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つれづれ

思いつくままに

町内自慢の桜

2012-04-12 15:32:44 | Weblog
京の桜も、きょう4月12日が満開のヤマのようです。
この陽気で、いっときに花開きました。


同じ町内の それも同じ組のお宅に、わが町内自慢の桜があります。
玄関を両側から抱くように 染井吉野の大木、中央奥に 紅しだれ。



あるじの手厚い養生のおかげでしょう。
みごとです。

花見客を招かれるのでしょうか、ことしも 花の下に緋毛氈の床几を用意なさって。
通りがかりがてら、白の勝った淡いピンクの綿雲のような染井吉野を、思わず みあげてしまいます。
どうぞ休んでいってください と、声をかけてくださる。

「通るたんびに 楽しませてもろてます」
「おかげさんで ことしは一気に咲きました。まぁ 花びらの掃除がたいへんどすけど・・・」
そうでしょう、一年のたった1週間足らずの‘爛漫’のための、人知れずのお手かずを想像します。


同じ町内に住む 果報です。
骨折りなしの ごく近場の花見を、ことしも楽しませてもらっています。
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芹沢けい介展を見て

2012-04-10 16:46:48 | Weblog

意匠という言葉がある。
デザインと訳されてしまうと、ちょっと違う気がする。

その 意匠という言葉を理解するにぴったりの展覧会が いま、京都文化博物館で催されている。
型絵染めの人間国宝、「芹沢けい介展」である。


むかし、飾り文字に凝ったことがある。
つまらない講義を聞き流しながら、入学祝に買ってもらったパーカーの万年筆で、ノートを意匠的なアルファベット文字で飾っていた。
仲間から けっこう受けた。
絵の才能はなさそうだが、こういうセンスが俺にはあるんだ と、得意になっていた。

親善対抗バレーボールを通じて知りあった美大生の作品展を、半分義理で みにいった。
その 飾り文字を縦横にあしらった作品の、センスの良さに圧倒された。
自分の ちょっとうぬぼれていたセンスは、みごとにへし折られた。

こんな とるに足らないむかしばなしを記すのは、あの時みた 友人の作品に描かれた飾り文字は 芹沢けい介の作品にヒントを得ていたに違いない、そのことを 芹沢けい介展をみていて、ふっと思い出したからである。


正直、この展覧会に あまり期待を持っていなかった。
河井寛次郎の信奉者であり、柳宗悦の民藝運動の継承者という浅い認識で、芹沢けい介展へ向いたに過ぎなかった。

なんとしゃれたデフォルメであろう。
これはもう 飾り文字などというレベルではない。
渋いが 華やかな色彩でいろどられた、いろは文字や春夏秋冬の文字。
上村松園の美人画のような女人が着けた長い帯を、メビウスの輪を連ねるごとく、摩訶不思議にくねらせて・・・

『団扇絵散らし屏風』、極上のおしゃれです。
ただ、これで間仕切るお似合いの空間が、われわれの生活から もう失われている。
用の美も 用を足さない飾りものになってしまった、そんな喪失感も感じさせる展覧会ではあった。


芹沢けい介の意匠美を伝えるのに、文字は不都合にできている。
しかし、作者の精神の一端は、彼の肉筆画の讃から 伝わるかもしれない。

心に残る肉筆画の讃を ひとつだけ、紹介したい。

  行なん 行くへ しらでも

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小学生的教養

2012-04-09 13:37:38 | Weblog
いま、桜が満開です。

桜はだれからも愛される花ですが、僕はどうも苦手です。
嫌いというのでは、もちろん ありません。
得体の知れない寂しさが、桜から感じられてしまうのです。
桜にあてられる、という感覚でしょうか。

言葉にすると この感情が薄っぺらになってしまうのですが、‘ノスタルジーの悲しさ’と言ったらいいのでしょうか。
桜の花が咲き誇るのをみると きまって、小学校の校庭の桜の下に ひとりぼんやりしている自分が浮かんできます。
桜は、小学校という名の 幼いころの断片的な思い出を紡いで、僕を圧倒するのです。


「最後の校舎 最後の卒業式」と題して、半月ほど前の朝刊に載った、岡山県高梁市の市立吹屋(ふきや)小学校の本館校舎玄関前に立つ14名の記念写真。
2012年3月20日に最後の卒業式と閉校式が執り行われた、その記念写真です。
卒業生3名、在校生4名、教職員7名、そして玄関軒下の大きく弧を描く梁・・・。

吹屋は かって、ベンガラで栄えた地区です。
現役で使用されている日本最古の小学校校舎も これで、遺跡としての吹屋の町並みと同じように、‘文化財’の仲間入りとなります。

僕たちは みな、昔こどもでした。
小学生だった。
当たり前なことですが、大人となって久しく、このことを忘れています。

この一枚の写真は、そのことを思い起こさせました。


敬して止まない画家に、安野光雅さんがいます。
『わが友 石頭計算機』という絵本技術書での出会いが、最初です。

津和野を故郷にもつ安野光雅さんは、「故郷とは 自分のこども時代のことではないだろうか」とおっしゃっています。
そう言いきれるほどに、こどものころ、特に小学生時代は、いまの自分のほとんどを育てた思い出が詰まっているのです。

‘小学生的教養’。
安野さんは、岩波書店が出した 旧漢字旧かなづかいで書かれたモーパッサンの復刻本を読んでいて、そこに載っている漢字はみんな 昔小学校で習った字であることに気づきます。
これをひとつの例えにして 安野さんは、このようなことを 小学生的教養とおっしゃっています。

掛け算の九九も 百人一首も、自転車乗りも お手玉も、そして おふくろの味といわれる食べ物にたいする感じ方も、みんなみんなこどものときに身につけたものなのです。


桜の花々から木漏れ射す陽の光に 目を細めさせられながら、小学生だった自分と今の自分の間を考えていました。
僕はいったい、小学生だった自分と今の自分の間で なにをしてきたんだろう。
塩味の年齢になって つくづく、その間の たいしたことのなさを、そしてちょっとうれしく 今の自分が小学生だった自分とあまり変わりがないことに、気づきました。

今の僕にとって、生きるのに 小学生的教養がいちばんたいせつなことに、気づいたのです。

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