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梁川駅中の蕎麦屋

 梁川町に行ってきた。なぜ梁川町かというと、以前のブログで先輩のUさんが、昨年末に梁川駅の中で蕎麦屋を開業したことを書いたが、地震があったりしてUさんのところになかなか食べに行けないでいたのだ。それで、ゴールデンウイークの始まりということもあって、梁川まで足を運んだというわけだ。

 阿武隈急行梁川駅に着き、駅舎に入ろうとすると不吉な張り紙が・・・。そこには「6月末日まで休ませていただきます」と書いてあったのだ。

  「アチャー!」

 折角食べに着たのに残念だ。と思う反面、開業したばかりなのに地震で休業せざるをえなくなったU先輩はかなりの痛手だということに気付かされたのだ。

 想定外の休業だったため、何のことはない結局ラーメンを食べて帰ってきたのだ。休業だった場合のことを考えて別の店を調べてから行くべきだったのだ。
想定外?

  「どっかで聞いたような言葉だ。」

  
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滝桜を見に行ってきた。

  「すいでっぺー。」

 原発で観光客が減っていると報道された三春町の滝桜を見に行くことを前々から計画していた。昼食を食べ午後1時頃出発したのだ。途中まで天気もいいし、絶好の花見日和だと思っていたのだ。ところが、三春町に入ると渋滞となり、また雨もパラパラと降ってきて気分も一気にダウンだ。
途中、交通整理をしていたおじさんに、あとどのくらいかかるかを尋ねると、
「車でも1時間だし、歩っても1時間だよ。渋滞になったのは今年初めてだ」との答え。

 結局、駐車場に着いたのは4時半だ。こんなに混んでいるのは、私のように、

  「すいでっこっちゃ、いってみっか!」

と思ってきた人が多いからなのか。ただ、この渋滞もいつもの年よりは少ないのだろう。

 十分に滝桜の魅力を堪能したあとは、「昭進堂」で購入した団子を食しながら、帰路に着いたのだ。ただ、名物の「おたりまんじゅう」というものが売り切れで、買えなかったのは心残りだ。

 滝桜を見に三春を訪れることは暫らくないが、ちょっと気になる「おたりまんじゅう」を食べに三春に行く楽しみが増えたのだ。
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がんばろう 福島特産市 in 街なか広場

 本町にある「街なか広場」に行ってきた。何かしらのイベントをやるとテレビでやっていたからだ。どういうイベントだかはわからない。ただ。わかっているのは「I love you & I need you ふくしま」を大合唱するということだけだった。

 雨の中、午後から出かけてみた。運良く丁度「I love you & I need you ふくしま」の大合唱をしているところだったのだ。傘と傘がぶつからないように、前に進んでいくと10人ちょいいくらいの人がステージに上がって歌詞カードを見ながら合唱していたのだ。これが大合唱なのかと思うと、いささか期待はずれだった。自分の頭の中では、24時間マラソンのエンディングの「サライ」とまでは行かなくても、広場にいる人たちが一丸となって歌うのかなと思っていたのだ。

 急遽決めたイベントだったが、

  「あいにくの雨でお客さんの数は少なく、何となくすげねがった。」

 ただ、個人的には、これにこりずにこういったイベントをどんどんやってほしいと思った。
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あずま総合運動公園の避難者受け入れ

 佐原にあるあづま総合運動公園に行く用があったが、その前に桜の鑑賞だ。巨石広場では数組がお昼を食べていた。今が見頃だ。

 さて本題。あづま総合体育館の中に入ってみた。ここに来る前の予想では、避難者でごった返しているのかなぁと思っていたのだが、案外少ないと感じたのだ。なんでも、一番多い時では2,500人いたが、今は700人弱だという。土湯温泉などの旅館に移った人がいるから減ったのだという。「旅館に移った人はラッキーですね」とあづま総合体育館の人に言うと、「温泉旅館に移った人にもいろいろ問題があるんです。というのは一つの部屋に数世帯が一緒にいるんです」との返答。また、支援物資も消費期限が過ぎたり、腐ったりして処分するものも結構あると話してくれた。支援物資を配布するところで、受け入れ人数に関係なく、適当に送って来るからだという。

 4時頃館内放送で「炊き出しを手伝える方は○○に集まってください」というアナウンスが流れた。自分達の食事は自分達でという仕組みになっているのにはびっくりした。実際外に出てみると、すごく大きな鍋の脇で5人くらいの女性が野菜を刻んでいたのだ。

  「一日も早ぐ自分のうじ(家)どが、仮設住宅に移れっことを願うだげだ。」
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飯野堰堤公園 がんばろう ふくしま

 今日の昼は、飯野町にある「飯野堰堤公園」にて、桜を見ながらの昼食だったのだ。あいにくの雨と、桜祭りの中止ということもあり、公園内はひっそりしていた。毎年この時期に飯野方面に行くときは、必ず「飯野堰堤公園」に立ち寄ることにしている。まだ、一度もいったことがない人は、是非行ってみたらいいと思う。ただ、露店は期待できないので、コンビニで買った弁当とお茶は必須アイテムだ。

 ところで、ここに来る前に、実家が相馬市だという奥さんの所にお伺いしたのだ。その奥さん曰く。「『がんばろう ふくしま』って言うけど、何を頑張れば良いのかねぇ」の言葉に、「頑張ろうという気持ちが大事なんじゃないですかねぇ。」と答えるのが精一杯だった。

 ひっそりしていた「飯野堰堤公園」だが、ここに咲いている桜を見ると、地震も、津波も、原発問題も、風評被害も、売上低下も忘れてしまう。花にはそういう不思議な力があるのだ。

  「もし、時間に余裕があっこっちゃ、近いどごでも良いがら、花を見に行ってみたらどうだべ。
 がんばっぺ ふくしま。」
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花見山に行ってきた。

20年ぶりで渡利にある花見山に行ってきた。今年は県外からの観光客が少なく、車も近くの駐車場に止められるのではないかという予想があったからだ。



いざ駐車場に着くと福島市民の気持ちは同じだ。福島ナンバーのオンパレードだ。



花見山に着いた。



桜が満開だ。
「今日はあったげくて、本当に花見日和だ。」




黄色い花も咲いている。
「この目の保養によって、自粛ムードがどっかに吹っとんじまったようだ。」





暫らく山を登ると山頂に着いた。




いつの間にか順路案内が建ってあった。




何度も来ているが、花見山がこんなに綺麗な所だとは思わなかった。




駐車場へ戻ろうと歩いていると、後ろから「うわー、ヤマブキ綺麗」という女性の声が。このヤマブキという単語に太田道灌の『七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき』の歌を思い出したのだ。と同時に「ヤマブキオー」という私の好きだった競走馬も思い出したのだ。

ちなみに、家に戻ってこの黄色い花について調べてみたら「ヤマブキ」ではなく「レンギョー」だということが判明したのだ。

落語に出てくる道灌小僧は歌道に暗いが、どうやら私も後ろにいた女性も花道に暗いようだ。


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白内障の始まり

 南中央にある松木眼科に行ってきた。
 1年くらい前から目がかすむというか、目を開けているのだが開いていない感じがして、はっきりと物が見えない状態が続いていた。今まではドライアイかなと思って、家で、職場で、車の中でと1日中何度となく目薬をさしていたのだ。しかし、目薬をさしても効果が無いのだ。

  「こんじゃあ、わがんね」

 というわけで、重い腰を上げ眼科に行ったというわけだ。

 眼科に行くと、まず視力検査が行なわれ、続いて医者による診察が行なわれた。
目を検査するための台にアゴを乗せると、目に光をあてられたのだ。
 
 医者「白内障の始まりですね。」

 と、写真を見せながら、そして目の模型を見せながら私の今の目の状態を説明してくれるのだが、

  「とうとう、そんな年になっちまったのが」

 というショックで、その説明が頭に入らない。兎に角、白内障という事実だけはわかったのだ。

 医者「まだ手術する段階ではないので、白内障が進むのを抑える薬を出しておきます。」
 私 「このまま、ぼやっとしたままなのですか?」
 医者「見えづらいのと、どうやって折り合いを付けていくかですね。」

 私の手許には「カリーユニ」という点眼薬が元気なさそうに横たわっている。
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大きい余震

 7日の夜の余震には驚いた。おかげで次の日の8日は眠くて眠くて仕方なかったのだ。本当は昨日ブログを書こうと思ったのだが、夕食を食べたらついついごろっと眠ってしまったのだ。

 7日の夜、地震が起きてからずっと地震関連のテレビを見ていたのだ。その中で盛岡からの現地中継があり、停電になったことをリポートしていたのだ。それを見ていた私は、

 「このへんも停電してんだべが。信号が消えでっかもしんにがら、見でくっから。」

 これを聞いた家族が、
 
 「何言ってんの。電気だってついでるし、テレビだって今見でっぺした。停電なんてしてないよ。」

 撃沈だ。ちなみに、写真は見に行こうと思っていた、自宅近くの信号機だ。
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お年玉年賀葉書の当りを交換

 福島三河町郵便局に行ってきた。今頃になってではあるが、お年玉年賀葉書の当りを交換するためにだ。今年は切手シートではあるが5枚も当たった。受取った年賀葉書の枚数からすると、かなりの高確率だ。何故今頃になったかというと、2月は仕事が忙しかったのと、地震があったため交換するのが延び延びになったのだ。

 ところで、話は3月11日に戻るが、私の部屋の地震の被害はというと、書棚の1つが倒れ、書類・書籍が散乱したのだ。

  「どうすっぺ」
 
 と思ったものの、とりあえず散乱したものをランダムに積み上げておいたのだ。これが間違いの元になったのだ。通信手段の不通、停電、断水、ガソリン不足など非日常的なことの連続で、仕事上もプライベートも共に記憶が飛んでしまったのだ。

  「あの書類(物)、どごにいったべ」

 という会話は日常茶飯事だ。しかし、それはそれ。

  「そのうぢ、出でくっぺ」
 
 という能天気というか、かなり無責任な言葉が口をついて出てくるのだ。

 ただし、決して今まで、ひとりでに出てきたためしは無い。
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餃子の満腹では日曜の昼も営業するそうだ。

 昨夜、久しぶりに街に飲みに出かけた。2月20日以来だ。とくに、東日本大震災以後は精神的にも飲む気にはなれなかったのだ。
 
 「今時、街を酒飲んで、ウロラウロラしてっと、殺されっつお」

 という噂にドキドキしながらも、仲間町にある元祖円盤餃子の店「満腹」へと向った。ちなみに、この店のファンになったのは、偶然見つけた石丸謙二郎のブログを見てからだ。餃子がうまいのは当然のことだが、品薄のビールをグビグビとおもいっきり飲めるのは最高だ。

 震災後の夜の街は特に閑散としていた。帰りのタクシーの運転手の「震災直後はJR、特に新幹線が走っていないがら長距離ばっかしで、なんだもねぐ忙しがったげど、それ以後は全然動がねくて、暇なんだ」という話を聞きながら、ウロラウロラしていたにもかかわらず、殺されずにタクシーに乗っている自分にほっとしたのだ。

 最後に耳寄りな情報を得た。満腹では日曜日だけだが、11:40から13;30までの間、昼間の営業をやるとの事。もちろん、メインのメニューは1,500円の30ヶ入り焼き餃子だ。当然ご飯は無い。
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