始めは悪く 終わりも悪しか!

2016-02-11 22:00:00 | 政治

少年時代の2月11日は「紀元節」と云い日本四大節の一つでした 
初代の神武天皇が即位された日と言われた日です 学校には登校し祝賀の式がありました
そして唱歌を斉唱し下校しました 歌詞は下の通りです

1番: 雲にそびゆる高ちほの 高ねおろしに艸(くさ)も木も 
                           なびきふしけん大御世を 仰ぐけふこそ樂しけれ

2番: うなばらなせるはにやすの 池のおもよりなほひろき
                         めぐみのなみにあみし世を 仰ぐけふこそたのしけれ

3番: 天つひつぎの高みくら 千代よろづに動きなき
                          もとゐ定めしそのかみを 仰ぐ今日こそたのしけれ

4番: 空にかがやく日の本の 萬の國にたぐひなき
                            國のみはしらたてし世を 仰ぐけふこそ樂しけれ

1929年(昭 ・4)この世にデビュー  ・ 1931年(昭・6)関東軍が南満洲鉄道線路を爆破して
満洲事変勃発  ・ 1932年(昭・7)5.15事件 海軍将校により犬養 総理大臣射殺された
1936年(昭・11) 2.26事件 陸軍の青年将校が約1400名で首相官邸 警察庁などを
占拠し 高橋是清 斉藤 実らを暗殺した事件の日です (私は4月に小学校へ入学しました)
1937年(昭・12)7月7日盧溝橋で支那事変勃発 1941年(昭・16)12月8日日米戦突入
1945年(昭・20)
終戦
 
幼児・ 少年時代は殆どが <非常時> と呼ばれ言論統制はあり 今思えば自由無き 暗~い
時代であったと思います 
中学生で大人では無かったが 下手な事を言ったら<非国民>と呼ばれるかもの空気は
それなりに感じていた

戦時中は警察官より怖い 軍隊の 「憲兵」 と云う存在があった
私は大森の立派な門構え 塀をめぐらした屋敷から通学していたのだが 憲兵が廻って来る
ことは再三であった
周囲も全部お屋敷ばかりだったが 謡の稽古ともなると笛 鼓の音も流れマークされていた
かも知れない 密告があったかもしれない

憲兵さんはオールウエーブの大きなラジオの存在を気にしていたらしい 敵国電波の状況
チェック リスナー存在などをを窺っていたのかもしれないのだが・・・実に嫌な時代だなぁの
思いでありました

戦時中の国会は憲兵が国会に詰め 議員の発言をチェック 軍部への批判的な政党や議員
の発言 の内容に神経を尖らして居たという事・・・これは知らなかった

不利な情勢が迫ってくると 東条英機の厳しさは大変なものだったようですね
和平工作の吉田茂には監視が厳しく 後の総理大臣吉田 茂さえも 「造言飛語罪」で逮捕され
たという事など全然知る由も無かった

最近の噂は穏やかでなく気がかりである 傲慢 暴走気味の安倍内閣である
まず 「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番」「沖縄の2社云々」等々
マスコミに対する自民党議員の「圧力談話」 を聞かされることだ

アベチャンネル と云う言葉も聞く・・・がその逆もあるんでしょうね
テレビ朝日のキャスター古舘氏や 6チャンですか他のキャスターも降板と云う異常さですが
マスコム界はどうなっているんでしょう

高市早苗総務相は何やら匂わしているようだし 「電波停止」 と具体的な事も言いだし始めた
カネの事 不倫の事には寛大で 「人の噂は65日」 党の堕落は関心なしですか

小さい頃も言論弾圧 この歳になっても不気味な風が吹き始めた様だ 「嫌な人生ですな」

福島ぎいんが 「ヒットラー」と発言したとか・・・私はヒットラーも東条も困ります   

コメント
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