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つれづれ

思いつくままに

備讃瀬戸

2019-03-27 17:40:42 | 

宇高連絡船を頻繁に利用していたころ、備讃瀬戸の名を知った。
塩飽諸島という名の響きにも惹かれた。
公害という言葉が、ようやく社会に定着し出したころである。

新居浜の明屋書店で買い求めた書物、宮本常一著『私の日本地図・備讃瀬戸編』は、瀬戸内のこの海域に心を奪われるきっかけとなった。
同書は、その10年ほど前の昭和30年代に、著者がこの地方を訪ね歩いた見聞録である。

当時は、環境を破壊する経済活動に、破壊する側にいた罪悪感もあって、大きな疑問を抱いていた。
だが、風景の美しさだけでは食ってゆけなかったのも事実である。

『私の日本地図』を手に、仕事の合間に訪ねた島々を、半世紀近く経った今、もう一度訪ねてみたくなった。
体の調子と相談しながら時間の許す限り、備讃瀬戸の現状を確かめてみたい、できればその思いを綴りたいと思う。

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スタバ六角堂店

2019-03-22 09:44:21 | 

六角堂の桜がはや、咲き出した。

毎朝ちょこっと散歩で六角堂へ寄るとき、スタバがあるビルを通り抜ける。
店の東側一面のガラス越しに、さくら群を前景に六角堂の側面が、幅広の襖絵のように見える。
その左手奥に建つ15階の建物の一室が自宅だ。

店内の東向きの壁一面に、絵が描かれている。
ハンチング帽をかぶった後ろ向きのおじさんが、立ってピアノを弾いている。
不器用にかっこいい。
ピアノの上に置かれた真っ白なコーヒーカップはこの店の象徴なのだろう、セピアトーンのこの壁画全体をキリっと引き立たせている。
名画かどうかは別にして、なかなか味のある絵だ。

朝食の準備ができない朝などたまに、この店を利用する。
拝殿と六角形のお堂がつながった近景を眺め、その奥にわが家があり、しゃれた壁画を背に朝食をとるのは、コーヒーの味はともかく、至福のひと時ではある。

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直しの美

2019-03-21 16:37:22 | 

夜中に転倒して頭を打って救急車で病院に運ばれる、というアクシデントが3週間ほど前にあった。
大事には至らなかったが、転倒するまで意識がなかったことが問題らしい。
あまり気にしていないが…

倒れた際に、電気ストーブのフォトンの脚を大きく破損させていた。
このフォトンには愛着があったので、わが社に脚の修理を依頼したところ、添付写真のようになって戻ってきた。
わが社ながら、なかなか美的センスがあるなぁ、とちょっと誇らしくなった。

青磁茶碗「馬こう絆」の繕いの美とまでは言わないが、熟練工の心のこもった「直し」には確かに美が宿っている。
こういう直しをされると、モノを命の果てるまで大切にしようという気になる。
修理の行為そのものが美しいのである。

使い捨ての時代にあって、モノを大切にする暮らしの輝きを知る、一コマであった。

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いんのしま白滝山荘

2019-03-20 11:51:59 | 

瀬戸内海因島に白滝山荘という民宿がある。
ヴォーリス建築の館がペンションになっているのだ。
ヴォーリスの名に惹かれたのも事実だが、瀬戸内展望の超穴場といわれる白滝山の麓に位置する宿と聞き、第二のふるさと瀬戸内を旅する目的地に選んだ。

あったかいもてなしが失われた今はやりの民泊とは違い、古き良きユースホステルのようなぬくもりとヴォーリス建築のシンプルでシックな魅力が、このペンションでは同時に味わえる。
山荘先住の米人ファーナム宣教師が戦前に撮影した貴重な動画を見せてもらい、いにしえの日米親交の一端を知った。

しまなみ海道という陸路も素的に快適であるが、通い船で渡る海路のほうが、瀬戸内にはふさわしい。
帰路は、因島重井東港から通い船で尾道に渡った。

早春の瀬戸内の海風はまだ冷たく、そしてたまらなく懐かしいにおいがした。

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剽窃(ひょうせつ)

2019-03-19 21:38:55 | 

剽窃という言葉がある。
他人の著作から、部分的に文章、語句、筋、思想などを盗み、自作の中に自分のものとして用いることを意味する。
他人の作品をそっくりそのまま自分のものと偽る「盗用」とは異なる。

元来、日本には「本歌取り」の伝統もあり、剽窃に対する罪悪感は希薄であった。
しかし最近、著作権に関する意識の高まりもあって、重視され出した。
道義上はともかく、剽窃を法律的に判定することは、依然として難しい。

特許に関するトラブルに悩まされるにつけ、この「剽窃」という言葉を思い出す。
人類の進歩は、先人のいいところを真似して成し遂げられてきた。
いいものはどんどん使ってください、という世の中に成れないものか。
資本主義社会の悪弊であろうか。

本歌取りの背景には、読者の高い教養と寛容という玄人態度がある。
剽窃を世の中の発展の資とするにも、同様の態度が必要であろう。

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49回目の結婚記念日

2019-03-15 23:06:13 | 

49年前の3月15日、大阪万博の開催初日に、私たちは結婚した。
なんとかここまでやってきた。

記念日にふさわしい何かしたい、そう考えて、思い出の場所を訪ねようと思った。
将軍塚である。

標高220mの将軍塚を半世紀前、二人でドライブした。
あのとき、京都の夜景がきれいだった。
夜景も車も、いまは諦めている。
徒歩登頂も無理かも。

粟田口から東山トレイルを10分ほど登ったところに、尊勝院という小さなお堂がある。
将軍塚の麓にあたる。
その境内からの眺めがいいと聞き、将軍塚代わりがてら、尊勝院を訪ねた。

朱印をいただいたあと尊勝院の尼さまに、将軍塚までどれくらいかかりますかと尋ねると、半時間くらいですかねとのこと。
欲が出た。
倍近い時間をかけて、徒歩登頂に成功した。

二人で得た、久々の記念日記念であった。

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新生つれづれ四百字

2019-03-13 11:50:04 | 

助詞一字を変えるだけで、語順をちょっと変えるだけで、駄句が名句に変貌する様を、人気テレビ番組「プレバト」で知りました。
溢れ出る言葉を五七五にそぎおとす俳句に見習って、再出発のブログは四百字以下に努めます。

ある時期を境に人は往々にして、自分の瞳から生き生きした光を失ってゆきます。
鏡に映った自分の顔を見て私は、生物学的年齢相応の老い以上に、瞳の輝きが衰えていることに愕然としました。
つまり好奇心の衰えです。

先月、96歳のドナルド・キーンさんが亡くなりました。
彼のいつも生気に溢れた、そして愛らしい瞳の輝きに、少しでもあやかりたい、いま心からそう思います。

このブログを発信するには、他者に好奇心を向けなければ書けません。
ブログ再開の動機は、そんな自分勝手な都合です。
お許しください、お付き合いください。

平成31年3月13日

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