頑張れ、中年技術士!

青年技術士もいまや中年技術士。自分がなってみると意外に悪くない。中年技術士を楽しもうよ、そんな日々を綴っています。

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戦艦大和ノ最期

2007-05-18 22:39:47 | Weblog
この本は高校生くらいのころに一度手に取り、その頃はあまり深く読めずにお蔵入りし、約30年後に読み通したもの。
この本は知るひとぞ知る本で、作者の吉田満氏は少尉として大和に乗り組み、沖縄特攻の末に生き残った方。著者のあとがきでも述べられているが最期の日が艦橋勤務だったために特攻から沈没の一部始終を子細に把握されていた。
圧倒的なのはその文体。カタカナ混じりの文語体。最初手に取ったときに読みこなせなかったのはそのせいもあるが、今読み返してみると文語体の迫力、本を開けた瞬間からの迫力というのは口語体では表現できないものだ。氏も作品が文語体を求めたと述べられているが、当にその感あり。紙一枚の隙間もない鋼鉄の文章。
なぜこの本をまた手に取ったのかというと、大和の映画を見たから。
この映画は兵士に視点をあてて銃後の家族との絆や戦い行く目的を追い求めるところが主体で描かれていたように思うのですが、私はその戦闘シーンに見入ってしましました。古来、戦艦同士の戦いは大砲の撃ち合い、弾ざらしで行われてきました。
陸戦も同じなのですが、兵は消耗品なのですね。いま、これだけ長期間イラクとアメリカが戦ってアメリカの戦死者は未だ4千に届きません。大和1艦の戦死者にも満たないのです。近代戦は勝者の戦死者が圧倒的に少ないのが特徴なんですね。
しかし第二次世界大戦までは、いやベトナム戦争までか、兵士も士官も弾ざらしの中で戦っていたんです。鋼鉄の塊である大和なのに銃座はまったくの無防備、そして艦長が立つ防空指揮所に至っては、艦橋てっぺんで弾ざらしです。将軍だろうが士官だろうが兵士だろうがそれで艦載機の機銃に身を晒すのです。艦載機の機銃は20mmが標準、被弾したら腕ごと頭ごとふっとんでしまいます。
そんな中で迫り来る敵機の機銃に身をそらすことなく撃ち返す、どうしてそんなことができたのだろう。映画を見ながらそんなことを思ったのが再読のきっかけだったのです。
氏の諸刃の文章はその心理をつまびらかにしていきます。そして時に自身に刃を向けながら死スルコト、死ヲマヌガレタルコトの境界線を走り抜けていきます。
同じ境遇に我が身があったらやはりコノ些カノ安逸ヲモ奪ウナ 沈ミ行クハ何処 殺シ給エ 底ナキ戦慄ヨリ救イ給エ 殺セ と思うのであろうか。
死と現実が近すぎると、そしてそれが自分自身の力では避けがたいところにあると、ひとは誰でもこのように思うのだろうか。
そしてその場にある者とない者の差は何なのだろうか。吉田氏と父はひとつ違いだ。父は当時、高等工業学校(今の神戸大学)で土木を学んでいたため学徒動員を免れている。その心持ちというのは如何なものだったのだろうか。終戦の時、父は岩国にいたと聞いた。原爆投下も判ったという。彼は広島に入ったのだろうか、何を想ったのだろうか。
今となっては聞きようもなく、誰もがそういった話しを聞けなくなりつつある。
子どもの頃、戦艦大和のプラモデルを作って「格好良い」と遊んでいるのを嫌がっていたのを思い出すのみ。
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-05-26 19:06:18
戦争を考えるために、小林よしのり著『戦争論』を読んでみてほしい。

ここが考えるスタートだと思う。

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