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「ゆでる」か「うでる」か

 昨夜は福島駅西口の蕎麦屋「西口喜多屋」で蕎麦を食べた。というのは、蕎麦を食べたかったということもあるが、ポイントが貯まって500円分の食事券として使えるポイントカードがあったからだ。それで、そのポイントカードを使用してしまいたかったからだ。

 いつものように二段セイロ(盛り蕎麦2枚)を食べ、500円の食事券として使えるポイントカードを出し会計を済ませると、1度見たら2度と忘れない風貌の店主に「次回、このカードをお持ちください」と、また新たに捺印されたポイントカードを渡されたのだ。

 このポイントカードというのがクセモノで、全てがそうだとは言わないが、ポイントカードに縛られるという傾向がある。ポイントが貯まってくればくるほど、なかなか別の店に行きにくいのだ。確かに、ポイントがついて食事券として使えるのは魅力だが、色々な店に行けないというデメリットもある。この罠にかかると、完全に店側の思う壺だ。

 「ということで、いろんな蕎麦屋に行きっちので、折角もらったポイントカードをなげたのだ。」

 ところで、蕎麦を「ゆでる」か「うでる」かのうち、どっちが正しいんだろうと前々から思っていたのだが、この際調べたら何のことはない、どっちも正しいのだ。長年悩んでいたのだが、なんとなく拍子抜けだ。
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イルミネーションが消えた。びっくりしたなぁもう。

 国道13号の万世町交差点から新町生協の方に向けて撮ったイルミネーションの写真だ。
 
 このイルミネーションは2月11日に急遽電飾された。こちらのイルミネーションのほうがパセオ通りのイルミネーションよりも明るく豪華だ。この明るくて豪華なイルミネーションがアダになることもある。ちなみに、このイルミネーションは3月13日まで電飾されている。福島市では町おこしの一環?としてイルミネーションに力を入れているが、その経済効果の程ははなはだ疑問だ。

 数日前であるが、「もうちょっとで、11時かぁ」と思いながら、この道路を車で走っていると、いきなり景色が真っ暗になったのだ。

  「うわ、なんだべ。」

 あの明るくて豪華なイルミネーションの消灯時刻が11時なのだ。それで、一斉に電飾が消えたというわけだ。
 三波伸介ではないが 「びっくりしたなぁもう。」
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正伍郎という屋号のいわれ

 私がよく行く陣場町にあるうどん店「Don」にて、日曜日に「寒ブリ祭り」というイベントがあった。その料理の内容はブリのしゃぶしゃぶから始まりブリの刺身、ブリの照り焼きなどだ。勿論最後にうどんが出た。しかも、そのイベントが始まる前には「酒飲亭いさん」さんなどによる寄席があった。これで3,000円とは安い。そのイベントは年4回くらいやるという。

 さて、このうどん店「Don」のマスターは本内にも「正伍郎」という食堂を経営している。もっとも、こちらの「正伍郎」のほうが本店なのだ。
 ここのマスターが本内で仕出屋をやっていた時に、いつも昼食を「正午頃に持ってきて」と言われていたそうなのだ。毎日「正午頃」「正午頃」と言われているうちに、頭の中が「ショウゴゴロ」「ショウゴゴロ」で占められてきたというのだ。そこから店の屋号を「ショウゴロウ」にしたという。駄洒落から名付けたのだ。
 マスターは洒落が好きで、「Don」の屋号はうどん店なので「Don」としたのだが、ロゴはこの「Don」の前にすごくちっちゃこい「u」の文字が付いているのだ。

 「残念だげっちょ、誰も気ぃつかね。」
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たまには写経を・・・

 写真に写っているのは桜本にある曹洞宗の桜本寺だ。精神を集中するために以前から写経をしたいと思っていた。それで、2年位前にたまたま知り合ったここの住職にお願いして、写経の台紙と用紙を格安で譲ってもらったのだ。以来暇を見つけては写経をしている。般若心経を写経するのに約2時間はかかる。しかし、残念ながら写経をしているその間、雑念妄想が沸いてきて、当初の精神集中の目的を達成できず、どうしようもない。座禅も時々することがあるが、これもいつの間にか雑念だらけだ。どうやら継続してやらないと効果がないようだ。

 ところで、私のブログも4日も更新しないと「具合でも悪かったのがい?」などと友人知人から「サボらずブログを更新するように」とのプレッシャーをかけられる。今回みたいに1週間も更新しないと恐らく「死んだんでねぇべぇ?」などとイヤミを言われそうだ。

 というわけではないが、あづま運動公園に向う途中ここを通ったので、お寺に関するブログを書いてみたのだ。
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暁参り

  「うわー、忘っちゃあ!」

 何を忘れたかというと、折角の暁参りの様子をブログで報告しようと思っていたのだが、必需品であるデジカメを忘れたのだ。(年末のような仕事道具を忘れたのではないから良しとしよう。)

  「よぐ撮んにげっちょ、携帯で撮っからいいがぁ」

と、立ち直りも早い。

 今週は寒かったが、雨や雪が降らなかったので道は乾いていて登りやすい。



羽黒神社に着くと神殿の中で天狗が舞を舞っていた。




お賽銭を上げた以上の願い事をした後、大わらじを眺め今年の登山の無事を祈った。




携帯電話のカメラ機能(フラッシュ・夜間撮影など)の使い方がわからず、もたもたしていると、今度は狐が踊りだした。




昨年は巫女さんが御神酒を注いでくれたのだか、今年はセルフだ。誰も御神酒を飲んでいる人はいない。こういうのって、注いでくれるから「頂く」のであって、セルフだったらワンカップ持参のほうがよっぽど良いのだ。

 携帯電話が古いので、画素数が少なく、画像が不鮮明だ。残念。
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宮前駐車場のプチ情報

 7日の月曜日、成川地区のお客さんのところに行った時のことだった。そのお客さんの所で仕事をしていると、お客さんから「回り道さん、車の後ろのタイヤ、パンクしてますよ」との指摘があった。それで車を見に行くと、なるほどタイヤの空気が半分くらい抜けている。

  「ついでね。」

 それで近くのガソリンスタンドで1,575円の工賃を払ってパンクの修理をしたのだが、パンクをしたということは、ちょっとショックだ。
 昨日は昨日で、やむを得ない事情ではあったのだが、仕事以外のことで東奔西走。かなり疲れたのだ。へとへと。

 調子が悪い日が続いたので、丁度仲間町のお客さんの所に行く予定があったので、そこに行く前にお稲荷さんで厄を祓ってきたのだ。自動車は宮町にある「宮前駐車場」へ停めた。なぜここに停めたかというと、写真を見るとわかるように15分までなら無料だからなのだ。

 これなら駐車違反にならず、安心して何度もお参りが出来るのだ。「宮前駐車場」もこういう慈善的なことをやっていると、きっとご利益があるはずだ。
 もっとも、一番ご利益があるのはお稲荷さんなのだ。
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辛い(からい)と辛い(つらい)

 黒岩に餃子の大阪大将がオープンした。巨大餃子チェーンが福島餃子に殴り込みをかけてきたという感じだ。ちょっと興味があったので出かけてみた。

 店に着いて、外からメニューの看板を見てみると、餃子だけでなくラーメンとか炒飯とかメニューが豊富だ。「ふくしま餃子の会」の多くの店では夜のみの営業で、いわゆる「餃子専門店」が主流なので、バラエティに勝る大阪大将にお客を奪われそうだ。

  「福島の餃子屋さんも、うかうかしてらんに。」

 ところで、私が食べたのは大阪大将ではなく、同じ敷地内にあるココイチだ。カレー好きなので仕方ない。注文したのは6辛のコロッケカレーだ。最近年のせい?でライスの量が多く感じて、全部食べるのが辛(つら)い。しかも、楽勝だった6辛も辛(つら)い。

 今、ブログを書いていたら、辛い(からい)と辛い(つらい)が同じ字だったのに今更ながら気付かされたのだ。それで慌てて括弧書きでフリ仮名をふったのだ。びっくり。

 最初に書こうと思ったことと、全然方向が違ってしまったのだが、急に昔の流行歌を思い出したのだ。
“『若い』という字は『苦しい』字に似てるは~。”

 「ちょっと古すぎっぺが?」
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断捨離の実行

 年初に『断捨離』関連の本2冊を購入し、実際に衣類・書籍を中心に暇を見つけては、おもいっきり捨てている。ただ、最近1年以内に購入した本については、売却することにした。
 
 断捨離を実行してみてこれから先二度と身に着けないであろう衣類や、二度とページを開かないであろう書籍が山のようにあったことに本当にびっくりしている。
だんだんと余分なものが無くなっていく事の爽快感みたいなものがある。物に執着しているというか、物があると安心するというか、今まではそういう既成概念にとらわれすぎていたのだ。が実際に物が無くなっていくことで、気持ちが楽になるのが実感できるのだ。不思議。

 ということで、笹谷にあるブックオフで本を売ってきた。ただ今回売った本は今でも売れ続けている『もしドラ』など数冊だ。『もしドラ』がいくらで買ってもらえるか気になっていたので、店員に

  「『もしドラ』はいぐらだったい?」

と尋ねると、500円で売れたという。ラッキーだ。人気本だから高い値がついたのかと思いつつ店を出た。

 ちなみに、年初に買った『断捨離』関係の本2冊は当然に近い将来ブックオフ行きだ。多分、著者もそうしてもらうことを願っているはずだ。
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