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つれづれ

思いつくままに

三橋節子美術館

2020-01-26 12:58:41 | 

大津の長等山(ながらやま)は、三井寺の裏山から南に細長く伸びる 標高300m前後の丘陵である。
その南端の麓に、三橋節子美術館はある。
夭逝の画家・三橋節子さんは、私の6つ年上、昭和50年 35歳でこの世を去った。

彼女は、結婚を機に 長等山の麓に居を構え、近江の自然や歴史や風情に包まれたなかで、それを題材にした作品を生んでいった。
この地、三井の晩鐘が聞えるこの地に「三橋節子美術館」があるのも、長等への彼女のおもいを汲みとった ご遺族や行政の心遣いであろう。
緑に囲まれた閑静な美術館は、画家・三橋節子の生きざまを辿るにふさわしい、落ち着いた建物である。

三橋節子の絵は、かなしい。
号泣が聞えてくるわけではない。
すすり泣きや嗚咽のごとき、生っちょろい かなしみではない。
乱れず 冷静、それでいて 温かいのはなぜだろう。
作者の人柄というほか、なかろう。

可必館の梶川館長の言葉を借りれば、芸術作品は人間の戸籍であり、心の遺言である。
そこに宿る歴史の深層をみるとき、ひとは人生の確かな道筋を発見するのかもしれない。
三橋節子絶筆「余呉の天女」の前に佇むとき、彼女の家族との最後の旅となった余呉湖のかなしみが、身震いとなって伝わってきた。

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1.17、あれから25年

2020-01-17 23:06:37 | 

この日、神戸を訪ねた。
この日 とは、1月17日。
あれから25年経った この日、ここに立ちたかった。
ここ とは、神戸市役所の南にある 東遊園地。

帰途、三宮センター街を歩いた。
あの日を知らない若者たちが、あの日の前の神戸のまちの再現模型を作ろうと、あの日を経験した大人たちに、あの日以前の神戸のまちの様子を教えてもらっていた。

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一本の鉛筆

2020-01-16 01:55:41 | 

気功太極拳教室の生徒さんに、11歳年長の Iさんがおられた。
四半世紀前に私が西村加代先生の教室に入門して1年ほど後に Iさんは入門されたから、ほんの少し私が兄弟子ということになる。
西村先生を継いで私が講師になってからも、ほとんど休むことなく教室に通われていた。
墨染のあたりにお住まいで、河原町御池にある教室には京阪電車で通われていた。

私は、Iさんのことをほとんど知らない。
若いころ柔道をやられていたこと、実家は横浜で 勤め先だったのだろう 長いこと室蘭におられたこと、今は奥様と二人でお暮らしのこと。
去年の暮れ お別れ会の席で「資料にいただく菊池和子先生の記事を 家内がいつも興味深く読ませてもらっています」と語られたことから、“奥様がいらっしゃる” ことを初めて確認できた、その程度に 口数の少ない方だった。
動かざること泰山のごとしの言葉通りの ゆったりした動作で、表情を顔にあまり表されない。
が、更衣室でご一緒するときなど なるべく深入りしない話題で語りかけると、柔らかな笑顔で答えてくださる、その表情の かわいらしいこと。
私は立場上 教える側であったが、Iさんからは 先輩人間としての生きざまを たくさん学ばせてもらった。

手元に、一本の鉛筆がある。
教室では 出席簿に生徒さんたちが各自出欠を記入することになっていたのだが、備え付けの鉛筆が 見当たらなくなったことがあった。
翌週の稽古日に Iさんが持ってきてくれたのが、いま手元にある六角鉛筆だ。
トンボのリサイクルペンシル「木物語」、頭に消しゴムがついている。
なんどか削ったので、だいぶ短くなってきた。
鉛筆で書くのが好きな私の、愛用筆記となっている。

この一本の鉛筆で、Iさんと私は いまも繋がっている。

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鳥の水浴び

2020-01-11 08:13:02 | 

庄野潤三著『鳥の水浴び』を読んでいる。
最近 家内が好んで読みだした作者晩年シリーズの、一冊。
就寝前のひととき 家内が楽しそうに読みふけっているのを見て、私も読みたくなったのだ。
もうすぐ金婚式を迎える夫婦がどんな暮らしをしているかを書きたい、晩年の庄野氏が そう思って書き出した連載私小説の五作目だ。
とりわけて大事件が起こるわけでもなく 淡々と日常生活が描かれているだけなのだが、年齢的にも いまの私たちに一致するからだろう、ひとつひとつの言葉に大げさでない愛があふれていて 私の心を満たしてくれる。

「山の上の家」の庭は、「風よけの木」で囲われている。
木々には、季節季節にそれぞれの、愛らしい花が咲く。
いろんな種類の鳥たちが寄ってくる。
そんな光景がながめられる庭のある 夫婦ふたりの庄野家に、家族や知人が訪ねてくる。
奥さんが、手料理を来客にふるまう。
近所の知人が 手作りのバラの束を分けてくれる。
友人や親せきと一緒に観る宝塚歌劇、娘からの手紙、作者が吹く夜のハーモニカに合わせて 奥さんが歌う…
「ありがとう」「うれしい」「よかった」があふれる、日常生活の物語。

『鳥の水浴び』を読み進むうち、私にも 愛らしい花や実をつける木々との暮らしがあったことを、懐かしく思い出す。
名も分からない珍しい鳥たちも、寄ってくれていた。
会社のホームページの「工場周りの木々の花」という名のコーナーで それら木々や鳥たちも紹介していたなぁ、と。
私なりの『鳥の水浴び』を書き残すことができれば いいのになぁ。

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