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つれづれ

思いつくままに

安全は祈り

2012-03-26 17:16:37 | Weblog
30歳になる直前に いまの会社に転職して、京都に帰ってきた。
表向きの理由は、この会社の経営者である父親が 倒れたことになっていた。

仕事は与えられるものと思っていたのが、仕事をつくり出さないといけなくなった。
いわゆる、営業。
どこをどうしていいのやら、とりあえず、これまでの納入先リストを作って、一軒一軒‘その後’を尋ね歩くことにした。

めぼしい納入先訪問が済んで、めぼしい手ごたえもないまま、遊んでいても と、厨房用製麺機の‘むかし納入’客先の行脚を始めて しばらくのころであった。

その客先は、かなり年配のご夫婦が切り盛りをされているお店だった。

表から入らず勝手口から 昼の忙しい時分どきを過ぎたころに尋ねるのが‘常識’だと、短く乏しい営業経験で学習できていた。
勝手口に入るとそこが機械場で、かなり古い でも きれいに掃除された当社製麺機が置いてあった。
黒光りした機械を見れば、ここのご主人が機械を使ってられることは、一目瞭然だった。

機械場の横から、けっこう急な階段で二階へあがるようになっている。
子どものはしゃいだ声がして、二階が居住の場らしい。
声をかけるとすぐに、ご主人が降りてきてくれた。
おかげさんで故障もなく 機嫌よう仕事してくれてますよ と、言ってくださった。

男の子が階段を駆け下りてきた。
お孫さんですかと ありきたりに尋ねると、この春一年生になったばかりです と、男の子の後ろからついて降りてきたおかみさんが、ご主人に代って笑顔で答えてくれた。

麺を打っていると 飽きもせず機械のそばで見てるんですよ、とご主人。
機械好きの男の子が 頼もしく、かわいくて仕方ないといった表情で、男の子の背を両手で抱きしめていた。
触って怪我でもしないかと心配なんです、おかみさんは 孫の手を握りながら そうおっしゃっていた。


飛び込み営業で いやな顔をされるのが苦痛で、当社製品の納入先でも あとの面倒見が不手際だった客先からの嫌みは、もっと苦痛だった。
わがままな人間は 真の営業マンにはなれないな と、悟ったような 諦めたような気分で 滅入りかけていた。
勢い、親しげに声をかけてくださる客先へと、足は向かう。

年配夫婦が切り盛りする あのお店を再訪したのは、一度目から半年ほどが経っていた。

意外にも 怒ったような目でわたしを見るご主人が、いぶかられるのが鬱陶しいように ボソリと話してくれた言葉を、今でも忘れられない。
一度目の訪問から間もない夏休みに、男の子が機械の歯車に指を挟まれたというのだ。
傷は、右手人差し指の第一関節から もぎ取られた。

ものすごい罪悪感が走った。

PL法が施行される20年も前のことであり、それよりさらに15年ほども前の 安全意識が希薄だった時代に製造した機械であるから、安全カバーなどの安全対策が不完全であったことは、仕方なかったのかもしれない。
それでも、当社の機械で 大切な子供さんに大怪我をさせたことが、わたしには許せなかった。

あの二度目の訪問から わたしは、自社の製品に 真剣に目を向けるようになった。
自分自身が納得のいく 自信のある製品でないのに、まともな営業などできるはずがない。
成熟機種であればあるほど、とくに安全面の改良に心血を注いだ。
ちゃんとしなければ、あの男の子に あの男の子を慈しんでられたお年寄り夫婦に、申し訳がたたない。


事故というものは しばしば、想像もつかないような行為で生ずる。
どう考えても、オペレーターの不注意としかいいようのない場合も多い。

また、安全性と操作性は、多くの場合 相反する。
安全を重視するあまり、操作性の悪い機械になりがちである。

それでも、当社の機械で誰かが怪我をしてはいけない。
完璧ということは 絶対といってないが、当社の機械で誰かが傷つくことだけは避けたい。
祈るしかない。

安全は祈りである。

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含羞

2012-03-18 18:15:39 | Weblog
時間待ちが、最近あまり苦になりません。
文庫本、それも分厚くなく 字がけっこう大きくて、数ページで読み切りのエッセイ集、これがあれば いくら待たされたっていい。
その本の作者が向田邦子だったら、もっと待たされたい気持ちになることが、しばしばです。


南木佳士作『阿弥陀堂だより』のかなで、作者自身が大ファンなのでしょう、登場人物に、開高健の命日12月9日に 必ず遺作『珠玉』を読ませています。

これにならって 向田邦子の命日8月22日に と考えて思いつくのは、「手袋をさがす」かな。
なるだけ 1時間以内で読めそうなのが、いいです。
ならば、「香水」も いいですね。

香水といっても、向田流のユーモアで、「田園の香水」、つまり くみ取りの匂いのことです。
命日に読むには あまりふさわしいとは言えない内容ですが、好奇心旺盛で 日々の暮らしを愛した向田邦子らしいペーソスが、たまらなく恋しくなるエッセイなのです。

「香水」の末尾を、ちょっと引用してみます。
・・・あの匂いを嗅がなくなって、もう随分になる。
   どう考えても、いい匂いではなかった。
   時分どきにぶつかったり、気の張る客が来ていたりすると、具合が悪いこともあった。
   せいいっぱい気取ったところで、人間なんて、こんなもんじゃないのかい、と思い知らされているようで、百パーセント威張ったり気取ったりしにくいところがあった。
   今はそんなことはない。
   昔は、あからさまに明るい電気で照らすにしてはきまりの悪い場所だったのが、今は、天下堂々、白一色、その気になればオシメの洗濯も出来ようかという、水洗トイレである。
   見たくなければ、そのまま、水に流してしまえる。
   他人(ひとさま)に下(しも)のお世話をしていただいているうしろめたさもなく、恐いものなしで大手を振って歩けるのだ。
   男にも女にも恥じらいがなくなったのはこの辺が原因かも知れない。
   街からあの匂いと汲取屋が消えたのと一緒に「含羞(がんしゅう)」という二つの文字も消えてしまったのである。


「含羞」という言葉に わたしは、忘れかけた、忘れてはならない 大切なものを感じます。
わたしたちより一回り年長の世代が持っていたもので、わたしたちより一回り年下の世代が失くしてしまったかにみえるもの。

永六輔さんが、以前 新聞のコラムに、こんなことをおっしゃっていました。
   下町では目立っちゃいけない。
   よく分かっているのは小沢さん(小沢昭一)で、無名になる努力をしていた。
   僕もいろいろやったけど、等身大でいられるラジオは続けている。
   テレビは大きくみえたり、ゆがんで見えたりするから。
   恥ずかしいから。含羞です。   


「含羞」という言葉に、日本人の良心みたいなものを感じるのは、わたしが古臭い人間だからなのでしょうか。
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文房清玩

2012-03-16 17:10:26 | Weblog

文房清玩。

この言葉を最初に知ったのは、開高健の遺作『珠玉』でした。
その「第一話」に、著者がむかし 酒場通いの折りに、ふと出会った「初老に近い人物」の話として、紹介されています。

アクアマリンの石を 文房清玩の対象としていた この老軍医は、こんな風に語ります。
   ・・・昔の中国の文人は硯や、筆や、紙に凝ってひとりで書斎でたのしんでました。
   ブンボウは文のボウ、ボウは房ですね。
   セイガンのセイは清らか。
   ガンはもてあそぶの玩。
   文房清玩です。・・・
   
文房清玩。
いい言葉だなぁ。

蛇足ながら、同じく開高健の著作『生物(いきもの)としての静物』のなかの「この一本の夜々、モンブラン」にも、この言葉がキーワードのように出てきます。
この「この一本の夜々、モンブラン」は、何度読んでも汲み尽くせない魅力を持つエッセイです。


さて、わたしの文房清玩の対象は、モンブランなどの魅惑的な文房具類の誘い力にも弱いのですが、仕事がら やはり工具類ということになります。

神戸を尋ねると その多くの時間を、生田神社横の東急ハンズで過ごしていました。
東急ハンズの工具売り場におれば、何時間 待たされたって平気です。




これは、一見 変哲もない板金ハンマーです。
先輩から譲り受けました。
手あかで汚れ、柄から何度も抜けたのを直し、一度は角穴のところで割れが入ったのを溶接で修復し・・・
ずーっと工具箱にありました。

実をいうと、実際に使ったのは 数えるほどです。
間があると、手にとって握り具合を確かめたり、振ってみたり、してました。

握り具合といい、重心の振り心地といい、これでなら なんでも出来そうな、いとおしい しろもの。
こういう ピタッとくるしろものには、なかなか出合えないものです。

もう物欲が萎えても、この板金ハンマーは手放したくはありませんでした。
でも、工具は使ってもらって その価値が発揮できるのです。
現役を半分退いた時点で、その良さを解ってくれる後輩に譲りました。
わたしが先輩から譲り受けたと同じように。


文房清玩という言葉と この板金ハンマーは、わたしの感覚の中で 同一のものです。

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