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つれづれ

思いつくままに

天空の蜂

2015-09-24 15:32:15 | 
就職先を決めるのに、自分なりの基準を持っていた。
そんな基準をもてるほど、1970年の日本は、こと就職に関して「売り手市場」だったということだろう。
自分なりの基準とは、‘軍需産業と無縁の会社’だった。

選んだのは、住友機械工業株式会社。
入社する前年の1969年6月に、浦賀重工業株式会社と合併して、住友重機械工業株式会社になっていた。
入社後研修で浦賀ドックを見学したとき、護衛艦まきぐもが保守点検に繋がれていた。
軍需産業と無縁の会社ではなかった。

入社前に徹底して会社事情を調査したわけではなく、護衛艦をみて入社を取り消すほど こり固まった思想をもっていたわけでもなかった。
いやーな感覚はぬぐえなかったが、社会人となる緊張が そんな感傷を吹き飛ばした。
以後、組合問題など 個として思考する機会はいくどかあったものの、所属した会社や地域や団体に ほとんど没個してしまった。
そして、そのことに疑問すら感じないようになっていた。

東野圭吾が小説『天空の蜂』で「沈黙する群集」とよんだ群集のひとりになっていた、ということである。


映画『天空の蜂』を観た。
元来 映画というものは、おもしろくて楽しいものでなくてはならない、というのが、わたしの持論である。
映画『天空の蜂』は、そういう意味で一級のエンタテイメント作品だと思う。
監督の堤幸彦、脚本の楠野一郎、彼らの技量の賜物だろう。

えてして社会派映画は、押し付けがましくなりやすい。
プロパガンダ映画のように。

映画『天空の蜂』は、原発を題材にしながら、偏狭な肩入れや偏執な反感を、観るものに強要しない。
社会派映画に違いないが、ハラハラどきどきスカッと、というエンターテイメントに徹している。
それでいて、見終わった後の観衆は、送信されなかった真犯人・三島(本木雅弘)のメールに、ドキリとさせられている。
「沈黙する群集に、原子炉のことを忘れさせてはならない。常に意識させ、自らの道を選択させるのだ」と。


安保関連法案は、予想通り参議院で可決した。
だが いま、人々は‘沈黙する群集’ばかりではない。
ことに 若い人たちが、法制への理不尽なやり方に はっきりと意思表示をし出した。
徹底した非暴力のやり方で、理路整然と。
就職に不利になるかも知れないのに。

彼らはきっと、安保関連法案に関して、いろんな意見を持っているのだと思う。
ただ 一点、‘個’を踏みにじろうとする権力が、許せないのだと思う。
その尊い感覚を、社会人という大人になっても、忘れないでほしい。

集団に‘個’を没した過去を持つ者が、頼もしく思えてきた若い人たちに抱く希望。
『天空の蜂』を観終わって、そんな感慨が沸いてきた。

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あぁ 日本のどこかに・・・

2015-09-16 12:01:50 | 
この日本のどこかで、かなしいできごとが繰り返されています。
天災だと諦めるには、あまりにもむごい。
天災だと言い切れない災いも、あとを絶ちません。
天は いま、何かを怒っているのでしょうか。

わたしを待ってる人がいる、と「あぁ 日本のどこか」に続けると、ほっとします。
気分が変わって、なにか あったかいものが沸いてきます。
谷村新司さんの生の声で これを聞くと、涙が出るほどうれしくなります。

京都府更生保護女性連盟結成50周年記念コンサートに、機会あって参加しました。
谷村新司「ココロの学校」~音で始まり、歌で始まる~、トーク&ライブキャラバン。

京都コンサートホール大ホールは 満席、女性会なのだから当たり前なのですが、ほとんどが年配の女性。
圧倒されると同時に、思いました。
この大勢の女性たちは、子供たちを育て 夫に尽くし 孫たちの面倒を見、その上に 何らかの形で、過ちを犯した子供たちを更正に向かうよう 応援してられるのだ、と。
そう考えると、居心地の悪かった気持ちが ふっと、羊水の中にいるような心地よさに変わっていました。
この国は、おかあさんで保っている、と。

谷村新司さんて、いいアーチストですね。
認識を新たにできました。
なによりも、穏やかな雰囲気がいい。

なんで ドレミファソラシドというのか、子供のような心持で、彼の話に聞き入りました。
基本の音は、ラ。
人間 生まれたときに発するオギャーって音、これがラ。
オーケストラのチューニングも、ラの音。
その下のソは、太陽(ソーラー)、その上のラは、お星さま(宇宙)。
だから、ソ・ラで空。
ドレミは、この地球上の必須。
ドは土。
レは火。
ミは水。
ドレミとソラの中間のファは、風。
宇宙のラの上はシで、死。
そして めぐって、土に還って、ド。

「ココロの学校」の一生徒になりきっていました。
もう恥ずかしい なんて気持ちは、どこかへ行っていました。
武道館のライブのように、頭の上で手拍子。

『やくそくの樹の下で』の一小節を、体で覚えさせてもらいました。
   明日また逢おうね  やくそくの樹の下で
   明日また逢えたら  夢の続き きかせて

いま わたしの頭の中を、『いい日旅立ち』のメロディーが流れています。
日本人移民の多かった国々にも、谷村さんは 出かけていきます。
ひとりの日系三世が、一度も見たことのない日本を想像して、目に涙を浮かべながら「あぁ日本のどこかに わたしを待ってる人がいる」と唱和してくれた、と。

いい日旅立ち、なんていい歌なんでしょう。

   あぁ 日本のどこかに  わたしを待ってる人がいる
   いい日旅立ち  しあわせをさがしに
   子供のころに歌った  歌を道連れに・・・    
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陰翳礼讃

2015-09-10 13:43:33 | 
トイレの話で、恐縮です。

「夫のトイレの使い方について悩んでいます」という投書が多いと聞きます。
夫が使ったあとのトイレの床には水滴が数滴落ちていることが多々あります、というのです。
以前から思っていたことなのですが、これは、全面的に「夫」の罪ではありません。
半分以上、便器の問題です。

どこの家庭も いまは、ほとんどが洋式トイレですね。
家庭から、男子専用の便器がなくなりました。
そもそも、これが問題なのです。

ある料亭で使ったトイレで、理想的な男子用便器に出会いました。
‘一歩前へ’なんて考えなくても、多少 尿放射線が歪んでも、おこぼれなんか皆無。
あぁ、こんな便器が うちにあったらいいのになぁ、と感じ入ったものです。


さて、本題に戻ります。

いつものごとく、明かりを点けないで トイレに入っていると、またかいな と、息子が点灯スイッチを入れました。
昔からそうなのですが、明々としたところで用を足すのは、どうも苦手です。

谷崎潤一郎のエッセイに、『陰翳礼讃』という名著があります。
この中で、むかしの日本の厠は実に精神が安まるように出来ている、と述べられています。
   漱石先生は毎朝便通に行かれることを一つの楽しみに数えられ、それは寧ろ生理的快感であると云われたそうだが、その快感を味わう上にも、閑静な壁と、清楚な木目に囲まれて、眼に青空や青葉の色を見ることの出来る日本の厠ほど、恰好な場所はあるまい。
と。
その必須条件として、或る程度の薄暗さ、徹底的に清潔であること、蚊の呻りさえ耳につくような静けさ、だというのです。

ずいぶん前の記憶なので 点影に過ぎませんが、東北をひと月かけて旅した途中、花巻で立ち寄った高村光太郎の山荘の、厠の記憶です。
厠の板壁に、明かりとりとして彫られた「光」の文字。
薄暗い厠に、その光の文字から射しこむ光線の、神々しいほど美しかったこと。
清浄と不浄の境界を消し去る力を、あの光線には宿っていたように思い出されます。

陰があるからこそ、光がよりいっそう輝くのです。

息子が点けた明かりを わざわざ消して、不都合な便器にしゃがみながら、記憶に残る『陰翳礼讃』の中の谷崎潤一郎の言葉や 光太郎の明かりとりから射しこむ光線を、反芻していました。
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太極拳から教わったこと

2015-09-09 14:01:48 | 
壮年期、長い欝から抜け出すために、藁をもすがる思いで、人から良いと薦められること 自分なりに良いと思うことは、手当たりしだい やってみた。
なかには、いかさままがいのような手段に嵌ったこともあった。
長かった。
なによりも、傍迷惑だった。
家内が、一番の犠牲者であったろう。

‘とき’が 最大の良薬には違いないが、積極的治癒法として 太極拳に出会えたことが、欝脱出には大きかった。

30代に 面白半分で、少し太極拳を学んだことがある。
義父が、若いのにようやるなぁ と褒めてくれたことが、励みだった。
だが、長くは続かなかった。

習いごとは、指導者に負うところが大きい。
良き師に出会えることは、なによりの仕合せである。
欝の時代の終盤に、西村加代先生の教室に通えたことが、その後の生き方を変えるほど 幸運だったと感謝している。

太極拳の いったいなにが、わたしをこんなに惹きつけるのか。

太極拳は、心身ともに健康になる方法のひとつであることに、異論はない。
健康法としての恩恵もあるのだが、その精神性に わたしは魅せられている。
体を動かしながら、瞑想して禅の境地に導き、心までも整え、自らの生命力を高める・・・
心の安寧を希求する者にとって、願ってもない‘よりどころ’なのである。

「太極拳経」というのがある。
お経みたいな名前がついているが、「太極拳論」と表現したほうが適切かも知れない。
漢文をまともに読めないわたしには、最初、漢字の羅列としか見えなかった。
李天驥老師(簡化24式太極拳の事実上の創始者)の著書や、楊名時師家の後継者・楊進氏の解説書などをひも解くと、その偉大さが見えてくる。

人を蹴落とすことしか頭になかった 若かりしころ、がんばることしか人に勝てる方法はない、そう思い込んでいた。
だから 歯を喰いしばり、心も体も張り詰めて、過呼吸発作が出て、顎関節症になって、プツンと切れて、欝になった。
「不用力の順勢借力の実現」、この太極拳の目指す意味を、あのころに理解していたら・・・と、つくづく思う。
不用力の順勢借力の実現とは、自分は力を用いないで 楽な姿勢で 相手の力を利用して おのれの目指すところを実現する、というところか。

太極拳は武術であるから、その目指すところは、相手を倒すことにあるはずである。
太極拳は、相手を倒すにも、必ずしも すべての面において 相手より優っていなくて良い、という。
「以弱勝強」「後発先至」の考え方が、根底にある。
相手の存在を肯定し、自分が相手より劣勢であることを自覚する。
そこに 勝機が生まれる、というのである。

非力であることが前提、ここが 肝心なのだ。
たとえば、相手が「突き」を入れてくるとする。
当たり前なことだが、この突きをまともに受けるには、突き以上の力が要る。
つまり、一点において、力と力がぶつかるのなら、強い力のほうが優るのが道理だ。
ところが、突きの方向を‘かわし’で逸れさせると、余った攻撃力で 相手は自らバランスを崩し、そこに‘スキ’が生まれる。
逸らせる力は、いくばくも要らない。
ただし、相手を逸らせるには どう動くべきか、とっさの理解力と判断力が、こちらになければならない。
これが、技である。

楊進氏は、その著書『至虚への道』(二玄社刊)の中で、太極拳経を読み砕きながら、弱きが強きを挫くことの根本は、争わないことに尽きる、と書かれている。
争わない と言っても、逃げるが勝ち ではない。
争わないことの根本は、現在の関係を把握して 冷静に対処することで、力と力の衝突を避け、円満な関係を築くことにある、というのである。
単に、自分の闘争心を押さえ込み、争いを放棄することではない。
まず 相手の力(剛)を推しはかり、その結果をもって おのれの柔なる動きとなす、なんと素晴らしい技であることか。

専守防衛という言葉がある。
日本国憲法第9条の解釈をめぐって、日本の優れたリーダーたちが考えをめぐらし 長い間かかってたどり着いた 日本のあるべき姿が、専守防衛であった。
わたしには、この専守防衛という言葉には、太極拳の真髄が込められているように思えてならない。
専守防衛は、他者に与える痛みを最小限にとどめて、我が身を安全に守る、最良の技ではなかろうか。

太極拳は、奥が深い。
興味が尽きない。
教えられることが、大きいのだ。

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シュプレヒコール

2015-09-04 09:03:35 | 
8月30日の 10万人を越える参加者の国会前デモを受けて、大阪市長・橋下氏が こんなことを言っている。
「こんな人数のデモで国家の意思が決定されるなら、サザンのコンサートで意思決定する方が よほど民主主義だ。」

このたびの安保法案に関しては、いろんな意見があるのを承知している。
考え方は、さまざま あっていい。
知人にも 客先にも、わたしと真逆の意見を持っておられる方が おおぜいおられる。
会社のホームページに間借りしている このブログに、政治色の強い自分の意見は なるべく避けてきた。

だが、この橋下氏の発言記事を読んで、もう 黙っていられない。
多数決が民主主義 と公然と主張する橋下氏は、民主主義をはき違えている。

「三権分立」という言葉の意味を教えてもらったのは、中学2年のときだった。
教えてくださったのは、いまもご健在の 吉岡克己先生である。
吉岡先生に薦めていただいて読んだ書物に、昭和23年初版の文部省(当時)発行『民主主義』(径書房再発刊)がある。

この書物の「はしがき」に、こうある。
  民主主義とはいったいなんだろう。
  多くの人々は、民主主義というのは政治のやり方であって、自分たちを代表して政治をする人をみんなで選挙することだとこたえるであろう。
  それも、民主主義の一つの現れであるには相違ない。
  しかし、民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。
  民主主義の根本は、もっと深いところにある。
  それは、みんなの心の中にある。
  すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心。
  それが、民主主義の根本精神である。

8月23日の日曜日の午後、河原町通りを南行するデモの 長い列に出会った。
安保法案反対デモだ。
女性が多い。
若い人たちが多い。
60年安保のような うねりデモでもなく、70年安保のようなゲバ棒デモでもなく、整然とした、しかし はっきりとした意思を持った人々の列であった。

軽トラの荷台に載って、学生であろうか、若い女性がマイクで 自分の言葉で自分の意見を述べている。
「わたしたち国民は、法律を守っています。国は、憲法を守ってください。」
列のみんなが、同じ言葉をシュプレヒコールする。
このシュプレヒコールは、ほんものだ。
従来のデモにみられた‘政治の匂い’は、ぜんぜん感じられない。
約束の時間に縛られていなかったら、わたしも あの列に飛び入り参加したかも知れない。

いつまでも続くデモの列を見送りながら、わたしの体内に、中島みゆきの歌『世情』が流れていた。
  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため  
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