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つれづれ

思いつくままに

気を付け!休め。

2011-11-28 17:02:59 | Weblog
私は、昭和27年に小学一年生になった。
ユニセフミルクで育った、最後の世代の入学である。

それからの小学校6年間が、いままでの人生でいちばん長く感じられる。
見るもの聞くもの すべてがもの珍しく、新鮮だった。
決していい時代ではなかったが、学校は楽しかった。

私の通っていた小学校で、当時としてはユニークな教育をしてもらった。
ハーフマラソンに相当するくらいの距離を歩く「能力遠足」、日本海の浜へ泊りがけの遠泳付き「臨海学舎」、小学校をひとつの自治市と見立てた「学校市長選挙」・・・


ひとつだけ、記憶に残るいやな時間帯がある。
朝礼や体育の時限での、「気を付け!休め。」の休めの長い長い時間。
突っ張った足を 右にしたり左に替えたり、ちっとも‘休め’ではなかった。

いま思うに、あの教育法だけは 間違っていた。
マッカーサー教育法から発した躾けだったのだろうか。
日本の伝統的な立ち居振る舞いを無視した、悪しき躾けとしか 言いようがない。


孫引きになるが、斎藤孝著『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス)に、戦前に日本で生活したドイツ人哲学者デュルクハイムの著書『肚~人間の重心』から 次のような引用文がある。

---ヨーロッパの人はとりわけ「こせこせしない」「無頓着な」ポーズを取るか、どちらかの足に重心をかけて、肩を上げて胸を張り、「立派な」ポーズを取るが、日本人はまったく別である。/私たちの感覚からすると、しばしば「みすぼらしく」見える。/ただ単に正面を向き、肩と腕をだらりとたらしているが、背筋を伸ばして、股を広げて立っている。/日本人は、片方の足が軽く前に出されているおりにも、他方の足にだけ重心をかけることをしない。/中心をもたずに立っている人は、日本人にとっては頼もしくみえないのである。/なぜなら、そういう人は心の軸をもたないからである。---


GHQの民間情報教育局に デュルクハイムのような教育者がいてくれれば、私を含め 戦後教育を受けた日本人の生活態度が、もうちょっといい方向に違ったものになっていたろうに、と考えるのは 思いすごしだろうか。 
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困ったときに こそ、

2011-11-24 17:21:24 | Weblog
朝ドラの「カーネーション」、すごい人気ですね。
ぼくも、はまってます。
糸ちゃんのバイタリティには 惚れぼれします。
女性なのに、ものすごく男前。
あれは、ほんまもんの職人です。

「紳士服ロイヤル」で修行中の糸ちゃんが、次から次にやってくるドレスの注文に忙殺されているさなかに思いついた 立体裁断法、ビックリです。
採寸も型紙も飛ばして生地を裁断するっちゅうのは、すごい発想やと思いました。
困ったときに こそ、の智慧ですね。


『海水練り海砂コンクリート』という技術を、先日のテレビニュースで知りました。
大林組が開発したそうです。
ネットで調べたら、早稲田大学と数社の大手建設会社が協力して、同じような技術を開発していました。
こちらは、『ソルセック』というのだそうです。

どちらも、従来の‘真水練り陸砂コンクリート’より、耐久性も強度も高いといいます。
この3月11日以前から研究されてきた技術に違いありませんが、東日本大震災で開発が一気に加速したのでしょう。
津波で大量に発生したコンクリートがれきも 再利用できる可能性が高いので、注目されたわけです。

塩気を含んだコンクリートは、鉄筋を腐食させるから 絶対ダメ!、と思い込んでいました。
ところが、鉄筋をエポキシ樹脂などで耐腐食補強すれば、問題は解決だったんです。
沿岸部や離島のように 真水や陸砂の搬入が難しい地域なら、『海水練り海砂のエポキシ樹脂塗装鉄筋コンクリート』の方が安上がりなのだそうです。

このニュースは、ぼくには 少なからずのカルチャーショックでした。
これも、困ったときに こそ、の技術ですね。


小原糸子のパワー、『海水練り海砂コンクリート』の底力、日本 元気をださなきゃぁ、と・・・
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「線引き」への問いかけ

2011-11-22 15:54:51 | Weblog
建築家・丹下健三の自伝『一本の鉛筆から』をイントロにした「甲乙閑話」(担当記者:大西若人氏)を、けさの朝日新聞で読んだ。
三年に一度開かれる建築界の五輪、「世界建築会議」の様子を伝えた談話だ。
日本では初開催だったが、高揚感希薄な会議だったようで、いまひとつ盛り上がりのないまま 先月はじめに終わった。

そんななかで 大西記者は、「そろそろ、線を消していくことを考えてはどうか」という議論に注目して、建築家・伊東豊雄氏の発言を採り上げている。
東日本大震災を踏まえて 伊東氏は、「津波も原発事故も人災。(防波堤や格納容器という)一本の線で自然と人間を分けるという手法は間違いだった」と指摘。
「もっと柔らかな境界、自然に近いシステムを考えるべきだ」と提案した。


若いころ、ぼくは丹下健三に憧れた。
興味の湧かない教養部での授業をほっぽり出して、東京カテドラルを見たさに上京。
二日間 飽きもせず、東京カテドラルの廻りをうろついていた。
HP(双曲放物面)シェル構造の建築物に、なにか 言うに言われぬ可能性を秘めた未来を見るように感じた。
だが それは、やはり幻想だったのかも知れない。

言うまでもなく 建築は、空間を線引きして 天井や壁にすることで成立する。
紺碧の海をバックに 真っ青な空を突きさすように建つ石造りの西洋建築には、明確な境界線がある。
しかしながら 古来から日本の家には、はっきりとした線引きは認められなかった。

人工的な直線に乏しい庭に面して広く張り出した縁側、障子を透かして射し入る淡い陽の光、長い廊下を吹き抜ける風・・・
材木や障子紙が本質的に自然の一部であるように、日本の家屋は、古来 本質的に自然の一部であった。

二重窓、エアコン、断熱材、防音壁・・・
コンクリートの壁に閉じ込められてしまった現代日本人は、果てしなく自然から遠ざかざるを得ない羽目に陥ってしまった。


伊東豊雄氏が指摘する問題は、なにも建築界にとどまらない。
コンタミを極度に恐れる食品界も、このままでは 果てしなく無菌状態を追い求めざるを得ないだろう。

安全を何が何でも優先する機械、なんだか、人と機械との距離がどんどん離れていくように思えてしょうがない。
安全最優先の究極は、ロボットに機械を任すしかない。
現に、そんな機械も登場している。
いやいまや ほとんどの機械が、勝手に動いているようなものだ。

でも、なにか間違っているように思えてならない。


東日本大震災の警鐘は、建築界で伊東氏が指摘したように、いまの日本人の営みを 根底から問い直している。

危険というものは、人間が生きていくうえで 付きものである。
小学生の子にナイフは危ないからと言って使わさなければ、いつまでたってもナイフの使えない人間になってしまう。

人間と機械の間に引かれた‘安全’という線引きも、もう一度見直すべきではないだろうか。
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日傘の女性

2011-11-22 11:18:11 | Weblog
いま 京都市美術館で、「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」が開かれています。
質、量とも 快適で、なかなかの展示会です。
印象派絵画ファンには、見逃せない絵画展だと思います。

モネの作品「日傘の女性」が、出品されています。
出品されていることを知りませんでした。
ラッキーでした。



モネの作品の中で、いちばん好きな絵です。
モデルは、モネ夫人・カミーユと息子のジャン。
きっと モネの生涯で、最良の日々の瞬間に違いありません。

モネが、おーい と呼んだら、夫人が振り向いた。
息子も ほほ笑んで、こちらを見ている。
夫人の顔のあたりを流れる風が、青空に溶け去ってゆきます。

この作品が描かれた4年後、カミーユ夫人は 病で世を去ります。


パリのオルセー美術館に、もう一つの「日傘の女性」があります。
上の作品から11年後に描かれたものです。
モデルは、再婚相手・アリス・オシュデ夫人の連れ子、シュザンヌです。

これも とてもいい作品なのですが、秋の陽射しと風と下草だと思うのです。
なにかしら 寂しげです。
シュザンヌの表情も 読み取れません。
あえて そう描いたのでしょう。
モネは、シュザンヌをモデルにしながらも、亡き最愛の人、カミーユを思い描いていたに違いありません。


散歩するモネ夫人と息子とを描いた作品、ぼくの大好きな作品「日傘の女性」に会えて、ほんとうにラッキーでした。
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平清盛像

2011-11-18 11:47:38 | Weblog
もうあと45日ほどで、事が多すぎた平成23年が終わります。
ほんとに、一年がはやく感じます。
すぐ、お正月ですね。

正月にいただく梅昆布茶、小さい梅干と結び昆布の入った あのお茶が、小さかった頃は苦手でした。
ちゃんと飲み干すとその年 風邪知らずで過ごせるからと、無理やり飲まされたのを 懐かしく思い出します。

いまから千年前 京の都では、悪疫がはびこっていました。
空也上人は、自ら刻んだ十一面観音菩薩像を荷車に載せて 市中を曳き廻り、この梅昆布茶を菩薩にお供えしたあと お下がりものとして、おびただしい数の病者に 授けて歩いたといいます。
茶も梅干も昆布も、当時は貴重なお薬でした。
南無阿弥陀仏を唱え続けながら歩く空也上人は、病める者にとって 菩薩そのものに見えたことでしょう。
ついに病魔は、都から追い払われたと伝えられています。

あの梅昆布茶は、そんな謂れを持っていたのですね。


京都のまちなか、松原通り大和大路角を東に入って南に下がったところに、六波羅密寺というお寺があります。
ちょっとわかりにくいところです。
空也上人が開かれたお寺です。
西国三十三ヵ所第17番目の札所でもあります。

京都のまちなかには、空也上人にまつわるお寺や地名が 多くあります。
仏光寺通りを寺町通りに行きあたったところには、空也寺があります。
錦小路通りの 油小路通りと西洞院通りに挟まれた地域は、空也町といいます(娘家族が住んでいる町内です)。
蛸薬師通り油小路西入ルには、空也堂という 念仏道場としてのお寺があります。
醍醐天皇の次男坊であるにもかかわらず、弱きものを心底思いやる‘市の聖’空也上人が、いかに京の民衆に親しまれていたかが うかがえます。


ところで、六波羅密寺というお寺ですが、ぼくは大好きです。
京都らしいお寺です。
奈良のお寺は立派です。
でも、ちょっと近づきがたい気もします。
京都の何々さんと呼ばれているお寺は、町内のお地蔵さんに似た親しみを覚えます。
高い拝観料を払わないと入れないお寺も多いのですが、そういうお寺は観光客にお任せします。

ほんと言うと、観光客に申し訳ない気持ちなんです。
なんで、あんなに高い拝観料や駐車料をとるんでしょう。
アベックで4~5か所の寺をはしごしたら、万札が消えるんですから。

ちょっと話がそれますが、そもそも 神社仏閣の拝観料に消費税が課されないのは、喜捨だからでしょう。
ならば 本来は、拝観料はお心持だけで結構です、とするのが筋じゃないでしょうか。
宗教活動の非課税扱いには いろいろ議論があると思いますが、少なくとも現行のような強制拝観料は 課税対象とすべきだ、と ぼくは思います。

古都税紛争の蒸し返しのような、いやな話をしてしまいました。
戻します。


六波羅密寺の本堂は、だれでも自由に拝することができます。
仏像に興味のある人は、本堂の裏にある宝物館に お金を払って入館します。

ここに安置されている14体の仏像は、どれも見応えがあります。
見応えなどという表現は いかにも不信心なのですが、正直言って ぼくはあまり信心深い方ではありません。
心に響かない仏像には、目もくれません。
罰当たりなことです。

平清盛像、とてもいい肖像彫刻です。
おそらく だれもが抱いている清盛像は、もっと傲慢な もっと華美なイメージではないでしょうか。
平家物語からの強い影響でしょう、ぼくも そういうイメージでした。
でも この晩年清盛の坐像は、諦観の人そのものです。
甘いも酸っぱいも味わい尽くした、贖罪の日々を悲しげに送る 身近なおじいちゃん、といった印象を受けます。
この清盛像、ぼくは大好きです。

ピカ一の肖像彫刻は なんといっても、唐招提寺の鑑真和上坐像でしょう。
運慶一派の代表作、興福寺北円堂の無着・世親立像が 日本を代表する肖像彫刻であることは、みなが認めるところです。
これらは崇める対象です。
煩悩を払ってくださる、霊像です。

清盛坐像は、もちろん崇めてもいいんです。
崇めるに値する 悶々たる贖罪の日々の果ての姿だから、自然と合掌してしまいます。
でも、おじいちゃん、と声をかければ、にっこりしてこちらに振り向いてくれそうな、愛しい姿でもあります。
そうです、愛しいんです。


  重くとも 五つの罪は よもあらじ 六波羅堂へ 参る身なれば

布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧、これら六波羅密は 彼岸に渡るためのチケットだと、瀬戸内寂聴さんはおっしゃっています。
五逆罪にひとしい争いを生き抜いた清盛が、平家と縁の深いこの地に、念ずれば彼岸に渡るためのチケットが授かるという六波羅密寺に、浄海入道の姿となって安置されていることに、ひとごとでない安堵を覚えます。

清盛坐像とじっと対して、栄華を一気に極めて急没落した平家の総帥に 想像を掻き立てられながら、そんな感傷に浸りました。
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身体感覚を取り戻す

2011-11-15 11:55:54 | Weblog
台所に立っている家内の動きを見て、いつも感心させられます。
主婦の台所姿というものは、一種の職人の動きですね。
あれは 間違いなく、動作が同時進行しています。

仕事柄、毎日‘職人’に接しています。
年季の入った職人の動きには、無駄がない。
スパナひとつ取るのでも、いつの間にか手に入っている、という感じです。
使い終わったスパナは、それもいつの間にか元の位置にキチンと置かれている。
コトリとも音をさせないで、です。
そう気づいた時には もう、次の段取りに入っている。
まさしく、同時進行の動きです。
見ていて、気持ちのいいものです。


NHK総合テレビで毎週木曜日に放映している「爆笑学問」、ときどき見ています。
放映時間が遅いので、ときどきですが・・・
先週は、武術家・甲野善紀氏を 爆笑問題と柔道家・吉田秀彦氏が尋ねる、という番組でした。

甲野氏の古武術家としての持論、“蹴らない、ねじらない、ためない、うならない”には、太極拳を齧る者として 強く惹かれていました。
甲野氏の動きは、逆立ちしても真似などできるものではありませんが、剣の達人の動作を極めた彼の思考には、とても参考になるものがあるのです。

この番組を見ていて、本来の‘動物としての’人間の動きは 同時進行的である、と納得しました。
そして、「便利は 人間には不便なのだ」という彼の真意も、良く理解できました。


話は飛びますが、むかし教養部に入ってすぐに、担当教授が こう言ったのを思い出しました。
「私は教師だから あんたたちに教える義務がある。だから 教えはする。しかし学ぶのは あんたたちだ。学ぶのまで 私はめんどうはみない。」
高飛車な先生だなぁと そのときは思いましたが、教わることと学ぶことの違いを諭したかったのだと、今なら解ります。

番組『爆笑学問』を見て、この「教わることと学ぶことの違い」を再認識しました。
甲野氏の‘辛い肉体労働を楽してこなそうとして得た筋肉の 途絶えた伝承’の話を受けて、太田クンがこんな発言をしていました。
・・・「おれの動きを盗んで学べ」的な伝承のしかたは、いまの時代 無理なところもあると思うんです。
だから 教える側は、伝えようとすることがらをアナリシスして、ひとつひとつ順序立てて検証して、わかりやすい情報とする。
それが、科学だと思うんです。
受ける側は、それらたくさんの情報を知っただけじゃぁダメ。
そこから自分の血となり肉となるものを選びとって、自分の体内で同時進行的にシンセシスする。
それが、学ぶということだと思うんです・・・


いま受け持っている気功太極拳教室の副題は、「身体感覚取り戻し」です。
これは、この教室の講師をしていただいていた西村加代先生からの引き継ぎで、斎藤孝著『身体感覚を取り戻す~腰・ハラ文化の再生』(NHKブックス)からお採りになったものだと思います。

甲野善紀氏もおっしゃっているように、動物の一種族である人間は 磨けば備わる驚くほど高い身体能力を秘めている と、ぼくも信じます。
甲野氏のような驚異的な身体能力は とうてい得ることはできないでしょうが、太極拳二十四式を繰り返し繰り返し 馬鹿のひとつ覚えのようにやっているうちに、自分自身の体に秘めた すばらしい能力に気づくときが あるはずです。
きっとあります。
こんな私でさえ、ほんのちょっとですが、そう思える瞬間があるのですから。


はっとする身体感覚の悦びを‘科学’して 伝えられたら、すばらしいことですよね。
そうなりたいと、心から願っています。
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夜空の星

2011-11-07 10:42:05 | Weblog
11月4日午後11時15分、たぶん 雲ひとつない、夜空。
やや西に傾いた明るい上弦の月が、いまの夜空が雲ひとつないことを告げている。

頭上ま上より少し南に、ひときわ大きく ひときわ明るく光る黄色の星は、太陽系惑星の木星のはず。
いつもは 夜空を仰いでも、いまの時期、たぶんこの木星しか気づかない。
気づいても、どの位置にあるかなど、気にも留めない。
よくよく目を凝らさない限り、ほかの星ぼしは、天空の月の明かりと地上の街の明かりで 消されてしまっているだろう。

でも、今夜の夜空は違う。
その気になって夜空を仰ぐと、あっちにも あっちにも、星が輝いている。

北東の空にキリリと輝く明るい星、カペラ。
その少し南側が昴のはずだが、よくわからない。
そのあたりにあるオレンジ色にまたたく星、アルデバランの輝きばかりが目立つ。

北西の空低く、たぶんあれが織姫星だろう。
つられて、彦星を探す。
織姫星から少し離れた西南西の方角に か弱く光るのが、彦星に違いない。

北極星、北極星。
無意識に北極星を探している。
高い建物に北側を遮られて、北の空が見えない。
北極星をさがして、天神道まで来た。

見えた。
あれが、北極星。
なんでこんなにうれしいんだろう。
北極星が見えたぐらいで、なんでこんなにワクワクするんだろう。

長いあいだ空を見上げていたので、首が痛くなってきた。
木星は もう、かなり西に傾いていた。
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キブネギク

2011-11-02 16:05:44 | Weblog
   幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく
   白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

これらは、多くの文学青年が憧れた‘旅の詩人’、若山牧水の代表詩である。
御多分に洩れず、ぼくも牧水信奉者であった。
数ある大好きな牧水歌のなかのひとつに、『別離』に納められた 次の詩がある。

   吾木香 すすきかるかや 秋くさの さびしききわみ 君におくらむ


「日本の名随筆94 草」の中に、『秋草と虫の声』という 牧水のエッセイが入っている。
これは、牧水が好む秋草の花を、初秋から晩秋へ 咲く順を追って、虫の声への思いを添えて綴られた文章である。
たとえば 吾木香を、こんな風に紹介している。
   故あって髪をおろした貴人の若い僧形といったところ

秋草の花に親しめたのは、この随筆のおかげである。
花、ことに野に咲く花は、その名を覚えて初めて、ぐっと身近になるものだ。


ぼくは、キブネギクが咲きだすと、あぁすっかり秋だなぁと思う。


キブネギクは、義母が大好きな花だった。
義母から株分けしてもらったキブネギクが、ことしも咲いた。
ことしも、義母の遺影にキブネギクを供えた。

   キブネギク 切られてもなお 貴船菊
拙い自分の句を、お経のように唱えながら。
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