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つれづれ

思いつくままに

Woman,そして、恐竜せんせい

2013-09-17 11:57:17 | Weblog
台風18号は、気違いのような雨を残して、去って行きました。
びっくりしました。
京都に住んでいると、天災ボケになるくらい、自然の脅威から免れています。
ありがたいことですが、だから余計に、このたびの豪雨にはビビりました。
あらためて、自然に対峙する人間の弱さを、実感しました。

ところで、9月という月は、なにか寂しい気持ちになる時期ですね。
台風一過、すがすがしさの片一方で、あの憎たらしいほど暑かった夏を惜しむ、矛盾した惜別感。

わたしにとっては、もう一つの惜別があります。
9月で終わるテレビドラマ。

Womanも、名もなき毒も、SUMMER NUDEも・・・
そして、半沢直樹は次回で、あまちゃんは今月いっぱいで、おしまい。

ゆうべ、眠れぬまま長読みの文庫本にも疲れて、天井からの吊り下げ灯を消すべく、下げ振りスイッチを引っ張ろうとして、Womanの名場面を思い起こしました。
下げ振りスイッチを、寝たままでも引っ張れるように、もっと下まで継ぎ足してやろう、そう思ったことからの連想です。

信(小栗旬)が、自分を捨てた母親に会いに、山に囲まれた小さな村を尋ねる場面。
母親の住む文化住宅の一室を 窓から覗き見ると、雑然とした留守部屋の片隅に、空缶に挿された切り花が見えます。
天井吊り下げ灯の下げ振りスイッチに、くたびれたオレンジ色のマフラーが継ぎ足してあります。

母親に会わずに帰りかけた信が、バスストップ前の荒物屋で、思い直して 小さな花瓶を買い求めます。
その花瓶の傍らの陳列棚に、オレンジ色のマフラーが・・・

親と子は、幸不幸の程度差はあっても、どの親と子も、それほど濃い思い出を数多く共有してはいないのではないでしょうか。
でも 子は、数少ない親にまつわる思い出で、その思い出だけで、誰とよりも強く、親と繋がっている。

オレンジ色のマフラーを荒物屋で目にした信は、幼い自分に手編みのオレンジ色のマフラーをプレゼントしてくれた母親を思い出します。
数少ない、母親から感じた愛の証しです。
そのオレンジ色のマフラーを、母親は今でも自分のすぐ傍に置いてくれている・・・
信は、そのオレンジ色のマフラーを、ささやかな願いとして 母親からもらって帰ります。
そのオレンジ色のマフラーが、悲しい事件の発端になるとは・・・

テレビドラマをみて おいおい泣くわたしを、家内はもう 慣れっこになったようです。
あきれて、なにもコメントしなくなりました。

泣く心配のない、でも絶対に見逃したくないのが、あまちゃんです。
あまちゃんの話をしだしたら、このブログがパンクしそうです。
東日本大震災の被災者への、いちばんの応援歌ですね。
被災者へだけでなく、なにかして差し上げたいと思いつつ悩む日本人みんなの、この上ない代弁者です。

NHK朝ドラは、たぶん むかしは、どのサラリーマンも、縁が薄かったのではないでしょうか。
時間的に朝ドラを見ている余裕はなかったはずです。
それに、今のように性能のよい録画装置もなかったし・・・

ゲゲゲの女房からかな?、朝ドラを見だしたのは。
おひさまは、欠かさず みました。
あの三人娘は、それぞれ みんないい役者さんです。
井上真央も、満島ひかりも、マイコも・・・

Womanの満島ひかりは、ベテランの田中裕子や小林薫に負けてませんでした。
いや、彼らベテランに彼女の良さを 存分に引き出してもらっていたのだと思います。

先日、NHK福井開局80周年記念ドラマ『恐竜せんせい』(BSプレミアム)で、久々にマイコをみました。
恐竜せんせいを、いい塩梅に演じていました。
井上真央にも満島ひかりにもない、ホンワカとした美しさを持った女優さんですね。

この『恐竜せんせい』、実は放映の直前に 勝山を訪ねていて、恐竜博物館にも入っていたので 余計そう思うのかもしれませんが、ほのぼのとした いいドラマでした。
「きっと、見つかる。ほんとうの宝物。」が見つかったような気分になりました。

勝山は、かっての賑わいを失っています。
それを、恐竜が救っているのかもしれません。

銅鐸とか埴輪とか、そのへんの時代も 好奇に満ちていますが、恐竜は人間臭さがまったくない、それでいて この同じ地球に生きた生物として、ロマンにあふれています。
いい年したおっさんも 真剣なまなざしで恐竜博物館を歩き回る訳が、わたしには理解できます。

いまの日本、あまりにも東京にすべてが集中しすぎています。
あまちゃんの「地元に帰ろう」もそうですが、3.11を契機に、東京以外の日本の良さを見直し、東京以外の日本が元気にならないと・・・

太古の日本にもいた恐竜は、勝山へ大きな大きなプレゼントを送ってくれているように感じます。
恐竜せんせいを観て、勝山という地がいっぱい好きになりました。
勝山が、恐竜の助けを借りて、もっともっと元気になってほしい、そう願います。
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おわびから始めます

2013-09-09 18:14:41 | Weblog
相国寺承天閣美術館で催されていた『世界ヒバクシャ展@京都』の最終日、ぎりぎり入場することができました。
会場入り口に掲げられた<おわびから始めます>という 主催者の言葉に、わたしはこの催しの意図を つぶさに感じ取ることができました。
それを、ここに記したいと思います。
   
おわびから始めます
世界ヒバクシャ展 森下美歩
私は訪問介護の仕事をする中で、お年寄りからたくさんの戦争体験をお聞きしました。
多くの方が「戦争はいけない」「人間としてひどい過ちを犯してしまった」「できるものならおわびしたい」と、
心のわだかまりを残したまま亡くなっていかれました。
世界ヒバクシャ展の活動を引き継ぐにあたって、私は、“おわび”から始めたいと思います。
太平洋戦争で多大な迷惑をかけてしまった国々の人たちへのおわび。ヒロシマ、ナガサキの被爆を経験しながら、
核実験や、湾岸戦争など世界の戦争、劣化ウラン弾の使用を止められず、
先住民族の聖地をウラン採掘や核廃棄物の投棄などで汚すことも止められず、
世界中にヒバクシャを生み出してしまったことへのおわび。
そして、「原子力の平和利用」という言葉の下で原発の建設を許し、
福島第一原発事故を引き起こして世界中に放射能をばらまいてしまったことへのおわび。
日本人として、こうしたおわびの言葉をきちんと伝えながら、現実を見つめ
共に未来を考える材料として、世界にヒバクシャの写真を展示・紹介し、
広島・長崎の原爆で亡くなった人たちをはじめ、
犠牲となった世界のヒバクシャたちの命を
無駄にしないようにしていきたいと思います。


会場出口で、この催しの主催者、森下美歩さんと少しの間、立ち話をする機会を得ました。
彼女は、展示写真を撮った6人の写真家のひとり、故・森下一徹氏の娘さんです。

立ち話をしている傍の壁面に、福島第一原発で無残な姿を晒している何号機かの航空写真が掲げてありました。
その危なっかしい建物にへばりつくように小さく、原発処理作業者の姿が、写っています。
美歩さんが、彼ら原発処理作業者との話を紹介してくれました。
彼らは、家族から もう止してと言われながらも、こうなったら自分の身はどうなっても構わない、なんとか放射能汚染を防ぐ力になりたい、そう語っていたということです。


2020年のオリンピックが東京で開催されることが決まりました。
喜ばしいことです。

プレゼンで 安倍首相は、福島での放射能汚染水は完全にプロックできています、と断言しました。
それは、原発事故処理に携わる人々のヒバクシャとなる恐れを担保にした発言です。

核と人間は、共存できない。
そのことを、放射能汚染水は完全にプロックできていますと 世界中に断言した安倍首相は、肝に銘じなければなりません。
すべての核問題は、「核と人間は、共存できない」との認識から始まるのです。

このたびのうれしいニュースで、もうひとつ気になったことがあります。
IOC理事の胸の内は 明らかにされませんから、あくまでも関係筋の推測でしょうが、日本の隣国である韓国と中国の理事たちは、2020年オリンピック開催地として日本に投票しなかったようです。

同じ東アジアに位置する 韓国・中国が、日本でのオリンピック開催を喜んではくれない。
悲しいことです。
このことを、もっと真剣に反省しなければなりません。

日本をリードする立場の人間に、森下美歩さんの<おわびから始めます>の心があれば、こんな悲しい推測はなかった、そうわたしは確信します。

しでかしてしまったことは、もう‘バクテン’することはできません。
だからこそ、しでかした過ちは、日本人として、おわびの言葉をきちんと伝えないといけないのです。

核問題が、「核と人間は、共存できない」との認識からはじめなければならないと同様、多大な迷惑をかけてしまった隣国には、おわびの言葉をきちんと伝えることから始めなければならないのです。


森下美歩さんの<おわびから始めます>の言葉に接して、このことを強く思いました。
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書と太極拳

2013-09-09 15:52:08 | Weblog
60の手習い、ではないが、つい最近 書を習い出した。
それも、主として 細筆書。

太筆書は、むかし たいていの学童がそうであった以上に長期間、先生に就いて習った時期があった。
森岡峻山という、篆書の達人の先生で、人間の大先輩としても、恩人の先生だった。

字を書くのは好きだったし、峻山先生に手ほどきしてもらうのも楽しかった。
が、あぁもうこれ以上うまくならないだろうなぁという予感と、京都を離れるという外的理由で、習字という習いごとは止めてしまった。
今から思えば、ずっと続けていればよかった。

きっかけは、家内の冗談である。
枕屏風くらい、自分の字で書いておけば・・・
家内の言う枕屏風とは、仏さんの枕元に立てかける 辞世の句などが書かれた屏風のことである。

枕屏風なら、やはり細筆書だろうが、細筆書というものに皆目自信がない。
なら、習うしかない。

太筆書に慣れ親しんでいたせいだろうが、それがかえって災いして、正直言うと、細筆書を見下すような嫌いはあった。
でも、好きな詩人の詩などを 変体仮名まじりの細筆書で すらすら書いてあるのを見るにつけ、自分もこんなふうに書けたらいいなぁ、とは常々感じてはいた。

まだ 習い初めて間もないのだが、細筆書は けっこう おもしろい。
漢字はよその国の字だけれど、仮名はやっぱり日本人の字だと、仮名が愛おしくなる。
峻山先生に習った筆の運びとは かなり違うので戸惑いはあるが、新天地を開拓するような悦びがある。

気づいたことがある。
書と太極拳には、基本的な相似点がある。

筆はまっすぐ立てて、太極拳の姿勢も正中線をまっすぐに立てて・・・
「意連」という言葉を習った。
ひとつひとつの字は独立しているが、気持ち(意)が連なっていること。
太極拳の型も ひとつひとつ独立しているが、動作も意も型から型へ連なっている・・・
字と字の連なりは、遠回りに大きく。
太極拳の動きも、円を描くように 丸く大きく・・・

こじつけではなく、書と太極拳は 基本でよく似ている。
筆が寝ていますよ と注意を受けながら習字していて、そういう思いに浸っている。
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