goo blog サービス終了のお知らせ 

つれづれ

思いつくままに

冬来たりなば

2013-12-23 21:24:55 | Weblog
ぶーめらん通りを歩いています。
ここは、近江八幡市。
一年に一度 この時期に、ぶーめらん通りを八幡山に向かい、1時間ほどして ブーメランのように戻ってきます。
桜宮町にある歯医者さんを訪ねるのです。

京都にも もちろん、腕のいい歯医者さんはたくさんあるのでしょうが、歯医者遍歴の末 20年前にたどり着いたのが、ここの歯医者さんでした。
歯だけを診るのでなく、歯も体の一部分 という姿勢で、歯の不都合の原因を 体全体から診る、そういう歯医者さんに やっと巡り会えたのでした。

たねや本店の向かいにある「ひさご寿し」の植え込みの (たぶん)万両の赤い実が、この時期きまって鈴なりに実っています。
木枯らしが、京都市内より逞しい。
でも気温は、こちらの方が暖かいのかな。
民家の生け垣の トウネズミモチの実に薄日があたって晴れがましいのに、雀たちが群がって 競うように実を啄んでいます。

毎年のことなのですが、ぶーめらん通りを行き帰りの途上 きまって思い浮かぶ、言い古された詩の一節があります。
   冬来たりなば 春遠からじ (If winter comes, can spring be far behind?)
そして、まわりに人がいないのを確かめて、この一節を かなり大きな声で口ずさみます。
すると、なにかあったかーいものが、体に満ちてくる気がするのです。

   冬来たりなば 春遠からじ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピカソ

2013-12-11 17:23:11 | Weblog
室生寺を訪ねるのには、ちょっとした決断が要る。
足場が悪く、東大寺や唐招提寺を尋ねるような気楽な感覚では、室生寺訪問は果たせない。
そんな室生寺を、学生のころ(もう50年近く前になる)足しげく通った。
五重塔を見るため、であった。
五重塔を見るためだけに、であった。

京都には五重塔が五つある。
東寺の塔(国宝)。
醍醐寺の塔(国宝)。
八坂の塔(重文)。
御室の塔(重文)。
そして木津川市加茂町にある海住山寺の五重塔(国宝)。
近場にこれだけあるのに、室生寺の五重塔に魅せられたのである。

2年前の秋、室生寺に足を運んだ。
15年前の9月 台風で、そばの大杉が倒れかかり、五重塔は大被害を受けた。
修復なった五重塔が、学生のころ見上げるように眺めたものと、大きく変わったわけではない。
美しいが小さい。
あの頃は、小さいから美しく見えた。
魂を売り渡してしまうような あの陶酔感は、生まれて来なかった。
こちらが、変わってしまったのであろう。

同じような体験を、井上靖の著書『美しきものとの出会い』(文藝春秋刊)のなかに見いだした。
若い日にこの塔に出会った井上靖は、一度しか会っていないのに、室生寺の五重塔が、生涯 心の中にはいりこんで居坐ってしまった。
が、30年後の再会では、30年も美しい、美しいと思い続けてきた五重塔はこれであったかと、多少つき離した思いで眺めた、とある。
文豪もそうだったのか と、こそばゆい充足を得たものだ。


この逆の体験もある。
若いときには 見向きもしなかったものが、こちらが歳を重ねて 輝きを放つ、という体験。

ちあきなおみの歌う『喝采』がレコード大賞を取ったのは、もう40年以上も前のことである。
当時 なんでこんな歌がレコード大賞に選ばれるのか、理解できなかった。

先日、NHKテレビ番組<SONGS>で『喝采』を聞いた。
引き込まれるように、聴き入った、しびれた。
聴き惚れるとは、こういうことを言うのだろう。

ピカソの絵が、これと同じである。


長生きしたピカソは、作風がめまぐるしく変化している。
キュビスム以降の作品をつまみ食いのように鑑賞して、ピカソって変な画家、というレッテルを貼ってしまった。
ゲルニカの良さを、若いわたしには 判らなかったし、変な画家との印象が 理解をも妨げた。

ことし、二つの展覧会で、ピカソの若いころの作品、「青の時代」から「バラ色の時代」への移行期に描かれた作品に、続けて出会うことができた。
ひとつは、春から夏にかけて開催された<美の競演---関西コレクションズ>(大阪国立国際美術館)での『道化役者と子供』。
もうひとつは、秋から冬にかけて開催された<プーシキン美術館展>(神戸市立博物館)での『マジョルカ島の女』。
どちらも、厚紙にグワッシュ(不透明水彩絵具)で描かれた、20号相当の縦長作品である。

一筆で人物の特徴を捉えるデッサン力、青を基調に、少ない数の色彩で 心の奥深くを表現している。
『道化役者と子供』の前でも、『マジョルカ島の女』の前でも、しばらく動くことができなかった。
ビビビーンとくる感動とは こういう状態のことなんだな、と。
ピカソの描く哀愁に、わたしの胸が共鳴をおこして、自分が道化役者であり子供であり、マジョルカ島の女である、という変てこな気分。

絵の力ってすごい。
やっぱり、ピカソはすごい。
ピカソの良さが、少しわかって、ものすごく うれしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安全性追求の果て

2013-12-09 14:01:47 | Weblog
こんなことを書いたら 機械屋の名に恥じる、かも知れません。
機械メーカーのホームページを間借りするブログには ふさわしくない、と謗られても仕方ありません。
安全性を追求することは、機械メーカーの最優先課題です。
その安全性に、いちゃもんを付けるようなことを 言おうとしているのですから・・・
まあ、心配性の初老の男の ただのひとりごと、とお聞き流しください。


結論から申します。
安全性追求の果ては まさしくSFの世界、人間がコントロールするはずのロボットの いいなりの社会かも・・・
ほんとうの安全は、危険の認識なくしては あり得ない、と・・・

わかりやすい例で考えます。
自動車という日本語は、おそらく automobile の翻訳でしょう。
当時の翻訳者の頭には、人力車あるいは馬車があって、その対比で生まれた言葉だと思います。

自動車とはいえ、20世紀に人生の大半を過ごした わたしの頭には、それを操るドライバーが必ず存在します。
だから、完全な‘自動’車ではない。
わたしのような人間の頭では、自動車の安全性追求の果ては、シートベルトあるいはエアバッグ止まりでしょう。
つまり、ドライバーである人間は失敗を犯すもの という前提があり、失敗(事故)をおこした場合に その損傷度をできるだけ少なくする、という発想です。

ところが最近、自動ブレーキさらには自動走行と、自動車の人間離れの技術が進んでいます。
行き着くところ、ドライバーはドライバーでなくなり、自動車という乗り物の ただの乗客となります。
自動車が、まさしく‘自動’車になるのです。
これは、少なくともわたしの頭では、自動車の範疇外の乗り物です。

このような乗り物、‘自動’車は安全か。
そうとも言い切れません。
おそらく センサーだらけのコンピュータ制御を駆使した乗り物でしょうが、センサーやコンピュータが故障しないという保証はないからです。

そして一番の懸念は、自動車におけるドライバーの役割を担うモノが、乗客である人間にはブラックボックス、つまりチンプンカンプンである、ということです。

ひとむかし前は、ボンネットを開ければ 不具合個所をだいたい読めましたが、いまは さっぱりわかりません。
それでも わたしの範疇の自動車は、ドライバーの責任とメーカーの責任とが分担しあう乗り物です。
だから、「自動車運転免許証」なるものが 存在するのでしょう。
また そこに、自動車としての魅力もある。

ところが‘自動’車は、すべての責任が車側、すなわちメーカー側にあります。
保険保険で縛り倒した乗り物かも知れません。
いずれにしても、乗客である 名ばかりのドライバーは、すべての責任をメーカーに問わざるを得ない。
その責任全部を、はたしてメーカーが背負えるのか。

恐い話ですね。
恐いついでに、もうちょっと・・・

自動車におけるドライバーの役割を担うモノ(人間の姿をしていなくても、ロボット)を、頭のいい‘悪い人’が いたずらするかも知れません。
ひょっとすると、ロボットが人間の感情に相当する能力を備えて、ドライバー(人間)に逆らうかも知れません。

自動車の安全性を追求した果てが、このようなSFの世界にならないとも限らない。


例えを、もう一つ・・・
子供の小刀教育という話です。

鉛筆を削るのに、小刀を使わせる小学校がありました。
その小学校の校長先生は、少々の怪我はしかたない 安全をまっとうに理解するには 怪我は付きものだ、というお考えでした。

これに反対するPTA役員が出てきました。
指でも切ったらどうするんだ 責任とってくれるのか、と。

結局、モンスターママの勝利で終わりました。
せっかくの小刀教育でしたのに・・・


日本語の「・・性」という表現は、「・・風」というニュアンスで使われることが、多々あります。

卑近な例ですが、「さぬきうどん」という表示は、香川県産のうどん以外に使ってはならないことになっているそうです。
そこで「さぬきうどん風」という表現が生まれました。
さぬきうどんまがい、これなら 香川県以外のどこで作ったうどんに表示しても、不当表示防止法に抵触しないというのです。

「安全性」という表現にも、見掛け上 安全に見える、そういう「安全まがい」が横行しているのも、事実です。
そして こういう「安全性」を追い求めるあまり、「操作性」を無視せざるを得ないのです。

この矛盾を完全に解決しようとすれば、人間がほんとうのオペレーター(ドライバー)であってはいけません。
人間は、製造ラインから離れたオペレーター室に避難しなければなりません。
製鉄ラインのように。
機械は、ますます複雑になります。


さて、わたしどもが扱っている製麺機械では、まだ製鉄ラインのような無人化装置には至っていません。
いずれ、無人化製麺ラインも登場するかもしれません。
はたして、ペイするかは、疑問です。

製麺機械のような食品機械は、人間の五感に依存する要素が、他の産業機械より大きいです。
人間の五感に依存する要素を機械化するには、けっこうなコストと嵩を要します。
たとえ これを初期実現したとしても、人間の移ろいやすい趣向に 付いていけるかどうか。

無人化製麺機械が実現できるかどうかを、ここで議論しようとしているのではありません。
製麺機械を安全に操業するには どうしたらいいのか、そのことに深く思いを至らせたいのです。

香川県に工場をもって行っただけで、ほんとうのさぬきうどんを作れないのと同様、安全性を高度に追求しただけで、製麺機械のオペレーティングが安全になる、とは思えません。
‘自動’車と同様、完全無人化製麺ラインを構築できるのであれば、話は別ですが。

実際に小刀で鉛筆を削ってみて ヘマして指を傷つけて 痛い!と感じなければ、危険という認識を身をもって感じなければ、ほんとうの安全は得られない、そう思うのです。
操作がしづらくなってもお構いなく 危ないものに蓋をして、自分自身が危ないと判断するのでなく センサーが教えてくれて、それで ほんとうの安全だと言えるのでしょうか。

安全性ではなく ほんとうの安全は、危険の認識なくしては得られない、わたしは そう思います。


安全性にがんじがらめになりつつある製麺機械を前にして、なにか間違っているように思える このごろです。
取り越し苦労でしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

当麻の里がとりもつ縁

2013-12-06 11:05:59 | Weblog
3年以上も前になります。
奈良県五條市の八角円堂を訪ねる途中 立ち寄った「道の駅ふたかみパーク當麻」の食堂の壁に描かれた詩が、わたしの心を打ちました。
鳥越ゆり子さんという方の詩でした。
それを、このブログで紹介したことがあります。

インターネットをおやりにならない鳥越さんは、ご友人から渡されたコピーで わたしのブログをご覧になり、ことしの夏 ご丁寧な手紙を届けてくださいました。
詩人の鳥越さんは 絵もお描きになり、毎年 東京と京都で個展を開いておられます。
京都での個展のご案内をいただいので、画廊を訪ね、お目にかかることができました。

当麻の里の風景が とりもつご縁です。


溢れるばかりの言葉をキャンパスにぶつけた、そんな印象の 色鮮やかな絵でした。
詩人の絵です。
氾濫する言葉の投げ捨て場を 抽象のクレパス画に求めたのが始まりです、とおっしゃる鳥越さんの独学の絵画歴は、3.11以降 一変したそうです。
野に息づく雑草や野花を描こう、想像力の極めて豊かな鳥越さんには そうせざるを得なかったのでしょう。
ふる里の土の匂いを嗅げなくなった原発事故被災地の人々の気持ちが、痛いほどわかるから。


あの詩「当麻の里によせて」と同じように、鳥越さんご自身が紹介されている個展案内文を転記させてもらっても、お叱りは受けないだろうと勝手に解釈して、『京都画廊連合会ニュース12月号』から・・・

 「百姓のように絵を描きなさい」と言ったのはミロだが、2011年3月11日 東日本大震災によって引き起こされた福島原発事故以降、「百姓の眼」になって(もともと私は百姓だ)、百姓暮らしの身近にある野草雑草を中心に、具象画を描いている。

 抽象のクレパス画から始まった私の絵だが、原発事故の過酷な現状に対峙できるものがあるとすれば、そんなものではあるはずがない、冷厳とも言える具象ではないか、と今は思える。
 どこまで私の画筆が及ぶか・・・
 
 畑の一個のカボチャ。荒れ地の一株のマリア薊。放置され、捨てられた田野に生きる植物たち。
 「まっとうな畑」の虫喰い葉に絵筆を走らせながらも、心奥には「まっとうでない」放置された光景が広がってゆく。
 憤怒があり、悲哀があり、なお愛情があり、なによりも無力があって、揺れまどう苦しみがある。
 
 野草譜によせて100点は描こうと思っている。
 まっとうな人生をまっとうするためにも。
                                       2013.11.8 鳥越ゆり子



鳥越さんのご主人にも、お目にかかりました。
あなたならきっと主人とも話がお合いになるはず、と紹介してもらいました。
彼も詩人であり、また石仏の研究家でもいらっしゃる。
円空仏で話が楽しく盛り上がりました。

高松のご友人夫妻にも、お目にかかれました。
こちらは さぬきうどんの話で、これまた盛り上がりました。

当麻の里の風景が とりもつご縁でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

もう一つの‘あまロス’

2013-12-03 14:08:49 | Weblog
NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の後遺症「あまロス」の患者数は、ときが経つにつれて減っているようですね。
あと番組『ごちそうさん』の健闘ぶりに拠るところも、大きいかも知れません。
でも わたしは、‘いびり’の快感より、やっぱり‘じぇじぇじぇ’の明るい驚きの方が、性に合っているようです。
いまだに「あまロス」です。

もう一つ、あまロスを患っています。
天野祐吉さんを失った「あまロス」です。
水曜日になると、きまって痛み出します。
水曜の朝日新聞朝刊に、天野さんの名物コラム「CM天気図」が見当らないのが、ものたりなく・・・


10月20日、広告やテレビ番組の批評で人気のコラムニスト、天野祐吉氏が亡くなりました。
いびつにふくれあがった20世紀文明が、どういうふうに歪み、どういうふうに壊れてきたか、これを広告という窓からのぞきながら、洒脱な文体で 判りやすく解きあかしつづけた、<別品>のコラムニストでした。
天野さんは語りかけてきます。
いまでしょ!文明の書き換え作業にしっかり取りかかるのは、と。

いま、天野氏の最後のメッセージ本となった『成長から成熟へ---さよなら経済大国』(集英社新書)を読んでいます。
天野節 ここに極まれり、といった読後感です。
でも 天野節は、そのときどきをハモらないと、本調子じゃぁありません。
ちょうど、筑紫哲也氏の『この「くに」の面影』(日本経済新聞出版社刊)を読んでいても、やっぱり いまの「多事争論」を聴かなけりゃぁ納まらないのと同じように・・・


いまのこの国の、共産党独裁の中国にどこか似たような成り行きを、天野さん、あなたなら どうチクるんでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする