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つれづれ

思いつくままに

我蘇民将来之子孫也

2012-07-26 10:32:03 | Weblog
長いあいだ京都に住みながら 京都のことを からっきし知らないなぁ、恥ずかしながらそう思います。


家内の友人 浦地瑞穂さんのお世話で、<行者餅>という‘幻の和菓子’を分けていただきました。
7月16日限り売られる、柏屋光貞の曰く多き京菓子です。

浦地さんが子どものころ、宵山になるときまって お父上が買ってきてくれたそうです。
子ども心に おいしくないなぁと、あまりうれしくなかったとのことです。

確かに この味はおとな好みで、白味噌ベースの餡に生姜が入っていて、それをちょっと乱暴なくらい素朴にクレープ巻きした餅菓子です。
たぶん 小さな子どもは好まないでしょう。

初めて味わった私は、旨いと思いました。
この年齢になって はじめていただいたことが、ラッキーだったのでしょう。

浦地さんのおかげで、ひとつ 京都の‘秘密’を知ることができました。


同じ町内の、先日このブログで紹介した『町内自慢の桜』の太田家の奥さまから、三冊の自費出版本を貸していただきました。
太田さんの奥さんとご昵懇の、高橋幹雄ご夫妻が、傘寿を越してから お書きになった 人生「おさらい抄」の連作です。
大先輩の入魂のひとことひとことには、年ごとに間違いなく 先輩の跡を追いかけている自分にとって、ありがたい重みがあります。

この連作に載っていた余禄を読んで、八坂神社でもらうお札さんの、永年抱いていた ひとつの疑問が解けました。
永年抱いていた とはちょっと大げさで、自分で調べようとしなかっただけなのですが・・・

祇園八坂神社で配られる 疫病除けのお札には、「我蘇民将来之子孫也」と書かれています。
その意味が謎でした。

高橋さんに教えていただくところに拠ると、次のような意味があったのです。

  八坂神社の祭神のスサノオは疫病神(疫病の神様)で、スサノオを鎮めるために行われるのが祇園祭である。
  スサノオが疫病神になったのは、疫病神に関する次のような中国の伝承と結びついたためである。

  中国の伝承によると、昔旅人が山中で迷い、日暮れて空腹で困っていた。
  一夜の宿をと探し、冷たい主人の豪邸の一軒では断られ、もう一軒の 貧しいがこころの優しい蘇民将来(先ほどの豪邸主人の兄)に助けられ、食と寝床を与えられた。
  この旅人の正体は疫病神であった。
  まもなく この地方では疫病が猛威をふるったが、蘇民将来は疫病にかからず 幸せな生涯を送った。

  この伝承が日本に伝えられ、高天原を追放されて出雲の山中をさまよったスサノオとイメージが重なり、両者が同一視されるようになる。
  疫病神を手厚くまつった者には祟りがないとされたのである。

  京都の町屋の軒先でよく見られる「我蘇民将来之子孫也」という 八坂神社のお札は、「私は蘇民将来の子孫です。だから、ご先祖さまと同様、あなたさま(疫病神)を手厚くもてなします」という意味が込められているのである。


生粋の京都人がこよなく愛する‘あとのまつり’も終わり、7月31日の疫神社夏越祭をもって 祇園祭は終わります。
京都の底知らずの、暑い夏の始まりです。
  
  
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工作機械

2012-07-10 13:39:22 | Weblog
きょう7月10日、先勝の午前に、新しい工作機械が工場に坐った。
山崎技研のスーパーミルである。
大物用ではないが、身の丈に合った 使いやすそうな機械である。


機械屋にとって、工場に新しい工作機械が坐るときほど 胸おどる瞬間はない。
実は6年前、オークマのLB35Ⅱが当工場に坐ったとき、あぁこれがもう、私の生きている間に味わえる 最後のときめきの瞬間だろう、そう思っていた。
また その胸の高鳴りに立ちあえたことは、ほんとうにありがたいことである。

血と言うものであろう。
私の父も、借金してでも気に入った工作機械を求めていた。
父の晩年、ふだんは午前と午後に二回ほどしか工場に現れないのに、新しい工作機械が入ってしばらくの間は ひっきりなしに工場を歩き回っていたものだ。

いまは そんなバカな風潮は薄いと思うが、30年ほど前までは 工作機械の立派さで工場の`格’を競った時代があった。
私も、その風潮に流されていなかったとは言い切れない。
少々無理してでも 高価な工作機械を導入して、経営を圧迫することもあった。

でも本心のどこかに、父のあのうれしそうな顔を見たかったのだと思う。


資産の導入は、もちろん経営者の満足を満たすためだけではない。
それで活発な営業活動ができ、そこから適正な利潤が生まれるのであれば、経営者は積極的な攻めの投資姿勢を取るべきだ。
とくに工作機械は、ものづくり現場では利益を生む元である。

何にもまして有効なのは、そこで働く社員のモラル向上であろう。
新入社員が入ってきたときに負けず劣らず、製造現場における工作機械の導入は、社員の意気が上がる。

新卒から20年以上も勤続して働いてきた社員で、まだ担当の新規工作機械を与えていない若者がいる。
社長は、その若者に この工作機械を任せようと考えているらしい。

彼の やる気のある顔が、ほほえましい。
こんなにうれしいことはない。

新しく坐った工作機械に、どうか末長く 大きな事故なく稼働することを、祈るばかりである。
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原発やむなし、と考えている人たちへ

2012-07-04 14:45:04 | Weblog
仕事にかまけて、ブログから遠ざかっていました。
しかし、この世相に生きるものとして、もう 黙ってはいられません。

一つに絞ります。
これが、何にもまして 重要課題だからです。
言うまでもなく、原発問題です。


同じ朝日新聞に期を一にして、作家の池澤夏樹氏と写真家の藤原新也氏が、水俣病とダブらせて 原発問題を突いています。
(池澤夏樹氏記事:7月3日夕刊、藤原新也氏記事:7月4日朝刊)
内容の詳しい紹介は 冗漫になるので省きますが、藤原氏記述の 作家石牟礼道子に関するところだけ、引用します。

  ・・・水俣病発覚後の住民とチッソとの折衝では会社側は居直り、これは「(心情は介さない)交渉ごとですから」と事務的発言をした。
  『苦海浄土』の作家石牟礼道子さんが「それはあんまりじゃありませんか」と問うと、会社は「これは文学的問題ではない」と切り捨てた。
  加害者側が居直り反攻姿勢に転じるという構図も先の電力会社の株主総会で同じ様相を見せた。・・・


私が原発反対のブログを掲げたとき、原発問題は「文学的問題ではない」として、情緒で語ってはいけないとのコメントをいただきました。
そのコメントをいただいた方の主旨は、次のようなものでした。

  原発で使用済みとなった核燃料を自国内で処理する権利の重さを、あなたは理解していない。
  この権利は、若き日の中曾根康弘総理大臣(当時)のもと、屈辱のプラザ合意を受け入れ、急激な円高を容認し、冷戦の只中で日本が米国に協力して西側諸国の一員であることを宣言するなど、様々な犠牲を払って勝ち取ったものである。
  日本の原発ならびに再処理施設は、電力源であると同時に 潜在的な安全保障でもあるのだ。
  つまり、脱原発とは、原子力発電から脱却することだけではなく、戦後の安全保障の枠組みからの脱却でもある。
  
一経済人のはしくれでもある私は、この方のおっしゃりたいことは 十分理解しているつもりです。
それでも、原発は無くさなければいけない、そう確信します。

その理由は、きわめてシンプルです。
地球上での人工的核反応は、人類に幸福をもたらさないことが明白だからです。

あなたの尊敬する永井隆博士も 最後には原子力平和利用を認めたではないか、とのコメントも 別の方からいただきました。
永井博士の名誉のために申し上げておきますが、原爆の悲惨さをなめ尽くした博士だからこそ その贖罪として、原子力が人類の平和のために役立ってほしい、そう願われたのです。
中曽根康弘氏の当時の行動を責められないのと同様、永井隆博士の切なる希望を責めることはできません。

日本国民ひとりひとり、同じ勘違いをしていたのです。


原発やむなし、と今でも考えている人たちに、是非読んでいただきたい書物があります。
東邦出版刊、小出裕章著『子どもたちに伝えたい---原発が許されない理由』。

巷に溢れている‘原発反対’の情報には、首をかしげたくなるものも多いのですが、この書物はほんものです。
著者・小出裕章氏が、十二分に信用できる人物だからです。

大学で色分けするのは あまり気が進みませんが、こと原子力に関することでは、京都大学と長崎大学には ほんとうのことを言っている先生が多くおられる、そう私は判断しています。

京都大学は言うまでもなく、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士など 日本の量子物理学を牽引されてきた先人を、多く輩出しています。
同時に、これは学風でもあるのですが、中央におもねない、つまり原子力ムラから距離を置いた学者を育てる基盤を持っています。
その最たる人物が、小出裕章氏です。
大学も原子力ムラの手前、公然と原発反対を唱える研究室を設けることは 憚られたのでしょう。
小出氏は その秀でた頭脳にもかかわらず、長らく講座を持てない助手の立場に甘んじてきました。
それでも大学は、彼を原子炉実験所の原子力基礎工学研究部門に置いて、ある意味 庇護してきたのです。

講釈はさておき、この書物『子どもたちに伝えたい---原発が許されない理由』を読んでいただければ、地球上での核分裂をコントロールすることのむずかしさ、目に見えない放射能の恐ろしさを理解してもらえると、信じます。

いや、こんな書物に頼るまでもなく、去年3月に起きたあの事故を、あってはならない貴重な経験を、しているではありませんか。
原発反対に、これ以上の証明を必要とするような反論を、私には見いだすことはできません。
これは、単なる情緒で言えることではありません。


「この夏を原発なしでどうなるか検証してみましょう」、そう言ってくれるような 勇気ある総理大臣を選ばねば、この国の未来はありません。
それこそ、命がけで・・・

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