goo blog サービス終了のお知らせ 

つれづれ

思いつくままに

ねんねこ

2012-12-27 09:36:34 | Weblog
もういくつ寝ると・・・
お正月が待ち遠しかった 遠い遠いむかし。
それが いつしか、
  分別の 底たたきけり 年の暮 (芭蕉)
となり、近ごろは「年惜しむ」暮れになりつつあります。

流れるごとく、着実に過ぎ去る歳月。
年の暮れというのは、ふと これに心をとめて眺める‘とき’。
だれが考えたのか、実に巧妙な‘節’なのですね。

そんな暢気なこといってないで と、家内の声が聞こえます。
拭きにくい窓の外側を雑巾がけしながら、またまた 暢気な空想がよぎります。
ねんねこ。
年末のあわただしい時期になると、きまって思い出す、ねんねこ。

北野市場あたりだったか 定かではありませんが、かぞえで5歳のわたしは 母の背に負われていました。
うろちょろされるよりも 背に縛っておいたほうが都合が良かったのでしょうが、通りがかりのおっちゃんに「大きな子がねんねこかいな」と茶化されて、恥ずかしかった。
恥ずかしさで顔を埋めたねんねこは、暖かかった。

年惜しむ暮れに思い出す、遠い遠い記憶です。

  ねんねこに 埋めたる頬に 櫛落つる (虚子)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四万十川、賛歌

2012-12-20 15:02:39 | Weblog

ことしの春。
4月10日は、四万十川の日(?)。
その翌日の朝刊に載っていた、ステキな写真が忘れられません。

「永遠に清らかな清流四万十川とみなさま方を証人とし、ここに夫婦の誓いを交わします。」
沈下橋をくぐる屋形舟の船首楼に立って、沈下橋に居並ぶ祝い客らに手を振る ウェディングドレスの新郎新婦。
祝い客らが撒く紙吹雪が、若いカップルの上で舞っています。
春のメモリアルウェディング、四万十川船上結婚式のスナップです。


テレビドラマ『遅咲きのヒマワリ』は、次週で最終回。
不作だった今年のテレビドラマの中で、『遅咲きのヒマワリ』は‘優’をあげたい。
なにせ、四万十川の美しい映像を ふんだんに放映してくれているんですから。

かって 釣り友に連れられて、この川を遡りました。
陽射しがやわらかな、初夏のころでした。

点にしか見えない 上流の釣り友の ぶつぶつ言っている声が、風に運ばれて聞こえてきます。
地方選挙だったのか きっと選挙カーからでしょう、姿の見えない遠くの方から「○×をーよろしくーおねがいしまーす」が ちぎれちぎれに流れてきます。
ゆったり流れる川面は、太陽の光を鱗のように キラキラ反射させています。
なーんにも考えない、なーんにも侵されない、至福のとき・・・

四万十川のウナギの味も、忘れられません。
アユ釣り人には もったいない話ですが、このあたりでは アユはウナギの餌代わり。
地獄と呼ばれる 四角て細長い木枠の仕掛け筒に ブツ切りしたアユを行き止まりの奥に入れ、新月の前夜 川に仕掛けます。
ウナギは前進するのみ、翌朝、黄色い腹をした 皮が薄く身が引き締まったのが、じっとしています。

四万十川の天然ウナギは、たぶん地元でしか食べられないでしょう。
通常の流通ルートに乗ることはなく、幻の食材のうちに入ります。
年々漁獲高は減っているそうだから、予約も効かなくなっているかも・・・


ドラマ『遅咲きのヒマワリ』の副題は、「ボクの人生、リニューアル」ですね。
その舞台に四万十川を選んだのは、卓見です。
四万十川を舞台にしたドラマを作ろうとしたら「ボクの人生、リニューアル」になった、のかも知れません。

『遅咲きのヒマワリ』の隠れたテーマは、<地域おこし協力隊>だと思います。
たまに訪れる都会人は、`この自然ゼッタイ残してぇー’なんて言うのです。
グローバルな夢もいいけれど、都会に病んだ青年には、小平丈太郎(生田斗真)みたいな生き方もあるんだぞ、そう囁きたくなります。

冒頭に紹介した 四万十川船上結婚式のスナップ、『遅咲きのヒマワリ』を見ていると あのスナップ写真に写っている青年たちが浮かんできます。

『遅咲きのヒマワリ』のキャッチコピーをもじって、こう伝えたい。
「君たちの価値って、何ですか。」「美しくなんて、咲かなくていい。」
四万十川が教えてくれる生き方です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

369のメトシエラ

2012-12-19 10:25:02 | Weblog

不思議な映画です。
もう京都での上映は終わってしまいました。
この“おやじ節”も、映画『369のメトシエラ』を共有している方たちがいなければ、何の意味も持たないことは承知しています。
それでも、『369のメトシエラ』からのメッセージを伝えたい、この映画にはそんな力があります。


阿部百合子さんという女優さんを、この映画『369のメトシエラ』で知りました。
トシをとると気品が大事だと悟らせてくれる、いい役者さんですね。
彼女のお気に入りの言葉は「凛」、嫌いな言葉は「孤独」だそうです。
この映画『369のメトシエラ』は、彼女のこれらの言葉で言い尽くされているように思います。

どうでもいいかなとは思いますが、気になるといけないので 題名の‘訳’を伝えます。
369のメトシエラとは、安アパートの369号室に独り暮らししている長寿老婆(阿部百合子)の意。
変な題名のこの映画、ほんとに変な映画ですが、観終わってから じわっと良さが伝わってきました。
最後には素直に、「自由でなくていい、孤独であるよりは」と感じてしまう…

無名監督の小林兄弟が自主制作したこの映画は、3年前ミニシアターで上映されたときには、まったく前評判の無い作品でした。
それが、3.11を経ていま、現代の病巣に疲れた人々のこころを射つづけています。

自主制作のきっかけは、7年ほど前 熊本市の慈恵病院に赤ちゃんポストが設置されたことだと聞きました。
小林兄弟は この<赤ちゃんポスト>の語感に驚き、その是非について兄弟の間で大いに議論したのだそうです。
議論は「都会の中の孤独」から「現代社会の矛盾」を経て、希望という救いのひとつとして『369のメトシエラ』へ行き着いたのでした。


長々と‘おやじの感想文’を書くよりは、パンフレットに載っていた寄稿文を紹介した方が賢明だと判断します。
寄稿者は、弁護士・中村裕二さんという方です。
「穏やかで平和な現代をとりまく残酷なドラマ」と題した寄稿文の、最後のほうだけ紹介します。

  ・・・私が法律家の仕事をしていると、法律の無力さを痛感することがある。
  私が法律家を目指していたとき、法律は万能であると信じていた。
  法律書は、まるで聖書のように、あらゆる問題を解決する魔法の文字であると信じていた。
  だからこそ、夢中で法律の勉強をすることができた。
  しかし、法律家になってみると、様々な人間関係に直面したときに法律の無力を感じる。
  法律は、法律だけでは存在の意味がない。その法律を運用する正しい人間がいて、初めてその法律が魂を獲得する。

  (だが)正しい人間は誰なのか、正しい人間はどこからやってくるのか。
  価値観が多様化する現代社会にあって、はたして正しい人間の定義は可能なのか。

  その答えが、この映画の中にあった。


この映画、きっとまた どこかで、京都でも、再上映されるでしょう。
そのときには、是非みてください。
なぜ そんなに薦めるのかと言うと わたし自身、家内の先輩の娘婿さんが出演しているから、というきっかけで(しかたなく)映画館に足を運んだ鑑賞者に過ぎなかったからです。

もしかしたら『369のメトシエラ』を見て、家族とかダメになっても、自分はそれに代わる何かをしてあげられる そんな何かを見出す人も出てくるかもしれない、などと空想しながら・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無窮洞(むきゅうどう)

2012-12-18 11:00:41 | Weblog

ディズニーランドほどではないにしても ハウステンボスは、名前だけでも ほとんどの人が知っている。
単独テーマパークとして連続した敷地面積では ディズニーランドよりも広く、群を抜いて日本最大である。
そのハウステンボスのすぐ近くに、無窮洞という防空壕跡がある。

ハウステンボスの大部分の地が 太平洋戦争時に軍に接収されていて、ごく短期間 広島県江田島の海軍兵学校分校が置かれていたことは、あまり知られていない。
そう言うわたしも、無窮洞を訪ねるまで 知らなかった。

日本本土空襲時に軍事施設が真っ先に狙われたのは当然で、この地に隣接する住民たちは何よりも先に 空襲の脅威から身を守らねばならなかった。
しかし、男手は戦場にとられ、鉄製のツルハシやシャベルは強制供出で乏しく、防空壕を掘るのは、女子供の手と 残されたわずかな掘削道具に委ねられた。
無窮洞は、南風崎(はえのさき)を挟んで兵学校分校の東に位置する宮村の国民学校の教師と小学生たちが掘った、生徒500人が避難できる巨大な防空壕である。


このたびの旅で実感できたことだが、佐世保港はいまでも軍港である。
海上自衛隊基地よりも米軍基地が目立つ。
湾の大半が、米海軍による制限水域となっている。
まさに、湾全体が海の米軍基地の感である。

佐世保湾に流れ込む大きな河川がないことから土砂の流れ込みが少なく、湾中央部は大型艦船を停泊させるのに十分な水深を持つ。
外海(五島灘)とは狭い水道で繋がるのみで、湾内には懐の深い入り江が多く、天然の良港である。

その佐世保湾の奥、針尾瀬戸と早岐(はいき)瀬戸という2本の水路で海に繋がる大村湾。
穏やかな波が海岸に打ち寄せるさまから、琴の湖(ことのうみ)の別名がある。
現に、大村湾には海の感覚はなく、湖としか思えない。

ハウステンボスは、針尾瀬戸と早岐瀬戸で区切られた島、車で通過していても とうてい島とは想像できない針尾島の、東の一画にある。
ここに海軍兵学校分校が置かれていたことは、地形的にうなづける。
だが、宮村の人たちにとっては、迷惑千万なことであったろう。

明治19年、佐世保村の人たちは、平戸島の江袋湾(薄香湾南岸の支湾)や佐賀県の伊万里湾と 海軍西海鎮守府の誘致争いで勝利し、狂喜したと聞く。
想像だが、太平洋戦争末期の宮村の人たちは、そのような喜びとは縁遠かったに違いない。

無窮洞詰所の(たぶん)ボランティアの方の説明を、想像以上に天井の高い無窮洞の洞内で聴きながら、戦争というものの理不尽さを、改めて思い知らされた。
昭和18年8月から終戦の昭和20年8月15日まで、児童たちは4年生以上がツルハシや鍬で堀り進み、下級生はホゲで土を運び出し、女子生徒がノミで仕上げたのである。
この洞窟を掘るためだけに、丸二年間、である。
「勉強ばせんで毎日、洞堀りですよ」


小選挙区制の弊害で、衆議院選挙はオセロゲームの如く、民主党から自民党へひっくり返った。
これも一つの民意であろうが、自民党へ投票したもののほとんども、戦争を是としているはずがない。
たとえ1パーセントの可能性でも、戦争に繋がる政策を許してはならない。

いまこそ もう一度、城山三郎氏の言葉を思い起こさねばならない。
「戦争であれほど犠牲を払って得たものは憲法だけだ」と。

無窮洞を掘った生徒さんたちは、もう80歳だ。
ご存命の方も、だんだん少なくなってきていると聞く。
彼らの言いたいことは、この無窮洞がいままで保存されてきたことで言い尽くされている。
彼らがいなくなった日本で「戦争はいやだ」と主張できるのは、想像力しかない。


無窮洞の中でわたしは、想像する力をもっている自分を自分で、いじらしく思えた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テレビドラマと映画

2012-12-07 19:01:58 | Weblog
映画とテレビドラマは根本的に違うもんなんだなぁ と、火曜夜10時に関西テレビで放映している「ゴーイングマイホーム」をみて、変に納得している。


映画監督の是枝裕和が脚本・演出を手がける初のテレビ連続ドラマ、ということで期待していたのだが、どうもパッとしない。
視聴率も いまいち、らしい。
まず、トロくさい(映画では是枝監督の良さなのに)。
つぎに、メリハリがない(これも是枝監督の特徴のひとつだと思うのだが)。
そして なによりも、いつのまにやら終わっていて、次回へのワクワク感がない。

映画館は暗室で、途中でトイレに出るのも気が引ける。
いやがおうにも、観客は映画に集中する。
ところが、テレビは片手間だ。
それに民放の連ドラは、長いコマーシャルでぶつぶつ切られる。
だいいち、一週間後まで余韻を鮮明に保って・・・と言うほうが、無理である。

二週目までタイムリーの放映で見ていたが、三週目からは録画にして、裏番のNHK「シングルマザーズ」に切り替えた。
それが、「ゴーイングマイホーム」を再認識できることになった。

録画では、長ったらしいコマーシャルはスキップするし 何週間分を連続して見るし と、映画みたいな見方ができる。
すると、あのトロくさい画面の裏に隠れている 人と人との駆け引きの機微みたいなものが、みえてくる。
意味不明だった遠くの風景が、ピッタンコとストーリーに溶け込んでくる。
長いセリフや長い沈黙が、訳ありに思えてくる。
ちょっとした発見、みたいな気分になった。


是枝手法がテレビで通用するかどうか 少々疑問ではあるが、あと2話 確実に録画して、テレビ連続ドラマの是枝節を見届けたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

温かいお金

2012-12-06 17:17:04 | Weblog
<走る車内>
  純。
  その(尾崎豊が流れるウォークマンの(引用者註))イヤホンが突然抜かれる。
 純「ハ?」
  運転手を見る。
 純「すみません、きこえませんでした」
  運転手、フロントグラスの前に置かれた封筒をあごで指す。
 純「ハ?」
 運転手「しまっとけ」
 純「--何ですか」
 運転手「金だ。いらんっていうのにおやじが置いてった。しまっとけ」
 純「あ、いやそれは」
 運転手「いいから、お前が記念にとっとけ」
 純「いえ、アノ」
 運転手「抜いてみな。ピン札に泥がついている。お前のおやじの手についた泥だろう」
  純。
 運転手「オラは受取れん。お前の宝にしろ。貴重なピン札だ。一生とっとけ」
  純。
  --。
  恐る恐る封筒を取り、中からソッと札を抜き出す。
  二枚のピン札。
  ま新しい泥がついている。
  純の顔。
  音楽--テーマ曲、静かに入る。B.G。
  純の目からドッと涙が吹き出す。
  音楽--
<エンドマーク>

上のシナリオは、倉本聰脚本『北の国から--'87初恋』のラストシーンです。
純を演ずるのは、言わずもがな 吉岡秀隆。
運転手は、大好きだった男優、故・古尾谷雅人です。
思い出したように、このビデオをみました。
このラストシーンに、また 泣いてしまいました。


温かいお金とは、この‘泥のついたピン札’をいうのだろう、わたしは かってに、そう解釈しています。
哲学者・内山節氏のいう「冷たいお金」「温かいお金」の、「温かいお金」です。
内山氏は その著書『怯えの時代』(新潮選書)の中で、冷たいお金・温かいお金という、言い得て妙な表現を用いています。

貨幣上の価値以外の何ものも付与されていないお金を「冷たいお金」というのなら、金融市場を飛び交う桁外れの額の金融商品、巨大システムで動く見ることも想像することすらできない額のお金は、ものすごく冷たいお金と言えるでしょう。
そんな巨大なお金でなくても、わたしたちは日々、血の通っていない「冷たいお金」を直視して暮らしています。
しかし それだけでは、あまりにも淋しすぎます。


もう4年以上前になりますが、わたしはこのブログ欄に『お金を<冗談>にしないために』という題で、お金の話を初めてしました。
お金のありがたさと怖さを知った上での話で、落語家・故立川談志の次の言葉が、その引き金でした。
「汗水流してやっと稼いだ1万円と、チョコチョコっとパソコンいじってはじき出した1万円と、ちゃんと区別してもらわなくっちゃあ やってられねえよ」

社会は あれからいろんな事件や災難があって、わたしたちのお金に対する気持ちも 変わってきているように思われます。
もっと以前から、ほんとうは みんな気づいていたのでしょう。
映画『男はつらいよ』が あんなに大勢の人たちに愛されたのからして、テレビドラマ『北の国から』が あんなにヒットしたのからして、わたしたちの心の中では 温かいお金を欲していたに違いないのです。

内山氏は、温かいお金を使いたいばっかりに振り込め詐欺に引っかかるお年寄りの心境を、挙げています。
孫が窮地に陥っていることを知らされたお年寄りは、老後のためにコツコツ貯めてきたお金を、惜しげもなく送金してしまう。
日頃 孫と疎遠なこのお年寄りには、一本の電話で「温かいお金」の使い方が目の前に現れたのです。
いかに温かいお金を使いたいと思っているかの、切ないけれど判りやすい一例だと思います。

温かいお金を使ったとき わたしたちは、使ったお金以上の価値を見いだしているのだと思います。
喜びや楽しさを感じるのだと思います。
だからこそ、「冷たい貨幣」だけが支配する社会のなかで わたしたちは幸せになることができるだろうか、との内山氏の問いかけが響くのです。

温かいお金は、人と人とをつなぐ。
人が人のために使うお金です。
わたしたちは もう一度、温かいお金を使う社会に戻さなければなりません。
そうでないと、いくら政治が小手先の策をめぐらしても、わたしたちは幸せにはなれない。


資本主義社会の限界、これは 現代に生きるもの誰もが、薄々感じていることではないでしょうか。
内山氏が指摘する通り、資本主義社会は膨張する社会です。
年率何パーセントの経済成長・・・と、資本主義社会は つねに膨張を是としています。
有限の自然を食いつぶしながら、自然の回復速度より はるかに速いスピードで・・・

資本主義社会の行き詰まりの最大の原因は、“自然は有限である”ことを度外視していることにあります。
その象徴的な歴史的出来事が、ニクソンショックと称される、1971年8月15日に発表された‘ドル紙幣と金との兌換停止’の宣言だと思います。
有限の‘金’の価値以上に、紙切れに過ぎない‘貨幣’が、世界に流れ出したのです。
「冷たい貨幣」の氾濫の始まりです。
そして いまは、‘紙切れ’であることすら実感できない ヴァーチャルマネーなのです。


街は いま、ひっきりなしで‘お願いします’が、選挙カーのスピーカーから流れています。
原発やら消費税増税やらTTPやら・・・
選挙カーからの‘お願いします’を聞きながら、この社会は結局のところ、お金のことをきちっと正さないといけないんだなぁ、漠然とですが 確信をもって そう思いました。
やはり、ミヒャエル・エンデが物語『モモ』のなかでつぶやいているように、「問題の根源は お金にある」と。


白い作業着をきた得意先様が、わざわざ先月分の請求額の現金をもって、来社してくださいました。
ありがたいことです。
思わず、おしいただきました。
これこそ「温かいお金」です。

お金のシステムを作りかえるような、‘大きな物語’を語ることはできません。
わたしたちは、まわりに少しでも温かいお金を作りだし見いだす‘小さな物語’を、コツコツとつくりあげていくしかありません。
白い作業着の得意先様を見送りながら、そのように考えました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする