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つれづれ

思いつくままに

「東北地方太平洋沖地震について」

2012-02-20 12:18:50 | Weblog
当社ホームページのトップページに掲げた「東北地方太平洋沖地震について」の見舞文を、来月11日で削除することに決めました。

こんなことを ことさら述べること自体、すごく軽薄なことは承知しています。
ただ、あれから1年という区切りで 見舞文を削除することに、ちゃんと向き合わねば と思ったからです。


映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観終わって、この長ったらしい題名の意味が やっと理解できました。

9.11で父を失ったオスカー少年が、空っぽの棺おけを埋めることで 父親の死を受け入れることに、必死でもがき 抵抗する。
オスカー少年にとって、9.11は ものすごいくうるさいことであって、しかも ありえないほど近い出来事だったのです。


「絆」であふれたこの1年、人々の善意に嘘などあるはずはありませんが、3.11で傷ついた人たちにとっては、「ものすごくうるさい」ことであったかも知れない。
3.11が 「ありえないほど近い」出来事であった人たちの気持ちが、 一見 悲しいほど遠い出来事であった人々に、ちゃんと理解できるはずはないのです。

オスカー少年が 自分なりに世の中の矛盾を乗り越える強さをつかんでいくように、「ありえないほど近い」人々自身が たちなおるしかない。
その姿に対する言葉は、もはや「見舞」ではありません。


忘れてはならないのは、オスカー少年が 自分で乗り越える強さを持てるようになった理由です。

少年に気づかれないように、同じ追体験を試みる母親。
声を失った“間借り人”、実はおじいちゃんの、孫オスカーに向ける にじみ出るような愛の眼差し。
少年が尋ね歩く ブラックという名前の人々の、その多くの善意の想像力。

放っておかない気持ち、それも これみよがしでなく。
それを絆と呼ぶなら、呼べばいい。

3.11が 悲しいほど遠い出来事であった人々にも、応援歌は口ずさむことはできる。
それを、義務や体裁ではなく・・・


「見舞文」を消去するに当たって、深く思うことです。
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機能美

2012-02-18 14:55:39 | Weblog
去年のクリスマスの日、インダストリアル・デザイナーの柳宗理さんが亡くなられた。
96歳だった。
私は、彼が標榜されていた「アノニマス・デザイン」に、強く惹かれている。

アノニマス・デザインは、柳宗理さんの父上 柳宗悦氏が唱えた「民藝」に通底するものであり、また 柳宗悦氏と民藝運動を共にした陶芸家・河井寛次郎の言葉「有名は無名に勝てない」と、意を一にするものと思っている。


機械設計屋のはしくれである私は、つねづね「機械は美しくなければならない」と考えている。

柳宗理さんが「ほんとうの美は生まれるもので、つくり出すものではない」と述べられている通り、機械設計においても、機能をとことん追求し、不必要なものを慎重にそぎ落としてゆけば、おのずと「機能美」が生まれる、との信念である。


蒸気機関車の美しさを考えればいい。
重い貨車をひっぱり、坂をのぼり、汽笛にいたるまで、動力源は蒸気圧ひとつである。

これを、私たち機械屋は「メカタイ」と呼んでいる。
Mechanical Tie、つまり、機素をうまく組み合せて ひとつの動力源から力を有効に伝達して 必要なあらゆる機能を果たす機械。
そこには おのずと、要らないものはない。
結果的に、美しい姿なのである。


人を驚かすような 奇抜なデザインは、しばしば 人の神経を苛立たせる。
ほんとうに有能な工業デザイナーの手に成る機械は、そのへんのところは 重々承知のうえの デザインであろう。
ところが 有名デザイナーと称される設計者の作品にも、くどくどしい これ見よがしのデザインが氾濫している。

アノニマスとは、無名のこと。
奇異なものでなく 匿名的で美しいデザイン、それを柳宗理さんは「アノニマス・デザイン」と称されたのであろう。
ちゃんと用を果たして なお、さりげなく 健康な 平穏な美しさ。
「用即美」なのである。


道は遠いが、私も 機械の機能美を「用即美」に求めて、アノニマス・デザインを目指したい。
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しあわせのパン

2012-02-16 10:33:49 | Weblog
映画『しあわせのパン』をみました。
この映画をみた その日、家内とふたりで バターロールパンを焼きました。
ほんまにノリっぽいタイプです。

ふたりで といっても、私は 小さな団子生地を涙しずく状に伸ばす役目だけ。
戻り力が大きくて、なかなかうまくいきません。
かんたんに思っていたのは、大まちがいでした。


500グラムの粉から、20個の 見端のわるい でもちょっとかわいらしい バターロールができました。



パン作りを ちょっと手伝っただけですが、映画『しあわせのパン』が伝えたかったことが、ひとかけらながら わかった気がします。
パンを作りながら、いや 作ろうと思った瞬間から、作ったパンをおいしそうに食べてくれる人の顔が浮かぶんですね。


絵本「月とマーニ」から紡がれた、美しい映画『しあわせのパン』。
北海道・洞爺湖のほとりにある、小さなオーベルジュ風パンカフェ<マーニ>。
吹雪の夜、死ぬ覚悟でここを訪れた老夫婦、パン嫌いのおばあさん アヤさんが言いました。
「あしたも このパンを食べたい」と。

生きるって、そういうことなんですね。


バターロール3個食べたら、もうおなかいっぱい。
家内は、孫たちに食べてもらうんだと言って、出かけました。
出かけしなに、バターロールを盛ったバスケットにメモして、と言われて書きました。
「しあわせのパンです」

空想だけなら 寒くなる状況ですが、あつあつのおいしいパンで満たされたおなかを そっとなでながら、とても幸せな気分でした。
おいしそうに食べてくれる孫たちの顔を思い浮かべながら・・・


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再び、天平の甍

2012-02-01 22:25:35 | Weblog
この前 唐招提寺を訪ねたのは、平成大修理落慶法要の1年前、平成20年の晩秋でした。
金堂は、まだ一部囲いに覆われて、全容を現わしていませんでした。
あの大屋根を、囲い越しではなく 存分に眺めてみたい、この思いが ことし早々に実りました。



寒さで足元の感覚が鈍くなるくらい長い間、私は唐招提寺金堂を眺めていました。
正面から、手前東にある茶所の前から、後方の少し高い位置にある食堂跡から・・・
寄棟のシンプルな屋根の曲線、まことに美しい。
美しいとしか、言いようがありません。
実に日本らしい曲線美。

もとより 唐招提寺は、来日僧・鑑真の寺です。
金堂は、鑑真の死後 まもなくして完成した、天平時代の建造物です。
作者は、鑑真和上の大徳を慕い、鑑真の寺をつくるということそれ自身に、無上の幸福を感じていたに違いありません。
鑑真が唐から連れてきた工匠の技術でできたとも伝えられていますが、この流れる曲線は 日本人の手に成るものと、私には思えてなりません。
あるいは、来日工匠らが 日本の風土に溶け込んで成ったもの、かも知れません。
いずれにしても、1200年以上も前に、もっとも日本らしい曲線美をもつ建造物が、奈良の地に存在していたのです。
そして いまも、眼前に建っているのです。

ありがたいと思います。


不思議でならないのです。
当時のシナにあって名僧と敬われていた鑑真が、いかに日本から渡った高僧らに請われたとしても、海賊や風波の災いで五度も挫折してもなお 来日を志したのか。
単なるミッション精神だけとは思えません。

天平の世、日本は飢饉や疫病で大混乱していました。
仏教の教えをいただいた当時の日本のリーダーは、必死の思いで 鑑真の来日を請うたに違いありません。
鑑真は、後進国のこの純な請いに、なんとしても手を差し伸べたいと思ったのではないでしょうか。

奈良に残る天平時代の数々の秀でた仏像や建造物に接するにつけ、この時代の精神の高さに圧倒されます。
私たちの祖先が これほどまでに崇高な精神を有していたことに、大きな誇りを感じます。
その崇高な精神を深化する努力を、私たちは怠ってきたのかもしれません。

しかしながら、と考えるのです。
こうして奈良の地に、私たちの祖先は 最も精神性に溢れた天平時代の財産を 形あるものとして、大切に受け継いできたではないか。

かって、唐招提寺の開山堂に鑑真大和上の坐像を拝した芭蕉は、日本へ渡る途上の辛苦で失明した鑑真の その御像の目から滴る 深い慈しみの涙を見たのです。

   若葉して おん目のしずく ぬぐはばや


唐招提寺の境内は、厳しい雰囲気のなかにも、暗いイメージはありません。
この寺の伽藍には、日本人の魂の原点が宿っている、そう私には思えるのです。
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