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つれづれ

思いつくままに

大滝のタンポポおじちゃん

2012-10-31 12:10:50 | Weblog
この10月2日、俳優の大滝秀治さんが亡くなられた。
87歳だった。
映画やテレビドラマのミーハーにとって、その存在感は大きかった。


京都労演の会員になって、演劇に熱をあげていたことがある。
昭和43年、44年ころである。
会場は、京都会館第二ホール。

労演の例会公演は月1回あり、毎回 劇団は変わるのだが、ほとんどが文学座、劇団民芸、俳優座の公演だったと覚えている。
劇団民芸の公演は 10回くらいは観ているはずなのだが、記憶にある主役級の男優は、滝沢修や芦田伸介、米倉斉加年といった名前しか浮かばない。
大滝秀治は その当時、わたしの記憶にはなかった。

時間が戻せるものなら、例えば、『ヴェニスの商人』のテュバル役を演じていたはずの大滝秀治を、一挙手一投足、その息遣いまで、追ってみたい。

大滝秀治という役者に惚れたのは、ずっと後の、昭和50年ころのテレビドラマからであった。
東芝日曜劇場『うちのホンカン』である。
籠ったような発音で「本官は・・・」と話す大滝さんの声が、いまでも耳に残っている。


映画やテレビドラマでしか 見たり聞いたりできなかったのだから、いくら大滝秀治のファンと言っても、思い出は 他のファンの方たちと さほど変わらないと思う。
このブログは 亡くなられてすぐ、あれやこれや書きだしたのだが、自分だけの追悼文としておいた。

先日、朝日新聞の<声>欄で、『大滝のタンポポおじちゃん』と題した、西宮市の松永浩美さんの投稿文を読んだ。
こんなに素敵な追悼文はない、大滝秀治ファンに 是非読んでもらいたい、少し羨ましい気持ちを伴いながら そう思った。

全文を写して、紹介します。


大滝のタンポポおじちゃん

  東京・世田谷の都営アパートに暮した小学2年の春。
  タンポポがアパートのベランダの下に黄色いじゅうたんになっていたのを今も鮮明に覚えている。
  
  ある日、1階に住むおじちゃんに尋ねた。
  「ベランダの下のタンポポを取ってもいい?」。
  「全部取っちゃあ、だめだよ。来年また咲くように残しておこうね」。
  ざらついた、でも温かい声だった。
  私はタンポポを片手にいっぱい握りしめながら、うなずいた。
  そしてさらに尋ねた。
  「おじちゃん、どうしてお仕事に行かないの?」。
  失礼な質問に、おじちゃんはニコニコ答えてくれた。
  「今ね、お仕事なくて、奥さんに食べさせてもらってるの」。
  「タンポポありがとう」と言って私が帰ろうとすると、「ちょっと待って」と奥へ。
  ベランダ越しに小さな紙包みを私に手渡した。
  中にはビスケットが二つ。
  私の友達の分まで包んでくれていた。
  
  母によると、そのベランダの住人は、先日亡くなった俳優の大滝秀治さん。
  後にテレビなどでお顔を拝見するたび、母は私に声をかけた。
  「タンポポのおじちゃんが出てるよ」。
  その母も8年前に亡くなった。

  大滝さんの優しい声と笑顔にもう会えないと思うと寂しい。
  ご冥福をお祈りしています。

  

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シベリアのトランペット

2012-10-25 18:07:55 | Weblog
わたしは、ノルマという言葉が嫌いだ。
営業マンに課される「なんとかノルマ達成」という文言を聞くと、いやーな気分になってしまう。

むかし 叔父から聞いてうっすら覚えていたのだが、ノルマという言葉はロシア語で、シベリア抑留者によって日本に持ち込まれたのだそうだ。
そのことを、岡本嗣郎著『シベリアのトランペット~もうひとつの「抑留」物語』で確認した。

『シベリアのトランペット』の存在は、加藤和子さんのブログ「加藤わこ三度笠書簡」で教えてもらった。
<作ることは生きること>と題されたブログ(http://sandgasa.exblog.jp/)である。

舞鶴引揚記念館にロシア製の古びたトランペットが一管、展示されている。
終戦直後、シベリアに連行・抑留された日本人捕虜たちがつくった楽劇団「新星」で使っていたものだ。

著者・岡本嗣郎氏は、このトランペットをきっかけに、楽劇団「新星」に在籍していたシベリア抑留者を尋ね、もうひとつの抑留物語として、ルポルタージュ『シベリアのトランペット』を著した。
彼は 1998年夏から1999年春にかけて、老いたメンバーを尋ね歩いた。
生存者は高齢化し、体験を聴き取り調査のできる ぎりぎりのタイミングであった。

このトランペットの持ち主だった名古屋正太郎氏は、こう語っている。
  「・・・ピストンが変わっててね、横向きについていて、横に押すようになってるだろ」
  「ライチーハの収容所には劇団があってね。団員は全部で50人くらいだったかな。
  捕虜を慰めるために歌でも踊りでも、なんでもやるのさ。
  私は小さいときからトランペットを吹いていたからね。
  トランペットのお陰で生きて帰ったさ。
  なんでもいい、何かやってれば役に立つから。
  生きて帰れたのも、そういうめぐり合せになってるんでないかい。・・・」

‘一芸は身を助く’という。
名古屋氏の述懐は、まさに一芸が身を助けた証しである。

歌や踊りや手品だけではない。
電気工事でも左官でも、料理でも、身に付けた技は、それに誇りをもっている限り、シベリア抑留という 極限の悪条件下においても、わが身を助ける力になり得ることを、このルポルタージュを読んで 改めて理解できた。

一芸がどうして身を助けるのか。
それは、創造という行為を通じて、生きる意味・目的を見出せるからであろう。
人間の生は、無意味なエネルギーの消費には耐えられない。
意味や目的が必要なのである。


このルポを読む少し前、録画しておいたBSプレミアムで、『生きる』という 古い映画をみた。
黒澤明監督の、昭和27年の作品である。
60年も前の映画に、いまとなんら変わらないテーマが、胸に迫る説得力で映し出されている。
主人公の志村喬は まさに、生きるには意味や目的が必要であることを、30年無欠勤役人の末路として 見事に演じていた。

市役所で市民課長を務める渡辺勘治(志村喬)は、自分が余命いくばくもない胃癌だと悟り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた自分の人生に、意味を見失う。
そんな渡辺はある日、市役所を辞めて玩具工場に転職しようとしていた部下の小田切トヨ(小田切みき)と、偶然に行きあう。
何度か食事を共にし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺は、若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。
自分が胃癌であることを渡辺がトヨに伝えると、トヨは自分が工場でつくっている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。
その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気付き、次の日 市役所に復帰する。
そして・・・

渡辺がトヨに「どうして君はそんなに生き生きとしているのか、教えてくれ」と迫る場面。
困り果てたトヨは、「わたし、こんなものを作っているだけよ」と言って 自分が工場で作っているウサギのおもちゃを取り出し、渡辺の目の前でゼンマイを巻いて、ウサギをぴょこんぴょこんと動かす。
「こんなものでも作っていると楽しいわよ。これを作りだしてから 日本中の赤ちゃんと仲良しになったような気がするの」
淀んでいた渡辺の目が、しだいにキラキラと輝きだす・・・

ルポルタージュ『シベリアのトランペット』を読みながら、映画『生きる』が重なった。


『シベリアのトランペット』は、60万人のシベリア抑留という理不尽な野蛮行為に、目を塞いではいない。
また、収容所や‘出張’の行き帰りに収容所外で出会うロシア人の温もりを、見逃してはいない。

この著者は しかし、「シベリア抑留という現実が悲惨であればあるほど、その檻のなかの人々は一片の優しさや温もりを求めたはずである」として、生き残り当事者のぎりぎりの聞き取り調査のすえ、捕虜強制収容所で生まれた一編のヒューマンストーリーを紡いだ。

どんなに強靭な人だって、残酷と悲惨だけに囲まれて生きることはできない。
希望や救いが必要である。
その希望や救いを、どうして手に入れるか。

その答えは、加藤和子さんのブログの題名、<作ることは生きること>にあるように思う。
それを、この著者・岡本嗣郎氏は、つぎの言葉で表現している。

  人間は創造の喜びなしには成り立たない。
  創造は究極の精神の救済である。
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虹をつかむ男

2012-10-09 14:31:23 | Weblog
いま 南座で、「山田洋次の軌跡~フィルムよ、さらば~」と題して、山田洋次監督作品を35ミリフィルムで日替わり上映しています。
寅次郎シリーズは別にしても、ほとんど見たと思っていた山田洋次監督作品の中に、あれぇこんな作品もあったんや と気づく題名がいくつかあります。
平日に見に行くのは 少々都合が悪いので、休日上映で まだ見ていなかった作品を 迷いながら選んだのが、『虹をつかむ男』でした。


ハリウッド映画で育ったようなもの、自分の少年期を振りかえって そんな思いを抱いています。
しかし、たしかに ハリウッド映画からは憧れをいっぱいもらいましたが、人生のかなしみというものを しみじみ感じ取ったのは、イタリア映画でした。

『自転車泥棒』(正確にはリバイバルで)、『道』、『鉄道員』・・・
そして『ニューシネマパラダイス』。

あの『ニューシネマパラダイス』の日本版ともいうべき、映画を愛するものにとっては 見にゃ損々なのが、『虹をつかむ男』。
しかも、深刻にならない程度に ほんわかと喜劇っぽく仕上がったのは、西田敏行の役者力のおかげでしょう。

徳島県・吉野川の山奥の地。
廃校直前の小学校の文化祭で『禁じられた遊び』を上映するため、巡回映写機材と4人を乗せたワゴン車が、生徒リッセン君一人の小学校・中野小学校に到着します。
吉野川沿いのまち・光町にある古ぼけた映画館‘オデオン座’の経営者である活ちゃん(西田敏行)、映写技師の常さん(田中邦衛)、東京の柴又から家出してオデオン座でアルバイトしている亮くん(吉岡秀隆)、そして活ちゃんがひそかに思いを寄せる喫茶カサブランカ店主の八重子さん(田中裕子)の4人。

映画上映に先だち、活ちゃんがあいさつをします。

      リッセン君、きょうは、世界でも指折りの名画を君ひとりだけのために上映します。
      これは、すごーいぜいたくなことです。
      きょう見る映画を、一生おぼえておいてくださいね。そして、この映画を君の心の
      財産にして美しい人生をおくってくれれば、おじさんはそれで満足です。


わたしは、まるで自分が リッセン君になったような気分で、『虹をつかむ男』をみ終えました。
希望とは、虹のようなもの。
その虹をつかむ男に、16年の年月ののちに会えました。
会えたおかげで、虹のような ほのかな希望が湧いてきました。
生きている喜び、うまく言い表せませんが、そんな喜びを感じました。
カチカチという、フィルム映写機の余韻を味わいながら・・・

山田洋次監督作品を35ミリフィルムで日替わり上映している南座の地元に住んでいるしあわせを、そして改めて 映画っていいなぁと、噛みしめています。
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