「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
唯一無二の魂に感謝します。

天照大御神と月読の話

2018-09-14 07:30:00 | 日記
今年の夏は、台風が猛威を奮って、その中での大阪、北海道の地震がありで、被災された方には本当に大変な夏となってしまいましたね。

どうか、この困難を乗り越えられ、皆様が一日でも早く平穏な生活に戻れるよう、お祈りしております。



私の記事は今は2ヶ月前のことになっているので、私は神様達になぜこのようなことになるかを聞いていました。


7月17日に話していたのは、ナシタの神(天照大御神)でした。


ナシタの神だ。
毎日暑いので、川に入って遊んでいるのは、危険だよ。

今の岡山や広島の雨は、どうしてこんなことになってしまったのですか?

広島と岡山と愛媛の人達が亡くなって悲しいことだな。
水害は、ダムのことが大きかったのだよ。
一気に流れてしまうからな。
埋め立てられた場所は、もろいということだな。
開発は止めてほしいと、何度も言っているのだが、人は欲望があるから難しいだろう。
十津川の玉石神社の要石(かなめいし)は、木の国の中心になっているのだよ。
鹿島と香取の要石と同じだよ。
とーーーーちーーーー(土地)は、支えがあってなんとか保っているのだよ。


🌟平成30年7月豪雨とは、2018年6月28日から7月8日にかけて、西日本を中心に北海道や中部地方など全国的に広い範囲で記録された台風7号および梅雨前線等の影響による集中豪雨。
同年7月9日に気象庁が命名した。

🌟8月5日にまとめられた被害状況




7月20日の朝方に話してきたのは、ツクヨムでした。


ツクヨムだ。
話したかったよ。
十津川のトミヒメが出られて、私も嬉しい。
イワサクノカミと言われているのは、イザナギの子供になっているが、本当はスサノオノミコトの子供だからな。
スサノオノミコトは、ある意味忘れられた天王(てんのう)だから、失意の中でいたのだよ。
十津川が明るくなったので、私はM子とずっと話したかったのだよ。
タコも話してきただろう。
忘れられたことがわかってくれるので、神達が集まってくるのだよ。
十津川のタコもプレートを押さえているからな。
鹿島と香取の間のナマズもだ。
知多半島にウナギがいると、言っていただろう。
渥美半島の伊良湖岬が頭で、知多半島の羽豆岬がしっぽの先だよ。
土地は、寸断されないように、杭を打っているのだよ。
それぞれに守っているのが、ナマズだったり、ウナギだったり、タコだったり、ボア・コンストリクターなのだ。
諏訪の地底が旋回していると、言っていただろう。
諏訪が中心になっているからな。
十津川は紀伊半島の中心だよ。

台風の被害は、止められないのですか?

台風の被害は、深刻だな。
沢山の人が亡くなったな。
水害になるということは、作物が一番痛手を受けるからな。
治水ということが、大事なのだよ。
開発は、一気に水害を大きくしてしまうからな。
我が国は、稲穂の国だと忘れてはいけないのだよ。
神が怒ったとかではないよ。
人はそう言って、正当化するからな。
だーーーーれーーーーでーーーーもーーーー要らない人はいないのだぞ。
神達は、一生懸命守っているのだ。
忘れないでほしい。
いつも、守っている存在がいることを。
忘れないでほしい。
生きている尊さを。
M子に伝えたら、少し落ち着いたよ。
もう、明るくなるからな。
ありがとう。


ツクヨムは、月の神様なので、暗い夜に話してくれます。
かなり長い間話してきたので、最後は夜が明けて明るくなってしまいました。


私は、下書きをするのに、読み返して泣いてしまいました。

要らない人は誰もいない。
一生懸命守っているという神様達の心が伝わってきたからですね。


そして私は、たまたま読んだ記事のがんばっていた岡山の若者の姿に涙が出ました。

やっぱり、3次元にいる人間を助けるのは、人間なのだということですね。



西日本豪雨で甚大な浸水被害を受けた岡山県倉敷市真備(まび)町で、多くの住民が取り残される中、「どげんかしたらないかん」と、水上バイクで約15時間にわたり、約120人を救助した町出身の若者がいる。「町のヒーローじゃ」。
救助された住民たちから命の恩人として感謝されている。

 「おかんが真備の家に取り残されとる。どうにか助けてもらえませんかね?」

 7日昼前、岡山県総社(そうじゃ)市の建設業、内藤翔一さん(29)は、同じ真備町出身の後輩で岡山市に住む上森圭祐さん(25)から電話で頼まれた。

 地元の浸水被害に、内藤さんは「なんかできんか」と思っていた矢先だった。趣味で水上バイクに乗ることがあり、免許も持っている。総社市の自宅から真備町はほど近い。

 「すぐ行っちゃるわ」

 水上バイクを友人から借りて、出発した。

 昼過ぎ、泥水は民家の2階ほどまで上がり、水かさは依然として少しずつ増していた。木やタイヤなど様々なものが流れ、油の臭いが鼻を突いた。ヘリの音が響く中、ベランダや屋根の上に避難している人々から救助を求める声が、数メートルおきに聞こえた。

 「助けて」「こっち回って!」

 「次行くけ、待っとって」と伝え、最初に上森さんの母親を救出した。

 取り残されている人々の多くが高齢者。自力でバイクに乗ることができず、抱きかかえる必要がある。途中から地元の後輩にも手伝ってもらった。助け出した人々は、高台にある森泉寺まで運んだ。

 近くの岩田忠義(ただよし)さん(73)夫婦も内藤さんたちのバイクに助けられた。軒下まで水が迫り、夫婦で屋根の上に避難した。昼過ぎに119番や110番で救助を頼んだが、助けは来なかった。ヘリが近くを飛ぶ度にタオルを巻いたさおを振って助けを求めた。

 数時間すると「ブーン」と鈍い音が響いた。「もしかして、やっと助けが来たのか」。近づいてきたのは水上バイク。内藤さんから「子どもを先に運ばせてな。絶対戻るけん、絶対間に合うけん、頑張って」と励まされ、ほっとした。

 しばらくして、約束通り内藤さんは来た。バイクに乗りながら「じいちゃん、命がけで助けたんじゃけ、長生きしてよ。絶対で」と肩をたたかれた。

 うれしくて、涙が出た。

 「内藤さんは、町のヒーロー。命の恩人じゃ」

 屋根の上に3時間以上立ち続けて足が動かなくなった高齢夫婦にも出会った。水は屋根の上に達していた。疲れ切った顔で「もうだめじゃ。わしらええけ、他行ったげて」と言った。

 「いや、絶対助けてやる」。水上バイクをロープで固定し、屋根まで歩み寄り、水につかりながらも、夫婦が呼吸できるように高めに抱きかかえて乗せた。

 日が暮れると、住民はライトを振ったり笛を鳴らしたりして存在を知らせていた。夜中には水深が浅くなり、水上バイクの底が何かにぶつかって何度も転倒したが、起き上がって救助を続け、午前4時までに計120人ほどを運んだ。途中から、避難先の森泉寺には内藤さんの後輩数人が集まり、バイクから住民を降ろす作業などを手伝った。

 森泉寺によると、7~8日に100人ほどが境内に身を寄せた。寺以外にも、希望する場所まで送られた人が20人ほどいた。

 水上バイクは傷だらけになった。燃料は何度も補充した。必死に救助を続け、最後は全身がつって動けなくなった。後日、避難所で炊き出しのボランティアをしていると、救助した高齢者から次々と感謝の声をかけられた。「それだけで、やってよかったと思った」

 内藤さんに母親を救助してもらった上森さんも町に駆けつけていた。7日昼過ぎから深夜まで釣り用のボートで救出にあたり、約100人を避難させた。

2人は現在も避難所での炊き出しや知人の家や店舗の片付けを手伝っている。実家の片付けも残っているが、「自分ができることを続けて真備町を立て直していきたい」と内藤さん。被災地を駆け回っている。(河崎優子)

朝日新聞デジタルの記事をそのままお借りしました。
コメント (10)