもらしく過ごした時期がなかったという 人は います。 周りの お友達が 部活を楽しんでいるときも 自分だけは 妹の世話をしなくてはならないから うそをついて 用事があるから 先に 帰ったとか。自分も みんなと同じように 部活をしたかったと悔やんでも 悔やみきれないことでしょう。 しかし、そのような 子ども時代を 奪った 母親も 彼女なりに 苦しんでいたのかもしれません。 病気であったり、アルコール依存症になる それなりの 理由があったり。

また 自分が犯した罪ではないのに 無実であり 無罪であったにもかかわらず 投獄された人もいます。 それも20年間と 長い時間。若い頃に たまたま ミスったことが 原因でつかまったと。18歳から39歳までと。あるいは たまたま wrong time に wrong neighborhood にいたということもあったかもしれません。 ましてや wrong neighborhood に生まれたのは その 人の 選択ではなかったかもしれません。

このように 幸せであるはずの 青春や 子ども時代を 失ってしまった人は います。 けれども もう その時代は取り返せないものです。どんなにがんばっても その時代には 戻れません。 たまたま そのような 運命を 辿ってしまったと言っても過言ではないでしょう。 なぜ自分が 日本に生まれたのか? なぜ 自分が 黒人のハーフとして 生まれたのか? それは 運命です。 神様が 決めたことです。 私達の 力ではどうにもならなかったことなのです。 ですから Rさんのように おとなになって 振り返ってみたところ 自分には 青春がなかったのだと くやしくても Rさんの 青春を 取り戻すことはできません。

そのような 運命だったと 受け止めるしかないのだと思います。 けれども Rさんは まだ 27歳です。 将来がこの先 あります。 ということは いくらでも やり直しがきくということでもあります。確かに 青春はなかった、 幸せな子ども時代はなかったかもしれません。 しかし、今後の 人生は あなたのものであり、 あなたの 決断次第で いかようにも 変えられます。 ですから 希望をもってください。 失った 子ども時代の分も うんと 生きてください。

もう 死んでしまった お母様を のろっても 意味はありません。 そのような 母親を憎む 自分の子ども時代を 奪った人を 憎んでも 自分が苦しむだけです。 もう どうしようもないからです。 それなら お母様を 許し、 そのような 母親への 憎しみの感情をもった 自分をも 許し、 前に進んでください。 もう 後ろを振り向かないでください。 こぼしてしまった ミルクは もとへは もどせません。 割れてしまった ガラスは もとに もどせません。 あとは 新しいガラスを 作ることに励むだけです。 そして たとえ 先が 長くなくても 人生は 長さではなく 質です。 ですから 質の濃いものにしてください。

確かに 失ったものは 大きかったかもしれません。 しかし、 今は 見えなくても 得たものはあるかもしれません。 あなたの 奪われた 子ども時代は 決して 無駄ではなかったかもしれません。 そう思ったら 得たものを 探してみてください。 それは なにかしら?

神様は 決して 不公平を 与える方ではないと 私は信じています。 慈悲深い 神様は 私達を愛し、私達のことをもっとも かわいいと 思っているはずです。その神様が 私達に 決して悪いものは 与えないはずです。 そう 信じたら、 神様はきっと 私にも いいものを この先 与えてくださるのだと 思えないかしら?

求めれば 与えられるということばがあります。 Rさん どうぞ あなたしか得られない あなたらしい 幸せを 求めてください。 自分の人生 21歳から スタートしたと思ってください。 その時新たに 生まれたと。スタートは 悪かったかもしれません。 けれども あなたの手で すばらしい ゴールは 作れるはずです。 それは あなたの 手の中にあります。 ですから 生きてください。 失った分まで 生きてください。

「自分は 幸せな子ども時代というものを知らずに育った」と思うかもしれません。子ども時代がどういうものか 知らなくてもいいのです。 たまたま その間 自分は 眠っていていなかったと思えばいいのです。 あるいは めちゃくちゃに 傷つけられた 幼少時代であったのなら、 その分 今、自分は 誰にも負けない強さを得たと 思えばいいではありませんか? 最後がよければ、 結果がよければ それでいいと そういう考えがあってもいいのではないかしら?

もし 「本当に 母親に 愛されるって どういう感じなんだろう?」と思ったら 代理の母を 探してもいいのでは? そのような人が身近にいるかしら? 「Tさんは 私にとっては 第二の母のような 存在なの」 という人が できたら いいかもしれませんね。

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