この体験は、何かに似ている。しばらく考えて思い当たったのが、メビウス
の輪だ。細長く切った紙の帯をひとひねりして、端と端をつなぎ合わせ、外側
に線を描いていくと、いつのまにか線は内側を描いている、というあれである。
日本なら、ウチとソトの境はとても厳格に引かれていて、そう簡単に入ったり
出たりできなくなっている。バスの乗り換え方がわからない人がいても、遠く
離れた席から大声で教えてあげる人がどれ . . . 本文を読む
そんなこんなで私が中国語で「三歩進んで二歩下がる」をやっていた頃、
中国都市部の発展はすさまじく、百歩や千歩は軽く進んでしまっていた。
思い返せばSARSが発生するまでは、一大中国旅行ブームであった。
旅費など郷里へ帰る正規の往復航空券より、上海2泊3日パックツアーの
ほうが安いほどだった。
では、なぜここまで中国旅行を引き延ばしたのだろう。
ひとつは中国語に自信がなかったから。そしても . . . 本文を読む
大学の第二外国語は中国語を選択した。最初の半年間は、シンガポールから
来た華僑の先生にみっちり発音をたたきこまれ、あまりの厳しさにくじけそう
になったものの、1年の必修カリキュラムが終わるころには、皆、
「発音は完璧です。中国で話しても絶対通じます」
と太鼓判を押されるほどに成長した。あんなにつらかったのに、いつの間にか
中国語が好きになっていて、クラスには春休みに短期留学へ行く人もいた。
. . . 本文を読む
炎天下をものともせず戸外で
おしゃべりに興じる老人たち
(蘇州)
風呂あがりに夜店をひやかす。夜
風が気持ちいい(杭州)
子どもたちも夏休み。おじいちゃ
ん、おばあちゃんに甘える様子が
愛らしい(紹興)
書家・王羲之の「蘭亭序」で有名
な蘭亭(紹興)。裏庭に蓮の花が
一輪咲いていた
人造湖・東湖(紹興)。時の流れ
を経て自然なたたずまいに
上海・豫園の茶店で試飲三 . . . 本文を読む
杭州の虎pao(足+包)泉にいた
カエルくんは少々ずんぐり気味
中国のネコも暑さに弱い?
杭州・西湖そば、西ling(さん
ずい+令)印社の木陰でひと休み
西ling印社の裏山に続く小径
あずまやに水墨画を描く人が
山を登り詰めると西湖が一望できる . . . 本文を読む
中国は人が多い、というのは頭ではわかっているつもりだったが、
人や車でごったがえす道路を皆こともなげに渡るのには舌を巻いた。
もっとも、渾沌とした人ごみこそがアジアの街の魅力といえるのか
もしれないが。すさまじい喧噪に最初こそ尻込みしていたものの、
数日も滞在すると、後ろから猛スピードで走ってくる自転車乗りに
「おい、おい、おい!」と怒鳴られようがおかまいなしに道を歩け
るようになるから慣れは恐ろ . . . 本文を読む
中国人はその点、右頬だけで笑う、なんて中途半端なことはしないようだ。
笑いたいときは笑う、笑いたくないときは笑わない。いや、お偉方の宴会レ
ベルになると、そういうテクニックも必要になるのかもしれないが、私が旅
先で出会った人々に限っては、そんなことはなかった。
上海・豫園にあるデパートにサンダルを買いにいったとき、靴売り一筋何
十年というおばちゃんが、
「履き心地どう? そりゃいいでしょう! . . . 本文を読む
さて、ひるがえって中国、である。かねてから中国関連の本で「中国人は
(部外者に対して)愛想が悪い」ということは、耳にタコ、いや目にタコが
できるほど読んでいたから、こっちも鎧をつけて討ち入る覚悟であった。
なるほど、商店のおばさんも、バスの運転手も、ホテルのフロントまで、
表情が固い。最初に泊まった上海のホテルのインパクトは最大だった。チェ
ックインのためフロントに行くと、たしかに従業員が2 . . . 本文を読む
忘れもしない、小学6年生のときのこと。放課後、教室で友達と盛り上
がっていたら、定年間近の担任教師(私たちはその体型と顔つきから彼女
を「ブー子」と呼んでいた)が通りかかり、私をじろりと見て言った。
「あなた、友達といるときは笑うのに、先生の前では笑わないね」
私が黙っていると、彼女はそれ以上何も言わず去っていった。私は友達
とのおしゃべりに水を差された屈辱に震えながら、ブー子の背中に向かっ
. . . 本文を読む
蘇州発杭州行きの「滄浪号」はフェリーというより連絡船と
いうたたずまいで、いったい何十年、この川を行き来してき
たのだろうと、愛おしくさえなる。立て付けの悪いアルミの
窓枠を力いっぱい閉めたり、吹きさらしのため波や雨に濡れ
た洗面室をおそるおそる歩いたり。本来なら不便なはずのこ
とが、船旅だとなぜか楽しく、懐しい。午後5時半、蘇州を
出発、杭州到着までは約13時間。
蘇州フェリーターミナル
. . . 本文を読む
再びデッキに出ると、手を伸ばせば届きそうなほど近くを船が通ってゆく。
対岸には貨物船がぎっしりと停泊している。汽笛が激しく鳴るので目をやると、
前方から貨物船が迫ってきた。すわ衝突か、と思いきや数十メートル手前で巧
みに避けた。
レンガ、コークス、土砂、タイヤ、鋼材……積み荷は違えども、みなたっぷ
り積み込んで、甲板の位置がかろうじて水面ぎりぎりの高さを保っている。船
室で男が舵を取り、舳先で . . . 本文を読む
蘇州のフェリーターミナルに着くと、よく日に焼けた農夫がひとり、
果物を売りに来ていた。桃とぶどうを味見して、赤いビニル袋(どこ
の店も、果物を買うと赤いビニル袋に入れてくれる)にしこたま買い
込んだ。
乗船が始まった。フェリーはこぢんまりした造りで、ブリキのおも
ちゃを思わせた。ベニヤ板にペンキを塗っただけのような外観に、
「沈まないよね?」
と案じなかったといえば嘘になる。もっとも日によっ . . . 本文を読む
だが、あんなに激しかった口論がいつの間にかぴたりとおさまるから不思議だ。
このままだとどっちのお客も船に乗れない、それではお互い仕事に支障が出る、
という思惑が働いたのか、私たちのグループが先に船に通された。そのあと狐目
は何もなかったかのように涼しい顔をして、拡声器のスイッチを入れ、お客に向
って西湖の説明を始めたのだ。
ティッシュで即席の耳栓をこしらえ耳に詰めながら、彼らに、今日本で流行っ . . . 本文を読む
上海へ来て、この感覚のずれが何に由来するものなのか、やっとわかった。
信号も横断歩道もない道路を、人も車もバイク(電動自転車)も自転車もい
っしょくたになって渡る。のろのろ走ったり、ましてや歩行者が横断したり
すれば、目障りだとばかりにすぐ警笛を鳴らす。あまり鳴らすものだから、
警笛が街のBGMになって、誰もその音を気に止めない。
蘇州のバスの運転手は、渋滞にはまると何度も舌打ちをし、
「快点 . . . 本文を読む
かけっこをすればいつもビリ、ご飯になると噛み切れない肉をいつまでも
くちゃくちゃやっていた私は、親からことあるごとにぐずだ、のろまだと言
われて育った。その反動だろうか、今では電話をすれば早口でまくしたてて
相手から
「もう一度言って」
と言われるし、友人と外食してもいつもいちばんに食べ終えて、
「ライターは早飯じゃなきゃ務まらないのよ」
などと自慢にもならない言いわけをするようになった。 . . . 本文を読む