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田舎屋で地獄ラーメンを食べたのだ。 

 国見町の「田舎屋(でんしゃや)」で昼食だ。勿論食べるのは「地獄ラーメン」に決めていたのだ。入店するなり「地獄ラーメン」を注文すると、辛さが「一丁目から百丁目」まであるとの店のおばちゃんの返事。

  私「80丁目ってどの位の辛さですか?」
  店「辛さはその人によって感じ方が違いますから・・・。」

 そりゃそうだと思いつつ、

  私「80丁目と70丁目とはどのくらい辛さが違うんですか?」
  店「辛さはその人によって違いますから・・・。」

 そっけない。

 店のおばちゃんはこの手の質問を何百回、何千回とされているので、「まぁだ おんなじ質問さっちゃあ」といういような感じで、面倒臭そうな受け答えだったのだ。

 食べてみての感想。
  
  「麺は楽に食わっちゃげど、スープは辛すぎで、あんまり飲まんにがった。」
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昼は「山口屋」。&「ひばりあんもち」・「相馬あられ」・・・懐かしい。

 仲間町の「山口屋」で昼食だ。2年くらい前に一度来たことがあるのだ。
 「まぢ場で、駐車場のある店どっかあっかなあ」ということで何とはなしに入店したのだ。

 何とはなしに入店したので、何を食べるかで凄く迷ってしまったのだ。

  「前来たどぎは何食ったんだっけなぁ。」

と、前回食べたものを参考に決めようと思ったのだが、その時に何を食べたのか思い出せなかったのだ。仕方ないのでそれ程食べたいと思わなかったのだが、不本意ながらも、「ソースかつ丼」を注文してしまったのだ。

 話はがらっと変わるが、子供の頃のことで強烈に記憶に残っているのがある。それは相撲の関脇「栃東」がやっていた「ひばりあんもち」のコマーシャルだ。

  『「ひばりあんもち」って、今も売ってんのかなあ。』

 それと、人見明がやっていた「馬のいななき 聞いだごどねぇな。ふたっつ、みっつやっか。」の「相馬あられ」だ。
  『「相馬あられ」って、今も売ってんのがなあ。』

 なんだか懐かしい。
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阿武隈漕艇場で少しまったり

 午前中は旧安達町(飯野町に近い方)だったのだ。仕事が終わり、あんまし天気が良かったので、阿武隈漕艇場(東和町・安達町?)へと車を進めたのだ。

  「まさが、こごではオリンピックは無理だべな。」

 こういうのんびりとした川の風景を見ていると、仕事の忙しさなど忘れてしまうのだ。

  「よっぱら川 見でだがら、行ってみっか。」
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巻機山登山翌日 昼は五日町の「鮨岡」で。


 巻機山下山後は五十沢温泉に泊まり、翌日が観光だ。とりあえず、「三国街道 牧之通り」と「八海山ロープウェー」に行くことにしたのだ。牧之通りに着いたのが9時半頃だったため、店はどこもやっておらず、通りを通行するだけだったのだ。次に八海山ロープウェーに乗り山頂に行ったのだが、曇りで視界が悪く残念ながら絶景を見ることが出来なかったのだ。残念。
  「11時だし、昼どごで食うべ。」


 と、八海山ロープウェーの売店の中を見ていると、「るるぶ特別編集 南魚沼」という冊子が置いてあったのだ。そこに「大好評 南魚沼、本気丼」というのがあって、そこに「すし処 鮨岡」、「Little 北海道」、「ごちそうお肉ビストロ くう海」の3店舗が紹介されていたのだ。
  「鮨岡が一番安いがら、こごに決めっぺ。」
 「鮨岡」に行ってみてびっくりしたのだ。開店時間(11:30)をちょっと過ぎただけなのに、店はいっぱいで並んだのだ。間もなくカウンターに通されたのだ。待っている間親方の仕事ぶりを見ていたのだが、下を向いて注文のランチ(昼はランチのみだ)を黙々と作っているのだ。時々、親方が、「××ちゃん、下げて~。」「××ちゃん、持ってって~」「××ちゃん、いただいて~。」「ありがとうございました~。」と、作りながら言っているのだ。
  「どごに目ぇあんだべ。びっくりした。」
 運ばれてきたネタが山盛りになっているランチを見て、
  「具がいっぱいで、酢飯が見えね。こだ海鮮丼見だごどねぇ。びっりした。」
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巻機山登山。死にそうなくらい寒かったのだ。


10/9(日)は巻機山登山当日だ。朝目覚めると雨がザァザアと降っている。
「今、降ってっけど、9時頃小止みになって、お昼には止むっていう予報だがら、登るごどにすっぺ。」ということで、登山口のある桜坂駐車場へと向かったのだ。
駐車場に到着すると、数台の車が停まっていたのだ。そのうち何台かは登山を諦めて戻っていたのだ。私も少し考えていたのだが、「このくれな雨だごっちゃ。」ということで、6:20登山開始。




7:20、5合目着。雨の中の歩きなのに予定時刻よりも早い。
「案外早ぐ着ぐがもしんに。」




8:00、6合目着。
「こごまで来れば、あどちょっとだ。とりあえず、9合目を目指して行ぐべ。」




9:35、9合目(ニセ巻機)着。
「やっと急登が終わったぁ。雨も小降りになったし、あどはのんびりど山頂を目指すべ。」



9:45、避難小屋。
「雨で合羽が濡っちゃし、体も冷えできたがら、しばらぐ休んでんぺ。」
10分くらい休憩の後、山頂を目指し出発。
避難小屋を出ると、雨は完全に止んでいたのだが、強い風が吹いていたのだ。
「雨が降ってねくて良がった。とりあえず山頂」と歩き始めたのだ。ところがである。腕が痺れだしたのだ。指先の感覚も少し無くなってきたのだ。
「これって、低体温症?」
まずいと思いつつ、腕をグルグル回しながら、山頂を目指したのだ。



10:25、尾根分岐点。山頂標識はあるがここが山頂ではないのだ。このことは事前に調べたいたのだ。
「とにかく寒い。死んちまう。早く山頂さ行くべ。」



11:25、山頂到着。
「え、まさがこごが山頂?」
寒い。ということで、さっさと写真を撮り、避難小屋に戻り、リュックに入れていたダウンを着込み、体を温めたのだ。

 ちなみに、この巻機山登山で、日本百名山のうち30登ったことになるのだ。私の目標は33なので、もう少しだ。
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巻機山登山前日。民宿「やまご」にて。

 3連休を利用し、新潟県魚沼市の巻機山に登って来た。8日土曜に、民宿「やまご」に前泊し、翌9日に登り、下山後に南魚沼市の五十沢温泉「ゆもとかん」に泊まることにしていたのだ。さらに10日は観光しながら帰宅する計画だ。

 自宅を出るのがちょっと遅かったため、民宿「やまご」に着いたのは6時半頃だったのだ。急いで風呂に入り、食事をするべき場所(大広間)へと行ったのだが、私の隣の席には年配の男3人女1人のグループがいたのだ。
 そのグループは酒を飲みながら大騒ぎをしていたのだ。とくに、その年配の女性はかなりの泥酔でベロンベロンなのだ。彼らは間もなく食事を終え、部屋に戻って行ったのだ。私も暫くして部屋に戻ったのだが、その隣の部屋から年配の女性の大声が聞こえてきたのだ。どうやら、部屋で2次会をやっているらしい。
 
  「俺ぇ~、明日起ぎんの早いんだけっちょなあ。うっつぁしくて寝付かんに。」

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Z会登山クラブで、赤城山登山

 Z会登山クラブの今回の登山は赤城山(黒檜山)なのだが、参加メンバー7名の中に最長老の82歳のWさんがいるのだ。そのWさんの体力を考え駒ヶ岳登山口からの登山となったのだ。結局、そのWさんが足かせとなり、予定が大幅に遅れてしまったのだ。

  「んでも、俺は83歳で赤城山に登る自信ねぇなあ。ていうか、83歳まで生ぎられっかどうが自信ねえ。」

 何とかかんとか、山頂へ。山頂で味噌汁を飲む予定だったので、私がガスバーナー (登山用ストーブ)を、最年少のiさんが2ℓ(リットル)の水を持っていくことにしていたのだ。山で飲む味噌汁は旨いのだ。と、隣にいた「博士」というニックネームのOさんがuccのカップ付きスティックコーヒーを持って来たのだ。
(水あんまり残ごってねし、全員の分はねえなあ。)

  「Oさん、一人分は水何㏄必要なんだい。まさが、uccなんて言わねべない。」
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赤城山登山前日

10月1日、2日とZ会登山クラブ7名で群馬県の赤城山に登って来たのだ。


福島を出発して最初のトイレ休憩の時に、リーダー格のTさんが「ちょっと、早く着きそうだから、どっか観光でもしますか?」との問いかけに、すかさず「フラワーガーデンはどうだべ」との答えたのだ。ということで、我々一行はその目的地へと向かったのだ。
着いたところは、「あしかがフラワーパーク」だ。
「俺の思ってだのは、『那須フラワーガーデン』なんだげっちょなぁ。」



定刻通り、宿泊先の赤城温泉「湯之沢館」に到着。
6時から宴会だ。気の合った仲間の宴会は楽しいのだ。ちなみに、湯ノ沢館はおかみさんと仲居のおばちゃん(75?歳くらい)の2人が接客してくれるのだが、その仲居のおばちゃんの出身は二本松市(旧東和町)だとか。日本酒を注文した時に、そのおばちゃん曰く
「『大七』とか『奥の松』も旨いげっちょ、『赤城山』の方が旨いんだがら・・・。」
そのおばちゃんは完全に二本松を捨てて、群馬県人になっていたのだ。
ちなみに、大七・奥の松は二本松市の代表的酒造メーカーだ。
なお、風呂は混浴だ。
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