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つれづれ

思いつくままに

ひな祭り

2016-02-26 15:16:52 | 
誰もが子どものころ 親しんだ歌、「うれしいひなまつり」。
サトウハチロウ作詞のこの歌ほど、静逸な、それでいて なんとなくうきうきと華やいだ心持にしてくれるものはない。

赤い毛氈のひな壇に飾られた 雛人形やお道具を眺めていると、ふっと口を突いて出る「うれしいひなまつり」。
わたしは 特に、二番が好きだ。

  お内裏さまと お雛さま
  二人ならんで すまし顔
  お嫁にいらした 姉様に
  よく似た官女の 白い顔

ひな壇の飾り方なのだが、ニュースなどで映し出されるお雛さまは、正面向かって右におわす。
子どものころから、向かって右が お内裏さま と思い込んでいるので、我が家では 今もお雛さまは、左におわす。
京都だけかも知れないが、まぁその方が落ち着くのである。

ところで、「うれしいひなまつり」に 三番、四番があることを知らなかった。
なるほど、官女の白い顔で終わっていると、落ち着かない感はある。
四番まで聞くと、トンと胸におさまって、ますますうれしくなるのである。

  金の屏風に 映る灯を
  かすかにゆする 春の風
  すこし白酒 召されたか
  赤いお顔の 右大臣

  着物を着かえて 帯しめて
  今日は私も 晴れ姿
  春の弥生の このよき日
  なにより嬉しい 雛まつり
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まだ誰も責任とってねぇんだから

2016-02-22 17:48:04 | 

はっきりしておかねばならない。
5年前の東北地方東海岸を襲った津波は 天災だが、福島第一原発事故は 人災である。

原発は人間が作り出したものであって、事故が自然の津波で生じても、その責任は、原発を作った人間にある。
予測不可能で想定外だったとして、それを理由に 逃げることはできない。
原発は原爆と同じなのだから、万一 予測不可能な自然災害が生じたときの甚大な被害は、想定内である。

ここのところを この5年間はっきりしてこなかったから、あの不幸な阪神淡路大震災からの立ち直りに抱いた希望が、東北大震災には 生まれてこない。
どうしたらいいのか、はっきりしている。
原発を作った人間が、もう金輪際 原発を作りません と宣言すればいいのだ。

だれが宣言すべきなのか、決まっている。
宣言すべき者は、原発を始めたときの政権担当者であり、今の政権を担っている自由民主党であろう。
それができないのは、日本の大不幸である。


2月20日付けの朝日新聞朝刊に載った「償えないもの」という記事。
福島県須賀川市で農業を続ける、樽川和也(たるかわかずや)さんの、怒りである。

想像でしか言えないが、農業者にとって命に次いで大事なものは、土だろう。
いや、土は命そのものかもしれない。
その土を、福島第一原発事故で汚染された。
事故後まもなく、父親を自死により失った。

除染の実態は、素人目でも芳しくはなかろう。
金で償えないにしても、やはり賠償の内容が気になる。
樽川さんの言うことがほんとうなら、唖然とせざるを得ない。

  ---このところ原発が次々と再稼動しています。
  「しばらく日本は原発ゼロだったけど、その間に夜 真っ暗になったことあった?
  電気、間に合ってたんじゃねえの。
  原油のコストはかかったかもしんねえし、原発のほうが燃料代は安いかもしんねえ。
  でも事故が起きたら、これ片付けんのに、いぐらかかんのって。
  お荷物だよ、これ、ほんとに。
  もう一つどこかで原発壊れたら、どうなんの、この国。
  税金上げて済む話かえ」

  ---いまの気持ちを誰に伝えたいですか。
  「声上げねえで黙ってたら、楽かもしんねえ。
  だけど俺は、おやじのことでメディアにも目を向けられてる立場でしょう。
  ほかの農家のかたで、俺みたいに、おがしいって思ってる人は大勢いるんです。
  そういう思いを訴えねえでいることは、やっぱできねえんすよね。
  それは、ずるい」
  「だから映画にも出たの。
  特に原発立地してるとこの農家の人に映画を見てほしい。
  事故が起きたら、どうなるか知ってほしい。
  人が作ったものはいつか必ず、ぼっ壊れんだ、自然の力にかなうわけねえんだって、おやじが言ってた通りになったんだから。
  して、5年もたって、まだ誰も責任とってねえんだから」

樽川さんは、ドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』で 苦悩を訴えている、という。
どう責任とれば、樽川さんの心がはれるのだろう。
樽川さんの心がはれることは、どうしようが たぶん、ないであろう。

希望が抱ける方法が、一つある。
それは、金輪際 原発を作らないこと、そう施政者が誓うこと。

そうじゃぁないですか。
原発廃棄物処分ひとつ考えれば、答えは、はっきりしているじゃないですか。

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いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

2016-02-10 12:26:53 | 
名場面というのは、恋の予感の名場面というのは、そう簡単に出会えるものではない。

映画『ウェストサイド物語』の名場面、マリアの住むアパートの非常階段、名曲「マリア」と「トゥナイト」。
あの感動から半世紀、幾度か 心に残る出会いを経て、久々に名場面に出会えた。
カンテレ月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』、第三話(2月1日放映)。
そのシーンを、書きとどめたく 思う。


脚本家・坂元裕二は、(たぶん)横浜ベイブリッジの見えるコンサート会場に 杉原音(おと、有村架純)と曽田連(れん、高良健吾)を連れて行く。
スワベック・コバレフスキによる「音と夜景で綴る演奏会」、 その溢れ音楽が聞こえる軒下へ、二人を導いた。

連が、雑物置き場の埃を払って、音を招く。
音「空いてるんですか」
連「Aの15とAの16です。どうぞ」
二人は、夜の海に向かって 腰掛ける。
階上から、演奏が聞こえる。
音「わたし、じつはコンサート、初めてです」
連(大きな声で)「えっ」
音「シーっ」
連(小声で)「俺もです」
音「えっ、ないんですか?」
連「ないです、ないです」
音「クラブとかも?」
連「ないよ、ないない」
音「踊ったりは?」
連「しない、しない。えっ、するんですか?」
音「しない、しない。今まで踊ったりしたのは、アルプス一万尺くらいで…」
連「アルプス一万尺って、踊りですか。踊り?」
音「踊りじゃないですけど…」
連(手遊びの真似をしながら)「こういうやつ、ですよね」
音(同じように 手遊びの真似をしながら)「あっそうそう、こういうやつ」
二人は目を合わせて ニコリと頷き、アルプス一万尺の手遊びを始める。
だんだん速く、一連の手遊びを。
連「完璧ですね」
音「なんで出来んの?」
連「なんでだろゥ」
音「もう一回やってみよ!」
二人は、もう一度 アルプス一万尺を、もっと速く。
たまらなく楽しそうに笑う二人。
階上の演奏会が一区切りしたのだろう、大きな拍手がきこえる。
二人は互いに シーっという仕草をして、小さく拍手する。
余韻のピアノメロディー…
連「楽しいィ」
音、大きく頷く。
連「東京に来て、いちばん」
音(連の方をじーっと見て、しばらくして)「仕事、たいへん?」
連(すこし間をおいて)「いやっ、まぁ」
音(連の目をしっかり見て)「ちがう」
連(ちょっと ためらうような素振りのあと)「前は 朝、電車で仕事 行ってたんですけど…」
「何日かに一回、何日かに一回なんですけど」
「人身事故がありました というアナウンスがあって」
「 人身事故って そういうことじゃないですか」
音「うん」
連「そういう時に、隣にいた人が、普通の人が、チェって 舌打ちするんです」
「電車 何分遅れる とか、そういうの聞いた時、なんか、よくわかんないけど、なんか、よくわかんない氣持ちになります」
音「うん」
連「そういうことが、そういうのに似たことが、まいにち、少しずつ、あります」
「けど、自分のことで精一杯だし、どうしようもないから、気づかないふり してるんですけど」
「こっちに出てきて、6年経って、ずっと よくわかんない感じがあって、なんか…」
「うまく言えないや。」
「スミません、変なこと言って…」
音(首を大きく 何回か横に振って、しばらくして)「きょう昼間、郵便出しに 外に出たんですけど」
(上着のポケットからケイタイを出して 画像を連に見せながら)「郵便ポストのそばに、これがあって」
「咲いてたんですよ。まぁ、それだけ、なんですけど…」
連、音のケイタイに写っている 小さな紫色の花を、じっと見つめている。
音「それだけです。」
連、画像に見入って、ケイタイを離そうとしない。
音「別にそれ以外、なんも写ってないですよ」
連、やっと ゆっくりズボンのポケットから、自分のケイタイを取り出して 一枚の写真、それを音に渡す。
石畳みのすき間に、一輪、白い小さな花。
連「杉原さんに見せようと思って…」
音、その画像を 喰い入るように見る。
お互い、相手のケイタイを、じっと見つめる。
音(暗い海の向こうに目をやりながら)「いつか…」
音、連の目をじっとみて、しばらくして、思い直したように、首を横に振り続ける。
再び、お互いのケイタイを、じっと見つめる二人。
コンサートの終了を告げるように、階上から、大きな拍手。
二人は、ケイタイを返しあって、ともに拍手する、階上を見上げながら。


人は、自分の心と通底する相手を見出したとき、大きな喜びを感じる。
と 同時に、それが男女であれば、そのとき、特別に魅惑的な感情が生まれる。
それを、恋 と言うのだろう。

このドラマの 貧しい二人の行く末は、どうなるのだろう、知らない。
ただ、二人を見ていて 思うのは、聖書にある この言葉だ。
「心の貧しき者は 幸いである」


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吉田山

2016-02-03 18:27:24 | 
京都盆地にも、大和三山に擬せられる山がある。
船岡山(ふなおかやま)、吉田山、双ケ丘(ならびがおか)。
山というよりも、丘というべきか。

平安京の朱雀大路は、船岡山を北の拠点として南に伸びていた。
現在の ほぼ千本通りに当る。
この朱雀大路と、東の吉田山と西の双ケ丘とを結んだ線とが交わるところに、大極殿が建てられた。
この地の地盤がしっかりしていることが、当時の土木技術で判っていたのだろう。

船岡山にも双ケ丘にも、それぞれに思い出が詰まっている。
しかし、もっとも思い出多き丘は と問われれば、やはり吉田山である。
吉田山は 若き日に、隅々まで なめるように歩きまわった。


年が明けると この節分まで、寺社めぐりに けっこう忙しい。
初詣でに始まって、墓参り、えべっさん、立木さん、そして壬生寺に吉田さん。
信心から というよりも、それをはずすと 何かことがあったときに あぁやっぱり参っといたら良かったのに との後悔がイヤだから。

壬生寺と吉田神社のハシゴは、かなりしんどい。
節分の壬生寺詣では、町内で護摩木が配られるようになってからであるから、まだ日は浅い。
が、壬生寺のぬくい感じが好きなので、はずせない。

吉田さんへは 最近、車で行くことにしている。
近衛通りを東に行くと、吉田東通りに突き当たる。
節分の2月2日3日は 交通規制で、車ではここから北へは入れない。
朝 早い目だと、吉田東通りにあるコインパーキングに 空きがある。
ここからだと、吉田神社の南参道まで 歩いてもしれている。

このあたりは、俳人・鈴鹿野風呂(すずかのぶろ)の屋敷(今は野風呂記念館になっている)や 鈴鹿一族の邸宅が建ち並ぶ。
作庭家・重森三玲の屋敷(今は重森三玲庭園美術館になっている)も、この近くだ。
ついこのあいだ見たテレビドラマも、南参道鳥居近くが 舞台になっていた。

南参道鳥居をくぐって、広い階段をのぼる。
平日だと 途中から山蔭神社の小社裏にでる近道を通るのだが、節分のいまは 河道屋一門のお蕎麦屋さん出店が占領していて 通れない。
しかたなく 大元宮まで大回りして、本宮へ至る。

お正月のお飾りも込めてパンパンの 古いお札の包みを 火炉前の奉納所に収めるのだが、今年から 包みは‘お持ち帰り’となったらしい。
包みの内部検分を受けて、大丸の大きな手提げ包装袋は、帰りもご一緒となる。
新しいお札セットと財布用の小さなお札を求め、豆まき用に 豆政の「のりかけ豆」を買う。

ことしも 数え歳の数より一粒多く食べて、夕食後に豆まき。
歳の10の桁は省略だから、ことしは2粒食べればいい。
たぶん もっとたくさん食べるだろう、豆政の「のりかけ豆」は 食べだすと止まらないから。


毎年 同じことの繰り返しの、年はじめ。
冬の木々の枝の隙間から、立派な京大の校舎が眺められる。
ここ数年は 年に一度の京大校舎遥拝だが、あの頃を思い出させる面影は ない。

京大校舎はすっかり変わっても、吉田山のにおいは むかしのまま。
だから、毎年 同じことを繰り返せるのだ、と思う。

義父の歌を、思い出した。

 銀漢や とまれ吉田は なつかしき
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