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七夕書道大会を終えて

2017-08-08 22:24:23 | 日記
書道の伝統的な学び方に「手習い」と「目習い」がありますが、「手習い」は、筆をもって字を書いて学ぶこと、「目習い」は、筆に墨をつけて書かずに手本を見ることで学ぶことです。実際には、「手習い」と「目習い」を同時にしていることが多いと思います。手本を指や墨を含んでいない筆でなぞりながら鑑賞するなども、目と手を同時に使っているともいえるでしょう。
今大会に出品された作品は少なかったですが、本当は、書を学んでいる方は、もっと積極的に、このような機会には挑戦されるのが書道の上達のためには良いと、私は思っています。
書道の学び方の基本は、「作る」ことと「考える」ことです。
「作る」こととは、先に述べました「手習い」をも含んだ行動する意です。書くこと、つまり、アクションすることです。
「考える」こととは、アクションの結果生まれたものをよく見て反省し、思索することの意です。ここには「目習い」も含めても良いでしょう。
考えたら、またアクションします。書の学びとは、この、「作る」と「考える」の限りない繰り返しのことだと、私は考えています。
出品した方も、していない方も、発表された作品を「目習い」することで書の理解と上達に役立てなければもったいないと思います。鑑賞するさい、言葉に置きかえると、置きかえないより数倍も書の上達に役立つことでしょう。
例えば、「梶の葉祈り」ですが、用紙に二行に行頭をそろえて書かれている作品、作者の真面目で誠実な姿勢を強く感じますが、習字の習い性が固定観念になってしまっているとも思われます。そのような方は、その習い性を破っている他の人の作品を見て、自分の思い込みに気づかねばなりません。
書は、字の造形でもあり、言葉の表現でもあり、紙面の構成でもあります。字の造形は言葉の意味によって規定されるものではありません。言葉は第一義的に大切なものですが、言葉によってすべてが言い尽くされることはありません。言葉は常に不十分なものです。紙面の構成は、言葉、字形、墨色、書きぶりなどあらゆる要素が一体となって一つの世界を形づくったものといえるでしょう。

他者の作品を鑑賞することで学ぶべきことは多くあります。書けない時は「目習い」で学び、書いたら「考える」こと。どのような状況でも書は学べるものです。(会員つうしん「野のはな」151号より)

(左から、有本伶雲さん、空あかねさん、堀りえ子さんの規定課題作品)
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