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つれづれ

思いつくままに

柚子の香り

2017-12-23 09:06:30 | 
むかし一番の仲良しだった友から、小包みが届いた。
開けると、部屋中にプーンといい香りが漂った。
柚子の香りだ。

添えられたハガキに、こう書いてあった。
「むかし一緒に遊んだ畑に残っていた柚子の木になった実です。
ジャムやピールに…面倒なら柚子湯にでも どうぞ!」

旧友・松村昌彦氏とは、小学校中学校の9年間 いつも一緒に遊んでいた。
彼の家が学校に近かったせいもあって、下校して毎日のように彼の家に直行。
お兄さんが多勢おられたからだろう、彼の家には 鉄腕アトムやダルマくんのマンガ本が いっぱいあった。
暗くなるころまで マンガを読んだり、道を隔てた向かいの畑でチャンバラごっこしたりして 過ごした。
そうか、この柚子は あの畑に立っていた木になったんだ。

家内が柚子ジャムを作ってくれた。
焼いた食パンの上にのせて頬張ると、甘さの中に 柚子の酸っぱさが効いて、同時に鼻を柚子の香りがくすぐる。
美味である。

柚子はちみつ、柚子入り千枚漬け、柚子シロップ、白菜の柚子漬け…
まだまだ柚子の実は、いっぱいある。
柚子風呂なんて、もったいない。
ひとつひとつ サランラップに包んで、冷凍することにした。

柚子の香りに包まれて、遠いとおいむかしの記憶が 蘇っては消えた。
ありがとう、マッつん!
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台南のいちにち

2017-12-21 12:26:05 | 
「少しだけ普通でない精神状態で、それが旅ということだ。」
小説家・池澤夏樹は、著書 『インパラは転ばない』の中で、こう語っています。
この月の初め、朋友・神村道治氏が連れて行ってくれた“おっさん二人の台湾ぶらぶら歩き”は、まさに普通でない精神状態での、つまり昂揚感いっぱいの旅でした。

ことに 台南でのぶらぶら旅は、ただ街をうろつき、外から見えるものだけを見て、それだけなのに 何ヶ月か住んだことのあるような錯覚に落ちた、一日でした。
旅慣れた連れの計らいで、台南市のステキなホテルで連泊。
だから、朝早くから夜遅くまで 丸いちにち、神村氏オススメのスポットを、ゆったりと周ることができたのです。

台湾の三大偉人は、鄭成功と孫文と蒋介石だそうです。
台南の街のいたるところに、鄭成功を偲ぶ古蹟が残っています。

鄭成功については、この台湾の旅まで 全く無知でした。

近松門左衛門作『国性爺合戦』の主人公のモデル と聞いて、台湾がぐっとこちら側に引き寄せられました。
清に滅ぼされた明の再興運動に奔走し 台湾に渡って鄭氏政権の祖となった鄭成功は、支那人を父とし日本人を母として九州平戸で生まれた混血児、というのも、とても親しみを覚えます。
当時 東インド会社を拠点に、東アジアにも進出したきたオランダ軍を討ち払った、というのも、カッコイイではありませんか。

ただし、台湾の人々の鄭成功に対する評価は複雑です。
清軍に追い詰められて台湾に渡って来た鄭成功は、そこにいてもらっては都合の悪い少数のオランダ人を多勢の明人によって追い出しただけで、オランダ統治のままが より速く近代化につながったのでは、との見方があるそうです。

また、本省人(蒋介石の台湾統治以前より中国大陸各地やその他の地域から台湾に移り住んでいた人々の子孫)と外省人(日本統治が終わって以後 中華民国国籍を有したまま台湾に移ってきた中国人の子孫)との軋轢も、われわれのような旅人には 計り知れないものがありそうです。
さらに、本省人にも先住系(マレー・ポリネシア系)と漢族系があり、漢族系にも大きく福建省出身系と広東省出身系があるそうで、中国大陸との関係も絡んで、台湾の人々には大きな悩みがある、と知りました。

『国性爺合戦』は 文庫本にして70ページ足らずの作品ですが、古文調の文面は流し読みは つらい、が、じっくり読んでいると さすが近松と唸らせるものがあります。
一通り読みきったのですが、たった一日だけ訪れた 真っ青な空の台南市の土地と人々を懐かしみながら、もう一度じっくり読み直そうと思っています。

機会があれば また行きたいところ、台湾は そんな国です。
連れて行ってくれた神村氏に、感謝感謝です。
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にんげんだもの

2017-12-19 21:00:26 | 
わたしの小さな書斎の壁に、一枚のA3版仏像写真が掛かっています。
中学生のころ買ってもらった、辻本米三郎撮影の《興福寺の山田寺仏頭》。
あの有名な阿修羅像が、たくさんの仏像といっしょに 宝物館の粗末なガラス戸棚にしまわれていた頃です。

長らく仕舞い込んでいた この写真を、西ノ京の家のプレイルームに掲げ出したのは、40歳になった頃でした。
相田みつを著『にんげんだもの』に載っていた、つぎの詩に出会ったからです。

「こんな顔でーー山田寺の仏頭によせて」
宮沢賢治の詩にある「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」
というのは
こんな顔の人をいうのだろうかーー

この顔は
かなしみに堪えた顔である
くるしみに堪えた顔である
人の世の様々な批判に
じっと堪えた顔である
そして
ひとことも弁解をしない顔である
なんにも言いわけをしない顔である
そしてまた
どんなにくるしくても
どんなにつらくても
決して弱音を吐かない顔である
絶対にぐちを言わない顔である

そのかわり
やらねばならぬことは
ただ黙ってやってゆく、という
固い意志の顔である
一番大事なものに
一番大事ないのちをかけてゆくーー
そういうキゼンとした顔である

この眼の深さを見るがいい
深い眼(まなこ)の底にある
さらに深い憂いを見るがいい
弁解や言いわけばかりしている人間には
この深い憂いはできない

息子よ
こんな顔で生きて欲しい
娘よ
こんな顔の若者と
めぐり逢って欲しい


太極拳十訣のひとつに、「用意不用力」という言葉があります。
文字通り、「意を用いて力を用いず」という意味ですが、門外漢には少し判りにくい。
太極拳の老師・笠尾楊柳氏は、著書『太極拳に学ぶ身体操作の知恵』(BABジャパン発行)の中で、相田みつをの詩を引用して この言葉を判りやすく説明しています。
その詩は、『にんげんだもの』に収められている 次のようなものです。

「入力不力」
りきんだらダメ
たるんでもダメ
ちからをいれてりきまず
それがなかなか
むずかしいんだよなあ

相田みつをは、道元に心酔していました。
「入力」は、ちからを入れる、で、自力主義なにおいがします。
《只管打坐》は道元の究極ですが、「只管」は、ただひたすら。
相田みつをは また、親鸞にも惹かれていました。
「不力」は、りきまず、で、他力主義のにおいがします。
《念仏三昧》は親鸞の師・法然が唱えた教えですが、「三昧」も、ただひたすら。
ただひたすら念仏を唱えることに命をかけた親鸞と、ただひたすら坐るだけの道元とは、つまるところ同じ道を歩んだ人でした。

相田みつをの詩には、(只の意味の)「ただ」が、頻繁に出てきます。
煩悩多き人間は、この「ただ」が なかなかできない。
それを具体的に指し示した言葉が、「用意」、意を用いることなのだと、わたしは解釈しています。


相田みつをのアトリエの壁には、入江泰吉撮影の大きなカラー写真《月光菩薩》が掛かっていたそうです。
彼は この写真を、美術品としてよりも 仏さまとして、眺めていたに違いありません。

わたしの小さな書斎に掛けた白黒写真《山田寺仏頭》も、仏さまです。
それは、相田みつをの詩《こんな顔で》を想起しての、思いです。
「君看よ、双眼の色。語らざれば、憂い無きに似たり」の このお顔は、仏さま以外の何ものでもありません。

《山田寺仏頭》の写真に日々接しながら、詩集『にんげんだもの』は、わたしの羅針盤であり続けるでしょう。
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安倍政権の大きなあやまち

2017-12-18 13:54:47 | 
12月17日(日)夜放映の 、NHK総合テレビ「脱炭素革命の衝撃」を、ご覧になった方が多かったと思います。
ことに、なんらかの形で脱炭素産業に携わって来られた方には、大きな衝撃だったのではないでしょうか。
洋上風力発電の技術者・戸田建設の佐藤郁さんの悔し涙が、ひしひしと伝わってきます。
「もはや日本はグリーンテクノロジー革命の先頭にはいません。」
先月ドイツ・ボンで開かれた国際会議COP23で、日本に向けられた批判です。
環境対策を 脱炭素産業をリードしてきたのは、“ 世界のエコ文明を築いていくリーダー”だったのは、日本ではなかったのか、と。

第二次安倍内閣発足からのこの5年間、確かに見かけの景気は良くなりました。
しかし、2020年以降の日本は となると、不安を抱かざるを得ません。
百年の計を以って、まつりごとを行っている とは、到底思えない。

国のまつりごとの重要課題は、外交と安全保障であることに間違いはないでしょう。
それと同じくらい、いや それ以上に重要なのは、食糧問題とエネルギー政策です。

食糧問題は課題が多様で、地道な努力の積み重ねが必要でしょう。
しかし エネルギー政策は、ときの政権の決断ひとつで、思い切った方向に転換できるのです。
その絶好のチャンスが、福島第一原発事故だったのです。
原発はクリーンエネルギーだとの見せかけで、この5年間、エネルギー革命の大切な助走を逃してしまいました。

経済格差を縮める努力をする、もりかけ問題はしっかり糺す、北朝鮮の核から日本を守る、憲法改正はじっくり議論を積み重ねる…これらは、ときの政府がやる 当たり前なことです。
これらに まつりごとが忙殺されて、肝心な政策の議論が抜け落ちたのが、この5年間でした。
その肝心な政策のひとつが、エネルギー問題だったのです。

畏友・松並壯氏が、ことあるごとに主張していた『化石燃料からの脱却』は、地球温暖化防止の意識だけでは なかなか進まなかったでしょうが、パリ協定以後 世界のマネーが脱炭素企業へ流れ出して、一挙に加速しだしました。
これには、松並君も驚いていることでしょう。
なにごとも“ご利益”なしには前に進まない、ということなのでしょうか。

わたしも 微力ながら、『小水力発電』に興味を持ち、親友・木下哲夫氏と勉強してきました。
そこでぶち当たったのは、水利権の問題、送電(売電)の問題でした。
いづれも、国の積極的な姿勢がなければ、何ひとつ解決できません。
正しい長期的判断のできる政治家のリーダーシップのもとならば、いっそのこと、日本全体の送電事業を国有化した方が良いのではないか、そんなことまで考えざるを得ませんでした。

ビジネスと一体となった脱炭素のウネリは、もう誰にも止められません。
エネルギー問題に関する限り、安全保障同盟国のアメリカに、パリ協定から脱退したトランプに、脱炭素のウネリに眼を背けて同調することが愚の骨頂であることは、明らかです。

安倍政権の大きなあやまちは、ここにあります。
長期的判断に基づく正しい政治力が働かない限り、エネルギー問題は前に進めないのです。
日本には 生き残れるだけの高い技術力がある、無いのは 勇気だと…
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