goo blog サービス終了のお知らせ 

つれづれ

思いつくままに

認知症外来

2019-04-24 12:00:38 | 

私たちの両親をみとった頃は、老人科は大きな病院にはあったが心療内科などというものはなかったと思う。
認知症という言葉すらなかった。
いま、認知症外来はほとんどの病院に「もの忘れ外来」という表記で存在する。

レム睡眠行動障害の症状が顕著になったのは、ここ半年くらい前からである。
まったく意識のない転倒を契機に、レビー小体型認知症を疑いだした。
かかりつけのお医者さんに紹介してもらって、認知症外来を受診した。

脳波検査、脳血流検査、脳MRI検査、認知症テスト、と盛り沢山な診察を受ける。
ぐったりだが、安心である。
結果は、連休明けとなる。

長谷川和夫医師らの尽力によって痴呆が認知症と呼ばれるようになった頃から、老人病ケアの進歩は目覚ましいと感じる。
両親の付き添い介護者探しに高額費用とともに泣いた頃とは、雲泥の差だ。

連休明けの結果を、心穏やかに迎えたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

和顔愛語

2019-04-23 15:23:43 | 

『じじいの不機嫌を直せば世界平和は訪れる』と題して前のブログに、いけ好かない爺さんの多いことを嘆いた投稿をしたことがある。
感じの悪いじじいが、私を含め多すぎる。

東洞院通りを隔てた向かいに、八百一というスーパーがある。
品数も品質もほぼ満足で、近いこともあって頻繁に利用している。
昼だけだが、二種類の弁当を用意してくれる。
食いそびれそうなときには、大助かりだ。

昼ちょっと過ぎに寄ったので、品薄になっていたのだろう、係り三人の店員が大忙しで盛り付けしている。
しばらく店頭で待っていると、年配の男性が「中華弁当くれや」と。
今しばらくお待ちください先にお客様もいらっしゃいますので、と店員。
わしは急いでるんじゃ先にしてくれやもっと店員増やさんかい。

真っ赤になった鶏冠をこらえて「和顔愛語」と、ひとこと私。
この爺さん、きょとん、と。
我ながら上出来であった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美尻トレーナー、岡部友さん

2019-04-19 19:58:52 | 

斎藤孝氏が問いかける腰肚文化をどう再生するかという問題に対する現代社会の風潮は、リヤカーを後ろから押した経験のある伝統的身体文化に育った世代にとって、どうも歯痒く感じられてきた。

そんな中にあって、一種の光明のごときテレビ番組を観た。
「プロフェッショナル仕事の流儀」で取り上げられた『美尻トレーナーお尻から心を変える』である。

お尻から日本の女性を幸せにする、という壮大な事業に邁進する岡部友さん。
単に美容としてのトレーニングではなく、お尻の筋肉をつけることで健康で自信に満ちた女性になってほしいという思い。
外見はおまけ、だと。

椅子生活、洋式便器、踏ん張る仕事なんかめったにない現代人にとって、尻の筋肉がいかに大切か。
顎関節症や過呼吸発作 うつ病の経験者で かつ克服者である私も、そう確信する。
岡部友さんに、絶大なエールを送りたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都西山の国宝仏

2019-04-14 21:15:35 | 

仏像の話は ほぼ煙たがられる。
なので なるべく会話の中では触れないようにしているが、ブログは 気に入らなければ読まれないのだからと解釈して、仏像のことをちょっと・・・

人でいっぱいの東山桜名所を避け、西山連峰麓の「花の寺」を訪ねた。
西行桜で有名な勝持寺の境内は『花見んと むれつつ人の来るのみぞ あたら桜の とがにはありける』の意とは裏腹に、まばらな桜人が静かに眺める小塩山斜面は 無垢な桜色で埋め尽くされていた。

お目当ての仏像は、勝持寺のすぐ隣の宝菩提院願徳寺という小さな寺の真新しい本堂に安置されている。
等身大の一木彫像である。
菩薩半跏像(伝如意輪観音)。
異国的な趣漂う風貌である。
黒石がはめ込まれた鋭い瞳、張り詰めた頬、強い意志みなぎる唇、腫れぼったい瞼、抱きしめたくなる表現力である。
天衣と条帛が織りなす躍動感には、心が躍る。

仏像ファン必見の国宝である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

復活幼稚園

2019-04-05 13:04:41 | 

小学校中学校9年間の通学路に、ヴォーリズ設計の建物があった。
京都復活教会である。

当時私は、4番系統の市電で通学していた。
学校指定の最寄り停留所は「北大路新町」であったが、一つ手前の「北大路堀川」で降りても学校までの距離はさほど変わらない。
それに北大路堀川近くに大の仲良しの家があったから、私の‘最寄り駅’は「北大路堀川」であった。
復活教会は、学校から北大路堀川への抜け道を抜けたところにあった。
今もある。

復活教会は、幼稚園を運営している。
同級生に、この幼稚園の卒園生がかなりいた。
彼らはなんとなく垢抜けしていて、復活教会の楚々とした建物に通じるものを感じた。
当時私の心に芽生えた、アメリカへのあこがれにも通じるものであった。

京都復活教会がヴォーリズの設計であることを、つい最近知った。
なぜヴォーリズ建築に惹かれるのか、わかったような気がする。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神島(こうのしま)

2019-04-02 14:34:57 | 

時代とともに変わり、失われていくものがある。
その中には世代を超え、次の時代へと語り継いでいきたいものもたくさんある。

かって、絶滅危惧種のカブトガニが干されて畑の肥料にされるほど獲れた入江があった。
岡山県の笠岡湾である。
神島は、この湾の南にちょうど大きな防波堤のように存在した。

神島は、四国と形も向きもよく似ている。
四国八十八ヶ所霊場を模して神島へんろ札所を建立した先人篤志家の心持が、よくわかる。

24年の歳月と300億円の費用をかけて行われた国営笠岡湾干拓事業は、土地と水が乏しいというこの地の長い悩みを解消したかにみえるが、神島は島でなくなった。
湾は、陸続きとなった神島の東に笠岡市中心部に向かって細長く伸びる航路を残すのみ、となった。

9月の第三日曜日、神島天神社の海上渡御が行われる。
泊地を干拓で失ってもなお、続けられている。
いつまでも残ってほしい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする