おはようございます。
世の中を 浮世と昔の酔狂人は嗤っていたようです。
浮世とは浮かれた世の中と称して洒落っ気混じりに
作ったのでしょう。
明治時代に入ったころの狂歌(季語のない短歌かな)から…
「上からは明治だなどと読むけれど治まる明と下からは読む」
当時も政府を冷やかす庶民はいたようでなかなかよくできてますねぇ(笑)
もうひとつ、「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も寝られず」
これは風刺と呼ばれる 今では短歌の川柳版でしょうか。
江戸末期 米国からペリー総督が率いる黒船四隻が神奈川の浦賀沖に来航しました。
米国大統領の親書を携えて 日本に開国を迫ってきました。
時の大老 井伊直弼は、出来るだけ返事を延ばすように指示。1年後には返事をする
約束を取り付けたペリー総督は一旦帰国しましたが再度就航。ただし武力は行使しなかったのが幸いでした。
当時鎖国中の日本(徳川幕府)でしたが長崎を通じて中国が欧米列強に侵食されている情報を得ていた
幕府はこのままでは清国の二の前になると戦々恐々でした。
二百年を超える鎖国政策は、キリスト教などスペイン、ポルトガルからの横やりを排除
して安定した政権を確立できました。ですが海外からの新たな情報が全く入らなくなってしまいました。
戦国末期は世界有数の軍事大国だった日本も泰平の世が続く中ですっかり居眠り仕舞いました。
【解説】当時 上等の煎茶を上喜撰と呼んでいました。米国の黒船の動力の元は蒸気でした。
それを庶民も蒸気船と知っていたようで 上喜撰との掛け合わせになっています。
コーヒーやお茶はカッフェインの作用で寝る前に飲むと寝付けが悪いといいます。
徳川幕府は二百数十年続いた泰平の世の中で 微睡む(まどろ)み 黒船の来航にあわてました。
…と、それらを合わせてご推測頂くと前述の 狂歌の意味が解って戴けると思います。
あ〜つかれた(苦笑) しかし 米国って、いつの世にも日本に云うてくるものですねぇ。





