先日、タイ在住の友人と久しぶりにスカイプ。
「日本はこれから大変だねえ」と彼。
「これから石油や穀物が高騰したらどーすんのよ?」
対して「天下のNHKはエジプトのニュースもほどほどに相撲の八百長問題ばかりやっていたよ、日本は何だかんだ言っても能天気なんだよねえ」と私。
そう、ドミノ倒しで今はリビアが大変(民間人へ無差別空爆だって!?)なのを横目に話題は大相撲、です。
八百長騒動に関して最初は「何を今さら」という感が拭えなかった私ですが、さすがに今回は大相撲未曾有の危機ですなあ。
思えば昭和52年初場所、何故だか荒勢のがぶり寄りに惹かれて相撲ファンになった私は、以来相撲の歴史まで研究する大の好角家になってしまった訳だが、八百長なんてものは小学生であった当時でも当たり前に存在すると思っていた。
ことさらに正義感ぶって不祥事を攻撃するのは昨今の日本人(マスメディア)の悪い癖だが、かつての現代、ポストの八百長批判記事は嫌悪感を抱きつつも大変興味深く読ませてもらった。
私が思うに相撲はスポーツでも格闘技でも伝統芸能でも神事でもない。
相撲は「相撲」であって上記のどれでもない曖昧なもので、その曖昧な「相撲」という娯楽を各人が好き勝手に楽しむものなのではないだろうか。
今の大相撲に直結する歴史を見てみても、江戸時代の「最強」力士・雷電為右衛門やその先輩の「最強」横綱・谷風梶之助はやたらと体が大きかった故に見せ物の「看板大関」からキャリアをスタートさせている。
相撲はありとあらゆる要素をごちゃ混ぜにした興行なのだ。
そして競技としてのシンプルさとごちゃまぜに付随した様々な要素から極めて日本的な娯楽となった。
八百長なんてありえない!と今までしらを切り通していた協会もさすがに今回は進退極まってきたと私が感ずるのは、やはり公益法人という地位だろう。
大体にして携帯で星のやり取りをするなんて素人だよ。プロだったら証拠を残すな!と言いたい。
貴乃花(現親方)の引退でひとまず好角家人生に終止符を打った私だが、近年長男が大の相撲ファンになってしまい、一緒に朝青龍と白鵬の激闘を楽しんでいた。
あ~幼稚園児に八百長問題は説明したくないなあ。
建設的に考えれば大相撲が生まれ変わる歴史的なチャンスかもしれない。
組織としてのあり方は再建委員会とかの識者の方々が是正して下さるだろう。
ここで長年の相撲愛好家として提言したいのは!!!!
1)お相撲さんを「一年を二十日で暮らす良い男」に戻せ!
戦前の年二場所の時代、空前のブームに即して相撲協会は一場所十一日制を十三日制に、さらに十五日制に変えた。
対して時の名横綱双葉山は「それは本当に辛い。満足な相撲を取れなくなるかもしれない」と言ったとか。あの双葉がですぞ!
若貴亡き後の相撲の乱れは観賞するに偲びなかった。
むやみに太った力士がのっそり出てきてぶつかってはたき込みでおしまい。
相撲ファンは数年前に発見された100年前の相撲の映像をもう一度見直して欲しい。
横綱小錦、大砲、後年一時代を築いた常陸山、二代目梅ヶ谷はまだ三役だったろう。本場ではなくて撮影用の取り組みにもかかわらず、もの凄い攻防の連続。一番一番が手に汗握る。一場所の取り組み全てを引き分けて「あれでは横綱でなくて分け綱」と酷評されたという大砲にしても、巨人力士にしては足腰がしっかりと鍛えられ、どうしてどうして晩年の小錦を見事割り出して破っていた。小兵力士たちにいたってはバックの取り合いでレスリングの様。
一番一番がタイトルマッチ。そう、かつて相撲は現在の総合格闘技みたいなものだったのです。
そしてそんなことは一年に九十番も出来る訳ないのです。
2)土俵を一回り大きくしろ!
かつて大相撲は一度だけ土俵を大きくしたことがあったはず。(大正時代だったか昭和初期だったか忘れたけど。)
平均身長・体重が大きくなったという理由であった記憶があるが、外国人力士も増え、今は比較にならないくらいに体が大きくなった。怪我も増えるだろうけれども簡単に土俵を割る事ができずに怪しい相撲も減るだろう。
ここまで書いて思うのは、私は大相撲を愛しているのだ!
例えどんな状態になっていようとも!
そしてもっとも敬愛すべき力士は横綱貴乃花だった。
八百長を告発している元若の鵬曰く「(八百長をやらずに強かった)貴乃花親方は凄い。本物のサムライだ!」
二子山勢が活躍した数年の間、大相撲全体が本当に変わった。
全然違った。
千代の富士は(貴乃花に負けて)上手く辞めたよなあと思ったものだ。
残された弟弟子の北勝海なんて十回くらい優勝して名横綱として引退するはずだったのに、晩年にガチンコとらされて可哀想だった。。。
若貴や安芸乃島、貴闘力相手に必死になってた取り組みが今でも目に浮かぶ。
貴乃花みたいな若者(当時)は本当に希有な存在だったのにマスコミは面白可笑しくこきおろしたよなあ。
りえちゃんは健気だったかもしれないけれど女優だぜ。
相撲だけの真面目な青年に太刀打ち出来る訳ないじゃない。
大関になるまでの貴乃花はほんとうにキラキラしていて本物のスターだった。
日本人はよってたかって自分たちの宝物をゴミ箱に打ち捨てようとした。
勿体ない。
後年、膝に大けがをして望んだ優勝決定戦で武蔵丸を投げ飛ばし、どうだと言わんばかりに不動明王と化した貴乃花は勇姿は忘れられない。
ああ、大相撲よ!!
小学生から中学時代まで、休み時間によく相撲を取ったものだ。
紙相撲で昔の名力士を再現して星取り表を作っていた。
月刊「相撲」を定期購読していた。
二十代の頃、飲み屋で初めて会った老人と戦前の相撲の話題で盛り上がった。
いつも大体三段目力士まで把握していた。
友人たちと、「小錦と同じ土俵に上がるのと、マイクタイソンと同じリングに上がるのとどっちが嫌か?」という究極の選択ゲームをしたことがある。
相撲に関しては語りだせば尽きる事がない。
大相撲が今後存続するのは難しいかもしれない。
公益法人の立場を守るのも八百長を無くすのも難しく、興行を再開しても先細りになってゆくのではないかな。
それでも私は大相撲を好きでありつづけようと思う。