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つれづれ

思いつくままに

藤井寺市というところ

2014-01-29 12:02:29 | Weblog

大阪のことを、同じ畿内にいて恥ずかしながら、よく知らない。
特に 河内と呼ばれる地域に関しては、地理・歴史を含め 無知に等しい。
仕事でこの方面へ向かう機会は けっこう多いのだが、高速道路を点から点へ移動するだけで、土地の人情に触れる などという状況ではなかった。

その大阪音痴のわたしが、大和川流域の地に、いま愛着に似た興味を募らせている。


大和川は、奈良盆地に落ちる水脈を集めて 生駒山地を縫うように越え、途中で亀の瀬地すべりを引き起こしたりして河内平野を貫き、最後は大阪湾へ注ぎ込む 暴れ川である。
藤井寺市道明寺は、この大和川が 南河内から流れてきた石川と合流するあたりに位置する。
と まぁ、俄か仕立ての地理勉強で知った。

実は ここ道明寺には、やや小柄ながら それはそれは上品な古仏、十一面観音菩薩立像が本尊として祀られているのだ。
道明寺天満宮の西に位置するこの寺のご本尊は秘蔵で、普段は拝顔することは許されない。
ただ、毎月18日の観音縁日と25日の天神縁日には開扉されると聞いた。
道明寺は 菅原道真公ゆかりの古刹ゆえ、25日も公開されるのであろう。

道真公自ら彫ったと伝えられる この榧(かや)材一木造り像は、七体ある国宝・十一面観音菩薩像のうちのひとつ。
七体の国宝のうち 京都六波羅蜜寺の本尊十一面観音菩薩立像は、12年に一度辰年にのみ開帳される秘仏であるから とりあえず諦めるとして、拝顔が叶っていなかった残り一体が、道明寺像であった。

昨年の11月 観音縁日の18日、意を決して 尼寺道明寺をたずねた。

想像以上に小ぶりなお姿は、神々しさよりも 愛らしさが先立つ。
すべて小さめなつくりだが、頬や胸の肉付きは、はち切れそうに豊かで若々しい。
尼さまの どうぞ間近まで との言葉に甘えて、ごくごく近づいて拝見させていただいた。
尼寺の本尊にふさわしい、やさしさに満ちたお顔である。
縁日にもかかわらず 大師堂周辺は人影もまばらで、観音像とトイメンの 心安らかな拝観であった。

道明寺は藤井寺市の東端、と言っても、藤井寺市は大阪府の中で一番面積の小さい町である。
最寄りの駅は、道明寺駅より近鉄南大阪線の土師ノ里駅のほうが近いのでは・・・
市の西端にある 西国五番札所の葛井寺へは、二駅(土師ノ里からなら一駅)で藤井寺、その駅前すぐだ。
車なら10分もかかるまい。

この葛井寺には 以前、三十三所めぐりでたずねているのだが、本尊をまだ拝していない。
観音縁日の18日しか公開されていないからであった。
実は この日の一番の目当ては、このご本尊・十一面千手千眼観世音菩薩坐像の拝観にあった。

「真数千手」の超一級千手観音像。
等身よりやや大きめの体躯の左右に、大脇手38本 小脇手1001本が、まるで光背のように密集して広がっている。
胸元で指先を少し接するだけの合掌手を加えて、合計1041本。
その一本一本の手の表情は、どれも同じものがない。
ほとんどが上向きに差し出された手の平には、みな眼が描かれている。
脇手群は 決してグロテスクな印象はなく、むしろ穏やかに像を包み込んで、安心を醸し出している。

すばらしい。
奈良にある天平彫刻に引けを取らない、いや それ以上であろう。

真数千手群もさることながら、わたしは、半眼伏し目のお顔と胸元合掌手の美しさに、心が大きく揺さぶられた。
わぁーっと、湧き上がる感動。
あぁ たずねきて、よかった、心底そう思える拝観であった。


東から西に流れる大和川の南側に位置する藤井寺市は、地図を見るとよく判るのだが、水色で表されている池と緑色の古墳が 実に多い。
数多くある池は、暴れ川の大和川が 支流の石川とともに暴れた痕跡ではなかろうか。
古市(ふるいち)古墳群と呼ばれる 密集した大小の古墳は、南隣の羽曳野市にまたがって広がり、大小あわせて123基(現存87基)が確認されているという。
4世紀末から6世紀前半頃までの およそ150年の間に築造されたものらしい。
奈良飛鳥より ずっと古いのだ。

葛井と書いて「ふじい」と読ませるが、その源は 百済からの渡来一族・王仁(わに)であるらしい。
つまり この地は、先進国であった朝鮮南部の民の 末裔の地なのである。
実におもしろい。

10年ほど前になるが、中国西安市で遣唐留学生の墓誌が発見されたことがニュースになった。
井真成(いのまなり)という、阿倍仲麻呂らと共に19歳で渡唐した遣唐留学生であることが報じられた。
この真成は、西暦734年正月に36歳で客死している。
彼の故郷は、たぶん藤井寺であるという。
いま 井真成は、藤井寺市の公式ゆるキャラになっている。

一日の旅の終わりに、松永白洲記念館に立ち寄った。
市の北東部 河内国府(こう)跡近く、石川が大和川に合流する付近にある。
時間外にもかかわらず、ようこそ遠いところから と、館主の松永明氏に 館内を丁寧に説明していただいた。
松永白洲記念館については、インターネットのホームページ http://homepage2.nifty.com/RYUUGEno66/ を覗いていただきたい。
鉄道ファン 特に近鉄ファンには、そのリンクページ「つばめno巣」は必見と思う。

次の画像は、松永白洲記念館へ行く途中、石川の堤沿いで見つけた橋である。
東隣の柏原市と行き来する、自転車と人だけが通れる吊り橋(文化庁登録有形文化財)だ。




一日かけて 藤井寺市をめぐった。
社寺や旧跡や歴史もさることながら、この地の人との接触が なによりのおもいでとなった。
おはなし好きな道明寺の尼さま、誠実な説明をしてくださった葛井寺の(たぶん)住職さん、昼ごはんで立ち寄った蕎麦屋「蕎香(きょうか)」の朴訥として親切なおやじさん、一休みしたカフェUzumakiのおかみさんと交わした‘藤井寺のええとこ’談義、松永白洲記念館では 時間外の拝観にも快く容れていただいて 上がり込んでお茶してもらって・・・

また機会あれば、たずねたい町、藤井寺市である。

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作家と職人

2014-01-27 14:25:34 | Weblog

作家と職人。
そのどちらでもない わたしの中で、「作家と職人」は長年のテーマであった。
変なこだわりである。

わたしの勝手な解釈であるが、作家は二つとして無いものを追求し、職人は寸分たがわず同じものを作り出すことを旨とする、いわば 相容れない存在だと考えてきた。
どんなことでもそうなのであろうが、作家と職人は、実は はっきり区切り線を入れられるものではないことが、歳を重ねるにつれ 少しずつわかってきたように感ずる。

その最たる例が、染色の世界だ。

染色の世界を深く知らない。
いまの染色産業は分業化が進んで、工程的にもたぶん 作家と職人は別々なのであろう。
しかし 染色技術の黎明期は、そうではなかった。


いま、京都工芸繊維大学美術工芸資料館で「染色芸術の世界---鶴巻鶴一と中堂憲一---」展が催されている(2月28日まで)。

鶴巻鶴一は、京都工芸繊維大学の前身である京都高等工芸学校の2代校長であり、同時にロウケツ染の復活者かつ染色作家で、京都の染色界に大きな業績を果たした人物である。
中堂憲一は、「型絵染め」と呼ぶ技法で 芸術作品としての染めを世に問うた、大正昭和期の版画作家である。
ともに、作家とも職人とも区別のつかない、図案下絵から染色までを自ら一貫してこなした、マルチ人間だ。

化学者であった鶴巻は、染色という いわば出来たとこ勝負の世界に 科学のメスをいれ、学問的系統立てを試みたと同時に、絶えて久しい天平の染色技法「ろう纈(ろうけち)」を復活させる。
さらに、平安時代より口伝によって伝承されてきた墨流し染の技法を特許「波紋染製造方法」として 布地に染める方法をあみ出し、二つと同じものができない 創造性豊かな作品を製作する。

友禅染は、蝋で防染するか 糸目糊を用いて防染するかの違いで、技法としてはロウケツ染に通底している。

型染も 防染に糊を用いる染色方法で、古くからある技法だが、中堂憲一は この型染ともうひとつ、一種のステンシル(合羽版)のような方法の型絵技法を併用して、独特の幻想的な染色世界を創り出した。
展示されていた中で わたしは、1979年の中堂作品「母の手」に魅せられた。


この展示会を観て、長年の課題だった「作家と職人」というテーマが、いともたやすく解決できた思いがする。
もともと 作家といえども模倣から始まり、職人といえども創造性豊かな感性がなければならないのである。
はなから、作家と職人を区別するのが間違いだったのだ。
作家か職人かは、その人の制作姿勢しだい、ということなのだろう。


ところで 実は、鶴巻鶴一は、家内の曽祖父に当たる人である。

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技術は技術でしか救えん

2014-01-27 10:25:25 | Weblog
ごちそうさんも、いよいよ佳境に入りましたね。
NHK連続テレビ小説のお話です。

先週で、主人公め以子の義父・正蔵が亡くなりました。
夫・悠太郎が、亡くなる直前 父正蔵を地下鉄工事現場へ連れて行きます。
そのときの父と息子の会話です。

   地下鉄の開発って、お父さん(の鉱山の仕事)と似たようなことがありますし・・将来的には、崩落かて地盤沈下かて起こらんとも限りませんから。
   わしがこんなこと言える義理やないんやけど・・どちらにころぶかわからんからこそ、開発やら技術やらの裏っかわには、良心が貼りついていて欲しいと思うんやが・・
   別に、開発やら技術、嫌ろとるわけやないでぇ。まぁむしろ、技術てなもんは 技術でしか救えんもんやと、そう思とる・・期待してるでぇ。

開発とか技術とか そういうものの根底には、良心が貼りついていて欲しい。
いいこと言うやないですか。

いま、東京都知事選がニュースをにぎわしています。
首都の知事選ともなれば、論点が錯綜するのは当然でしょう。
しかし 原発の問題は、東京都民として避けて通れない論点のはず。
と、期待しているのですが・・・

技術は、しょせん技術でしか救うことはできない。
その通りだと思います。
日本は、廃炉技術で世界一になればよい。
それが、原発で苦しんでいる人々への、せめてもの、そして なによりの贖罪だと・・・

ごちそうさん、毎日たのしんでみています。
チョーイケズの義姉・和枝役のキムラ緑子さん、いい役者さんです。
正蔵役の近藤正臣も、味のある演技みせてくれました。
朝ドラは、脇役で光っていますね。
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