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つれづれ

思いつくままに

六角堂

2017-10-20 14:58:49 | 

お昼の12時に、六角堂の鐘が鳴る。
夕方の5時にも、鳴る。
朝はどうか、いまは知らない。

六角堂の鐘の音が聞こえるところに引っ越して、一週間になる。
洛外にしか住んだことのない自分には、この周辺は憧れの地であった。

日本舞踊篠塚流の先代家元・篠塚梅扇さんの遺された随筆「今は昔・京の四季」に、六角さんの思い出という文章がある。
そこに、‘六角さんのへそ石’が紹介されていた。
…裏門のそばにへそ石といって中央が凹んだ六角の石がありますが、今は石畳の中にかくれて気づかずにゆきすぎてしまいそうです。
この石は昔、京都の中心点であったともいはれ、いつも土の上に出っ張っていたために、つまづいて転んだことを子供心にも覚えております…

梅扇さんの思い出は、東洞院通りに植木市が立ち、夜店から漂うアセチレン特有の匂いが漂っていた大正時代のことである。
今のような立派な池坊本部ビルは建っていなかっただろうから、六角堂北側から裏門を通って入れたのだろう。
梅扇さんの幼き日の遊び場所であった六角堂を、鳩が群がる堂軒を廻りながら、想像する。

お堂を一回りして、南西隅の境内にある お不動さんにお参りして、スターバックスを通り抜け、烏丸通りに出る。
烏丸三条を右折して三条通りを東洞院通りまで進み、南に折れて帰宅、というのが、この一週間の朝の日課であった。
これからもきっと、この日課は続くだろう。

スターバックスの六角堂側はガラス張りで、六角堂の西側面がよく見える。
正門からは判りにくいが、六角堂に拝殿が接続されていて、堂々とした佇まいである。
聖徳太子ゆかりの本尊如意輪観世音菩薩は秘仏だが、遠くから拝するしかない お前立ちの如意輪観音も、自然と合掌したくなる、いい仏さまだ。

西国三十三所十八番札所でもある 頂法寺六角堂は、観音霊場として古来 庶民の信仰を集めてきた。
叡山から下山した親鸞は、この六角堂に百日参籠したのち、法然のもとに走ったと伝えられる。
幾たびかの大飢饉には このお堂の前に救済小屋が立ち、洛中に流入した貧窮者に粥施行がなされた。
洛中の寺々を寺町に集めた秀吉も、六角堂だけは現存の地から移すことができなかったとみえる。

六角通りを隔てた飛地境内に、鐘楼堂が建っている。
以前にも紹介したが、この鐘を撞くのは機械だ。
この鐘も、いくども大火に遭い 再鋳で、銘文は天保年間のものである。
古銘に曰く、
花外 蒲牢の響き 長安 半夜の天
撃つ人は盛徳を輝かし 聞く者は名纒を解く
朝に遠山の碧を渉り 暮に街市の烟にむせぶ
観音妙智力 寿 幾千年か算えん

これから先、命尽きるまで、六角堂の鐘を聴き続けたい。

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丸窓

2017-10-13 00:17:06 | 

我が家には、丸窓が二つある。
直径80cmほどで、二階の玄関ポーチにひとつ、三階のプレイルームにひとつ。
ともに南の壁面にあり、御池通りに面している。

プレイルームというのは、40年前ここを建てた建設会社の設計士・佐藤さんの命名で、小さな子供が二人いたから 彼らの遊び場所という意味であったろうと思われる。
と言っても、三畳ほどの小さな部屋で、遊び盛りの子供二人が活発に遊べるゆとりはなかった 。
いまは、わたしのささやかな書斎ということになっている。

このプレイルームの丸窓から外を眺めるのが、朝起きて そして 寝る前の日課になった。
トンボの目で見るようで、大きく凸状に出っ張った丸窓から表の景色を眺めるのが、とても気に入っている。
ことに、年々植え足していった 実のなる木々を見下ろすのが、心の安らぎとなった。


この丸窓から最初に見下ろした「工場周りの木々の花」は、サンシュユ(山茱萸)だった。
早春、葉のない枝々に 小さな黄色の4弁花をいっぱいに付けて ウグイスを呼び、数年間毎年 春の近いことを告げていた。
秋の終わり頃、小さな赤い球形の実をつける。
御池通りの車の量が増えて、それが原因かどうか、枯れてしまった。
   山茱萸の 黄に染まりいる 春告鳥

工場を建て増しするときに 御池通りとの境に、ささやかな土のベルトを設けた。
そのベルトの中ほどに、カリン(花梨)を植えた。
隣の桃が艶やかに咲き誇る頃、目立たないように ゆっくりと蕾を膨らます。
あの重くて硬い秋の実の、赤ん坊である。
隣の桃も そのまた隣のライラックも 排気ガスで枯れたあとも、カリンは毎春 可憐な花をさかせる。
   重たげな 実に捧げたる 花梨ばな

晩夏を彩る花で もっとも好ましいのは、ムクゲ(木槿)である。
長い間、“無垢華”と書くものと思っていた。
底紅のムクゲ、うす紫のムクゲをよく見かけるが、やはり 真っ白なムクゲが好き。
ベルトの一番奥に植わっているムクゲは、もちろん 全身真っ白な花である。
夏の終わりの昼下がり、垣根のおうちに白いムクゲの花を見かけると、そのおうちに たまらなく親しみを感じてしまう。
静かな、強烈な印象である。
   無垢と咲き 無辜と散りゆく 木槿かな

密かに自慢している木が、二本ある。
一つはネムノキ、もう一つはデイゴ。

沖縄を旅すると きまって目に留まる赤い花、そして きまってこう尋ねる「この花 なんて名前ですか?」
デイゴ(梯姑)の木を植えてから、きまって尋ねられるようになった「この花 なんて名前ですか?」
そして、ちょっと誇らしげに答える「デイゴです」
初夏、豆の鞘みたいな蕾を摘むと、柔らかく豊かな気分になる。
この鞘が開いて、ごくらくちょうのような花が咲き、咲いて程なくポチョンと落ちる、羽子板の羽根のように。
意外にも、花の付け根に棘がある。
何度か刺さって、赤い血が流れた。
ひといきり咲き誇って散って、盛夏にまた咲いて散って、初秋に三度目の花をつける。
潔くて、とことん明るい花なのだ。
   くれないに 晴天を染む 梯姑花

もう一本の自慢の木、ネムノキ(合歓の木)。
歩道を覆うように茂ったネムノキは、初夏の日差しをやわらかく透かしてくれる。
真夏の強い日差しから、道行く人々の ひとときの涼しげな日除けとなる。
日傘の女性がちょっと傘を傾けて、舞い落ちる合歓の花を手のひらに受ける光景は、一幅の名画を見るようだ。
地に落ちた小さい葉っぱは 朝掃くのに困るものの、枝にあるうちの姿は 得もいわれぬたおやかさで、夕方にスーッと萎むのも 趣深い。
   涼しげに 合歓の木仰ぐ 木陰びと

枯れたサンシュユのあとに、アーモンドを植えた。
桜が開花する少し前、アーモンドは、ひっそりと華やかに 可憐な花を咲かせる。
アーモンドの実からは、とうてい想像できない かわいらしさである。
4月に入って 雨まじりの疾風に、五弁の花びらを はかなくも散り急ぐ。
アーモンドも、10年も経たないうちに、排気ガスにやられてしまった。
   散り際を 東風(こち)に急(せ)かれて アーモンド

同じ場所に三度目に植えたのが、ザクロ(柘榴)。
ザクロは排気ガスに強いとの植木屋さんの話から、今度こそは定着させたい との思いが強く、ザクロを植えることにした。
実は、ザクロには悪い先入観があった。
エゲツない紅色の花、ガバッと口裂けした実、幼いころトタン板で足を大きく切ったときの傷口肉への先入観。
ほんとうは、まったく違った。
絵の具や色鉛筆などでは表すことのできない、鮮やかさ極まると 表現するしかない、自然の妙なる紅色。
この紅色の花で埋まった落葉小高木を 丸窓から見下ろすとき、あぁ夏だと実感するのだ。
   ざくろ色 まぶたに残るは 花か実か

香りを愛でる木も、好ましい。
春先に、とろけるように甘美な香りで競いかけるのが、沈丁花だ。
沈丁花の香りは、青春の香りである。
ザクロの脇で、春いち早く白い花を咲かせる。

ボタン(牡丹)は、花王との異名に違わず、あくまでも上品で豊麗な花。
そして花の命は短い。
半世紀以上前、母との二人旅に 出雲大社を選んだ。
その帰路、松江からポンポン船に乗って 大根島に渡った。
島は一面のボタン畑、メルヘンの島。
ボタンとの最初の出会いであった。
地植えしたこのボタンも、大根島出身である。
香りのない花 と思っていたが、顔を近づけると 高貴な古文書のようなにおいがする。
シクラメンの香りを、もっともっと気高くしたような…
乾いた土蔵の香りのような、媚びのない静かな香気である。
   威厳咲き 神話島より 牡丹花

春が深まる頃、背の高いオオヤマレンゲ(大山蓮華)は、木の上の方から、蓮の花に似た白い半球状の花を咲かせる。
孤高の気高き香り、とでも言おうか。
花の寿命は短いが、枝々から次々と咲かせるので、初夏まで高貴な香りが楽しめる。
ことに、雨上がりの痺れんばかりの香りは、形容しがたい。
   小雨得て 大山蓮華 香上品

キンカン(金柑)の花の香りは、独特である。
嫌な匂いではない、むしろ 好ましい香りだ。
実が有名で 花は見過ごされがちだが、白くて小さい花が木を覆わんばかりに咲く風情は、悪くない。
春、夏、秋、何度でも咲く。そして香る。
学生の頃、合コンの席で「キンカンの香りって、男性の精液の匂いに似てるね」とサラッと話した女の子がいた。
引いてしまったが、魅力的な女性であった。
   きんかんの 香り潜めて 蜂遊ぶ

クチナシの香りにも、魅かれる。
木々の合間合間に植わったクチナシは、梅雨に入ると 時を違わず、一斉に白い香気の花をつける。
時のたつにつれ、白色は黄ばんでくる。
こうなると、香りも苦くなる。
花の命と同様、香りの命も 短いのだ。


40年間、この丸窓から いろんな木々の花や実を見てきた。
そして、40年の垢を落として、あすここを去る。
ようやった との思いはあっても、さみしさは ほとんどない。
ただ、40年間に育った これら木々が、ちかぢか なぎ倒されるのが、悲しい。

キンモクセイの香りが、そっと見送ってくれるだろう。
わたしは、丸窓をだけ 見上げて、去るだろう。

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