直島エコタウンプランのハード事業を、三菱マテリアル直島精錬所が受け持っている。
二次的な廃棄物を発生させない‘ゼロエミッションリサイクル’を実現しているそうだ。
この設備(溶融飛灰再資源化設備ならびに有価金属リサイクル設備)の実際を見てみたいもの と思っていたが、見学は予約者に限る とのことで、予約者リストにない今回は 諦めざるを得ない。
精錬所のある直島北西部(産業エリア)は、関係者以外 立ち入り禁止となっている。
実はいま、わたしは直島にいる。
宮本常一氏がもういちど訪ねてみたいと言っていたこの島を、いま わたしは訪ねている。
島の南端の、風光明媚な地区に位置する、ベネッセハウスに宿泊している。
美術館とホテルを融合した、ベネッセアートサイト直島(美術館エリア)の核となる設備だ。
その一つ、パークの玄関壁に掲げられた トーマス・ルフのへんてこりんな写真の前に立って、学芸員の説明を聞いている。
学芸員(兼ホテルマン?)の彼女の話では、この写真のソースは ほんとうはこのような(格調高い)場所を飾るにはふさわしくない、と。
色彩豊かだが寝ぼけたようなこの写真は、エロチックな女性裸体の ペン先程度のごく一部を、2.5m×4m(?)横長の大きさに拡大した画像だそうな。
マスコミやネットが伝える情報は、実はかくの如く 真実のごく一部を表現しているに過ぎず、その全体像は想像外に在る、そういうことを言いたかったのでは、と学芸員は説明してくれた。
ことほど左様に、ここベネッセアートサイト直島だけでなく、島東部に位置する本村(ほんむら)エリアの‘家プロジェクト’にしても、島西部の玄関港である宮ノ浦エリアに点在する奇妙きてれつな銭湯や展示物にしても、埠頭で出迎えてくれる草間彌生さんの‘かぼちゃ’の不可思議の延長線上にあるのでは と、現代アートに疎いわたしには 思えてしまう。
ただ、地中美術館は、わたしの理解の範囲内で、誰かに一見を薦めたくなる。
心安らぐ不思議な空間だ。
安藤忠雄氏の着想なのだろうか、自然公園法に抵触しないように おそらく、美術館を地中に築いたのだろう。
なかでも、ジェームス・ダレル室の『オープン・フィールド』には 度肝を抜かれた。
青の靄に全身を包まれて、上下も奥行きも定かでない異空間に漂う自分。
坐禅で上品の瞑想を得た瞬間とは、こういう境地をいうのではなかろうか。
本村の家プロジェクトの一つ、ANDO MUSEUMで、ガイドをしてくれている若い女性に尋ねた。
プロジェクトに携わっている人たちのどれくらいが、この島の出身者ですか、と。
私は岡山出身ですが、受付をしている彼女はこの島の生まれです、そう答えてくれた。
それぞれの家プロジェクトに立って ガイド役を務めているのは、年配者が多い。
彼らは たぶん、直島町観光ボランティアガイドの会の仲間たちであろう。
島の人たちは、わたしには奇妙きてれつにしか思えない現代アートの恩恵を、確かに受けているのだ。
多くの人たちが いま、直島を訪れる。
若者が多い。
外人さんが多い。
若者や外人さんをこの島に呼ぶのは、まちがいなく、瀬戸内海に浮かぶこの島をキャンパスに見立てて描く 現代アートの力であろう。
ここに在るアート作品は、そのほとんどが ここから動かすことができない、この島の財産である。
いまや島の財産となった現代アート作品も、‘普通のよその人’の、直島への強い想いがきっかけであった。
たとえば、‘本村のれんプロジェクト’。
加納容子さんという岡山県の染色作家が、作品「のれん路地」を発表したのは、平成13年に開かれた島内展覧会「スタンダード」の関連イベントとしてであった。
本村集落の一軒一軒に協力を仰ぎ、まずは協力的な家の門や玄関口に、その家にふさわしい図柄ののれんを制作して 掛けさせてもらう。
当初、14軒の家を対象としていた 本村のれんプロジェクトも、しだいに島民自身が のれんを島の財産と認識してゆく。
そして いまや、100軒を超える家々の玄関が、その家の由来を語るのれんで飾られている。
もともと 直島には、民家が育んだ高い美意識と文化水準があった。
潮風から家を守る知恵から生まれた焼杉板塀は、それ自体 路地に美しい区画を作っている。
しかし、それら趣のある美しい町並みや生活用品は、放っておけばいつかは廃れる運命にあった。
現代アートを中心とした国際的な芸術祭と ベネッセアートサイト直島を通じた広報活動が、放っておけばいつかは廃れる運命にあった民の芸術を蘇らせた、と言えるのではないか。
そして同時に、忘れられた直島島民のいとなみも、いまに蘇えるのだと思う。
直島町の、平成15年3月の「環境のまち宣言」に、こうある。
直島町は、瀬戸内海に浮かぶ27の島々からなる町で、白砂青松の美しい自然に恵まれたすばらしい町です。
また、直島女文楽をはじめ多くの文化財が残り、世界へ向けて現代美術の情報を発信するなど、文化の薫り高い町であるとともに、精錬所のある町として発展してきました。
近年は、豊島廃棄物等中間処理施設の建設を契機として、循環型社会のモデル地域を目指すエコアイランドなおしまプランが国の承認を受け、全町民と全事業者の参加と協働でこのプランを推進していくことにより、まちの魅力を高め、大きく飛躍・発展しようとしています。
20世紀は経済優先の大量生産・大量廃棄の世紀でしたが、21世紀は自然と共生しながら限りある資源・エネルギーを有効に利用する「環境の世紀」です。
私たち直島町民は、あらゆる領域において常に環境に配慮して行動するとともに、町民・事業者・行政が一体となって、緑あふれる豊かで美しいふるさとづくり、自然・文化・環境の調和したまちづくりを進めることを決意し、ここに「環境のまち・直島」を宣言します。
いま、宮本常一氏がここにいたら、どのような感想を漏らすであろうか。
二次的な廃棄物を発生させない‘ゼロエミッションリサイクル’を実現しているそうだ。
この設備(溶融飛灰再資源化設備ならびに有価金属リサイクル設備)の実際を見てみたいもの と思っていたが、見学は予約者に限る とのことで、予約者リストにない今回は 諦めざるを得ない。
精錬所のある直島北西部(産業エリア)は、関係者以外 立ち入り禁止となっている。
実はいま、わたしは直島にいる。
宮本常一氏がもういちど訪ねてみたいと言っていたこの島を、いま わたしは訪ねている。
島の南端の、風光明媚な地区に位置する、ベネッセハウスに宿泊している。
美術館とホテルを融合した、ベネッセアートサイト直島(美術館エリア)の核となる設備だ。
その一つ、パークの玄関壁に掲げられた トーマス・ルフのへんてこりんな写真の前に立って、学芸員の説明を聞いている。
学芸員(兼ホテルマン?)の彼女の話では、この写真のソースは ほんとうはこのような(格調高い)場所を飾るにはふさわしくない、と。
色彩豊かだが寝ぼけたようなこの写真は、エロチックな女性裸体の ペン先程度のごく一部を、2.5m×4m(?)横長の大きさに拡大した画像だそうな。
マスコミやネットが伝える情報は、実はかくの如く 真実のごく一部を表現しているに過ぎず、その全体像は想像外に在る、そういうことを言いたかったのでは、と学芸員は説明してくれた。
ことほど左様に、ここベネッセアートサイト直島だけでなく、島東部に位置する本村(ほんむら)エリアの‘家プロジェクト’にしても、島西部の玄関港である宮ノ浦エリアに点在する奇妙きてれつな銭湯や展示物にしても、埠頭で出迎えてくれる草間彌生さんの‘かぼちゃ’の不可思議の延長線上にあるのでは と、現代アートに疎いわたしには 思えてしまう。
ただ、地中美術館は、わたしの理解の範囲内で、誰かに一見を薦めたくなる。
心安らぐ不思議な空間だ。
安藤忠雄氏の着想なのだろうか、自然公園法に抵触しないように おそらく、美術館を地中に築いたのだろう。
なかでも、ジェームス・ダレル室の『オープン・フィールド』には 度肝を抜かれた。
青の靄に全身を包まれて、上下も奥行きも定かでない異空間に漂う自分。
坐禅で上品の瞑想を得た瞬間とは、こういう境地をいうのではなかろうか。
本村の家プロジェクトの一つ、ANDO MUSEUMで、ガイドをしてくれている若い女性に尋ねた。
プロジェクトに携わっている人たちのどれくらいが、この島の出身者ですか、と。
私は岡山出身ですが、受付をしている彼女はこの島の生まれです、そう答えてくれた。
それぞれの家プロジェクトに立って ガイド役を務めているのは、年配者が多い。
彼らは たぶん、直島町観光ボランティアガイドの会の仲間たちであろう。
島の人たちは、わたしには奇妙きてれつにしか思えない現代アートの恩恵を、確かに受けているのだ。
多くの人たちが いま、直島を訪れる。
若者が多い。
外人さんが多い。
若者や外人さんをこの島に呼ぶのは、まちがいなく、瀬戸内海に浮かぶこの島をキャンパスに見立てて描く 現代アートの力であろう。
ここに在るアート作品は、そのほとんどが ここから動かすことができない、この島の財産である。
いまや島の財産となった現代アート作品も、‘普通のよその人’の、直島への強い想いがきっかけであった。
たとえば、‘本村のれんプロジェクト’。
加納容子さんという岡山県の染色作家が、作品「のれん路地」を発表したのは、平成13年に開かれた島内展覧会「スタンダード」の関連イベントとしてであった。
本村集落の一軒一軒に協力を仰ぎ、まずは協力的な家の門や玄関口に、その家にふさわしい図柄ののれんを制作して 掛けさせてもらう。
当初、14軒の家を対象としていた 本村のれんプロジェクトも、しだいに島民自身が のれんを島の財産と認識してゆく。
そして いまや、100軒を超える家々の玄関が、その家の由来を語るのれんで飾られている。
もともと 直島には、民家が育んだ高い美意識と文化水準があった。
潮風から家を守る知恵から生まれた焼杉板塀は、それ自体 路地に美しい区画を作っている。
しかし、それら趣のある美しい町並みや生活用品は、放っておけばいつかは廃れる運命にあった。
現代アートを中心とした国際的な芸術祭と ベネッセアートサイト直島を通じた広報活動が、放っておけばいつかは廃れる運命にあった民の芸術を蘇らせた、と言えるのではないか。
そして同時に、忘れられた直島島民のいとなみも、いまに蘇えるのだと思う。
直島町の、平成15年3月の「環境のまち宣言」に、こうある。
直島町は、瀬戸内海に浮かぶ27の島々からなる町で、白砂青松の美しい自然に恵まれたすばらしい町です。
また、直島女文楽をはじめ多くの文化財が残り、世界へ向けて現代美術の情報を発信するなど、文化の薫り高い町であるとともに、精錬所のある町として発展してきました。
近年は、豊島廃棄物等中間処理施設の建設を契機として、循環型社会のモデル地域を目指すエコアイランドなおしまプランが国の承認を受け、全町民と全事業者の参加と協働でこのプランを推進していくことにより、まちの魅力を高め、大きく飛躍・発展しようとしています。
20世紀は経済優先の大量生産・大量廃棄の世紀でしたが、21世紀は自然と共生しながら限りある資源・エネルギーを有効に利用する「環境の世紀」です。
私たち直島町民は、あらゆる領域において常に環境に配慮して行動するとともに、町民・事業者・行政が一体となって、緑あふれる豊かで美しいふるさとづくり、自然・文化・環境の調和したまちづくりを進めることを決意し、ここに「環境のまち・直島」を宣言します。
いま、宮本常一氏がここにいたら、どのような感想を漏らすであろうか。






