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つれづれ

思いつくままに

泣くな赤鬼

2019-06-28 10:16:16 | 

きっかけは、『カシオペアの丘で』の作者である「重松清・原作」であった。
「堤真一・主演」が、映画館へ足を運ばせた。
映画『泣くな赤鬼』を観た。
やはり、最後は泣いた。

大人になった少年と、まだ大人になりきれていない中年男の物語。
この、映画評論家・相田冬二氏の寸評が、『泣くな赤鬼』をうまく言い表している。
大人になりきれていない中年男は、赤鬼先生(堤真一)で公立高校の国語教師であり担任であり野球部監督。
大人になった少年(柳楽優弥)は、愛称ゴルゴの元生徒で元野球部員。
10年後に出会わなかったら、そんな教師おったなぁ、そんな生徒おったなぁ、で終わっていただろう。

ゴルゴの最後のシーン、泣けた。
ゴルゴが死ぬ間際にするサインは、拒み続けた犠牲打(バント)せよとの赤鬼のサインであった。
大人になった少年ゴルゴが、大人になりきれていない赤鬼先生に、最後の力を振り絞って出したサイン。
赤鬼は、鼻水垂らして泣く。
ゴルゴの指が動いた、赤鬼の親指の付け根を握って、「泣くな赤鬼」と。

 

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戦火のなかの子どもたち

2019-06-25 12:24:09 | 

きのう丸善で、いわさきちひろの『戦火のなかの子どもたち』を買った。
表紙に描かれた女の子の顔、少し右を向いて じっとなにかに耐えている女の子の顔が、脳裏から離れない。
いまの私の反戦運動は、いわさきちひろの絵本の中で、いわさきちひろの反戦への思いを共有することぐらい。

若いころの私は、日本が世界で反戦の旗手になれると思っていた。
だって 憲法9条を持つ国なんだから、世界の反戦旗手になれるはずだと。

1950年代、アメリカは輝いていた。
輝いてみえた。
世界に豊かさと民主主義を植えていくヒーローにみえた。

アメリカのリーダーも、そして日本のリーダーも、どうしたんだ。
戦火のなかの子どもたちの、声に出ない叫びを忘れたか。

『戦火のなかの子どもたち』を、戦争の罪深さを忘れかけている今に、捧げたい。

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泉屋博古館

2019-06-14 10:50:25 | 

東天王町の泉屋博古館を訪ねた。
企画展『日本の書』に出ている寸松庵色紙を観るのが目的だったが、泉屋博古館の雰囲気を味わいたかったほうが本心である。

玄関の車止めに、二台の観光バスが停まっている。
フロントガラスに「住友電気工業株式会社様」とある。
見学にでも来ているのかなぁ、と横目で通り過ぎた。

企画展を一通り見終えて玄関を出たところで、バスに乗ろうとしている新入社員らしき一団に会った。
話し声が笑顔で華やいでいる。
ふっと、49年前にタイムスリップした。

記憶が曖昧なのだが、若王子か鹿ケ谷かの住友家の墓参を終えてたぶん、この泉屋博古館の集会所で研修最後の新入社員会合に出席したのではなかったか。
いまバスに乗ろうとする若者たちの笑顔が、そうだったと信じ込ませる。

今でも住友本家ゆかりの地で新入社員を迎える会社があるんだと、少しうれしい。

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