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つれづれ

思いつくままに

無縁坂

2011-05-31 17:23:28 | Weblog
トーク番組<ディープピープル>を見ていたときのこと。
演歌プロフェッショナルの小林幸子、坂本冬美、長山洋子の鼎談だった。
モニターの関根勤が、彼自身の感動経験を語っている途中、いきなり涙を見せた。
彼を想い出泣きにさせたのは、さだまさしの『無縁坂』だった。
あの涙は ほんもので、芸人の作り涙などではなかったと思う。
関根勤が、ますます好きになった。


このことがきっかけで、久々に、さだまさしの『無縁坂』を聴いた。

ぼくは、母に手をひいてもらった記憶がない。
母がため息をついたのも、知らない。
だから、『無縁坂』を聴いて、関根勤のように 想い出泣きはできない。
でも、多くを語らない さだまさしの母への祈りは、ぼくの胸にも通底する。
悲しみが、大きく やさしく包みこんでくる。

母を饒舌に語る人は、ぼくの友人にはいない。
たぶん、男はだれも 母のことを多く語りたがらない。
とりわけ 10歳くらいまでの記憶は、母のことで つまっているはずなのに、母のことは 語れない。
少なくとも、ぼくは そうだ。

思い出そうとしないから、思い出せない。

ひとつだけ、『無縁坂』を聴いて 勝手に思い出すことがある。
4っつか5つつくらいの時だったろう。
人ごみの中だった。
小さかったぼくは、はぐれまいと 母の着物の裾を必死に握っていた。
その着物の人が 母だということを、着物からかすかに漂う樟脳の匂いで 嗅ぎ分けていた。

ところが、必死で握っていた着物の人は、母ではなかった。
人違いだったのである。
どうしようもない孤独感に 身が震えた。
あの体験を、いまでも ときどき夢に見る。

母という言葉自体、母を言い当てていない。
おふくろさん となると、もっと遠くなる。
ママなんぞ、とんでもない。

母は、幼いころの自分のすべてであった。
自分と母の区別がつかない。
その母を ことばで語るなぞ、自分の恥部を さらけ出すようなものだ。
そのくせ、母を感じていたいのである。


『無縁坂』を聴きながら、 母を感じている。
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大山蓮華の花

2011-05-18 11:27:42 | Weblog
四条河原町の阪急百貨店あとにできた「京都マルイ」に出かけてみた。
目当ては東急ハンズ、ちょっとだけど出てるよという 娘からの情報に釣られて。
期待ははずれ、地下の一角にコスメコーナーとして出ているだけだった。

せっかくだから と、エスカレーターで上へ。
見慣れないからか、売り場が新鮮に見える。
売り場面積はそれほど広くないから、ざっと見渡すだけで各階の雰囲気が飲み込めるのも、親しみ感が増す。

6階に、ふたば書房が入っている。
フタバプラス、その隣にスターバックス。
ボーダレスな雰囲気を、そのまま休憩スペースに持ち込めるのがうれしい。
タダ読みオーケーの休憩スペースには、ドリンク片手に読書する人々が憩い、ゆったりした時間が流れていた。

フタバプラスが、おおいに気に入った。
しゃれた文具グッズコーナーもあるし、なによりも書籍の並べ方選び方が、ぼくの好みにぴったしだ。
よその大都会には こんなのは前々からあるのだろうが、京都でこんな売り場の書店を ぼくは知らない。

ここでは、「不遇の本たち」と出会える。
マイナーとは呼びたくない、いまでも十分に耀いている本たち。
たとえば、室生犀星ブロックで見つけた、随筆集『庭をつくる人』。
そこには、はっとするような犀星が いまにも現れそうな、再発見がある。


すてきな単行本を見つけた。
関口良雄著『昔日の客』という、復刊書だ。

関口良雄氏は、大正7年生まれ昭和52年没の、東京大田区新井宿の古本店 山王書房店主だった。
詩心もあり おはなしも楽しい店主の この古本店には、多数の作家や学者が訪れ、店主との親密な交流があった。
この店主関口氏の、最初で最後の‘自分自身の本’として 遠慮がちに死後出版されたのが、『昔日の客』である。

そんな書物であるから 発行部数も少なく、格調高い随筆を読みたくても 高値がついて手が届かない という愛好家からの要望もあり、ご子息の尽力で復刊なった、という珍書だ。
こういう書物に出会えると、無性にうれしくなる。

『昔日の客』のなかに、「大山蓮華の花」という一文がある。

山王書房のなじみ客のひとり、上野公園の植物のほうの所長さんだった塩谷さんは、毎月一回、自分の家の庭に咲く花だと言っては、季節々々の花を店主関口氏に持ってきてくれていた。
塩谷さんは仕事柄 花に詳しいし、店主も花好きなので、客対店主の関係以上の交流が深まる。
その塩谷さんが脳出血で倒れ、帰らぬ人となった。
大山蓮華の花を大切そうに紙に包んで持ってきてくれたのが、塩谷さんの最後の来店だった。
あのときの花は一夜でしぼんでしまったが、生けた部屋にみちみちた その芳香を、関口氏の鼻腔は忘れていない。。
関口氏は妻とともに塩谷さんのお宅へお悔みに伺う。
塩谷さんの奥さんの案内で庭に下りた関口氏の鼻腔に、どこからか、高い花の香りが流れてきた。
見上げると純白の大山蓮華が、関口氏の頭上高く花を開こうとしているところだった。
関口氏は思わず、ああ大山蓮華だと叫ぶ、溢れる涙を隠すように。
塩谷さんは、大山蓮華のような人だった、素朴で、飾らず、気品高く・・・。


当社のささやかな植込みの大山蓮華も、いま 次々と花開いている。
咲く直前に、こらえきれずに放つかのように、もっとも強く薫る。

香りを文字で表現するのは、むずかしい。
そうそう、「ボールド」の香りが ちょっと似ているかな?
外人さん山田さんのコマーシャル、洗ってカイカン、タッチでPON!
あのボールドの香り。
大山蓮華の香りの気品さには、叶わないと思うけれど。


『昔日の客』のおかげで、ことしも、忘れかけていた大山蓮華に、思いを寄せることができた。

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製麺ロールの腐食から思うこと

2011-05-17 11:26:09 | Weblog
うどんは、小麦粉と水と塩だけからできている、きわめてシンプルな食べ物です。
和そばは、ときには多少の塩も入れますが、そば粉と水だけの、これまたシンプルすぎるくらいシンプルな食べ物です。
中華そばは、梘水(かんすい、鹸水とも)という独特の人工アルカリ添加物を使いますが、これとて元々は、天然炭酸ナトリウムでした。
麺は もともとこのように、人工添加物から縁遠い食品だったのです。


これまで 黒さびと称される四三酸化鉄被膜は、製麺ロール用途として最適だったと確信しています。
いわゆる、黒光りした「くろがね」です。
程よい食いこみ良さ、程よい剥がれ良さ、錆びにくさ・・・
黒光りした製麺鋳鉄ロールは、長期間使用しなくても、錆びることは まずありませんでした。
設備更新時には、黒光りした鋳鉄ロールを 廃棄旧設備からわざわざ転用してほしい、とおっしゃるユーザーもおられました。

この黒光りする四三酸化鉄被膜を人工的に作って 使用初期の赤さびを防止したものが、商品名‘ブラックロール’とよばれる 当社の自信商品です。
発売から30年の実績を誇ります。

ところが 最近、この 人工くろがね処理を施した製麺ロールの腐食が、目立つようになりました。
製麺ロール交換修理実績を見て、そう感じます。
ステンレス鋼製の製麺ロールへ交換することも、多くなりました。

原因は、いろいろ考えられます。

その懸念材料として まず考えられるのが、人工くろがね処理を施す基材である 鋳鉄製ロール自体の品質です。
鋳鉄の品質は、ひと昔前と比べて 劣ってきているかもしれません。

当社で製麺ロール用に使用する鋳鉄は、遠心鋳造という 特殊な製法で作られています。
外側が硬くて緻密、内側が柔らかくて靭性、といった特徴を持つ、ロール材料に適した鋳鉄です。

ところで 国内の鋳物業界は、近年、3K(きつい、汚い、危険)職場の代表格とみなされ、往時の勢いはありません。
いきおい、国外で生産された鋳物に 圧倒されています。
安価な外国製の鋳物が粗悪品だとは言い切れませんが、国内製の鋳物も競争原理で 質よりも・・・、となってしまいます。

ただ、いくら安くて かつ まあまあの品質でも、出荷品の不良品率2割くらいは当たり前、といった感覚の工場で作られたものを採用することは、当社はできません。
そういう商品は、もの作り姿勢が、根本で当社と違います。

当社は 現在、国内のしっかりした鋳造メーカー製品を融通してもらっていますが、特殊仕様に対する対応や納期に、満足はしていません。
品質に関しても、細かいことを要求できないのが、現状です。
ただし、表面処理技術には、なんの懸念も持っていません。

次に 原因の懸念材料は、製麺ロールの使用される環境です。
例えば、もうもうと蒸気の煙るところで というような、特殊な環境で使用される設備には、以前から それなりの対策が施されてきました。
問題は、使用環境条件に特別な設計配慮を施さなかった設備の置かれている環境が、腐食しやすい環境に変わった、ということです。

製麺室のオゾン殺菌は、その例です。
オゾン殺菌設備を製麺室に導入された途端、機械設備の錆が 急激に目立つようになった という例は、数多くあります。
当然、製麺鋳鉄ロールの腐食も避けられません。

問題の原因懸念材料で 最も確率が高く、また最も範囲が広いのが、麺に投入される添加物です。

ソルビットという、麺質改良添加物があります。
正しくは「ソルビトール」といいますが、保水効果があり、麺だけでなく かまぼこや、また、保湿化粧品にも使用されています。
公認された食品添加物であり、約された使用量では なんら問題はないはずです。

ところが、ソルビットを添加した製麺ラインの鋳鉄ロールが、腐食の進行が速い。
因果関係を理論的に言い当てることは いまのところできませんが、ソルビットが、鋳鉄の腐食に なんらかの影響を及ぼしていることは、事実です。

ソルビットは、鋳鉄ロールの腐食を速める添加物の、一例に過ぎません。

シンプルな食品のはずの麺が、ものによっては 実は、さまざまな添加物の入った食品だ、ということです。

ここで、そういう麺を だからこうなのだ、と言うつもりはありません。
ただ、鋳鉄ロールの腐食を速める物質が、人間の体にいいはずはない という感覚が、あと味悪く残ります。


いまの世は 清潔好きで、ばい菌 とか、腐る とか、錆びる とか、大嫌い。
でも、ほんとうは、それっておかしいことなんですよね。
腐ったり錆びたり、それが自然なんですよね。
防腐や防錆ということは、実は きわめてエゴイストな行為なんです。
人間のエゴです。

手塩にかけて製作した製麺鋳鉄ロールが、無残な姿で引き上げられてくるの見て、こんな碌でもないことを考えてしまいました。

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エニシダは、五月の香り

2011-05-12 16:01:03 | Weblog
エニシダは、朝、ほのかに薫ります。

咲き切らない、咲き出しの頃、みずみずしい香りです。

高原のそよ風に似た、五月の香り。

まるで、気づかれないように と、薫っています。




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高村薫さんの「この寄辺のなさから脱却するために」を読んで

2011-05-10 16:59:19 | Weblog
3月11日からいままで、新聞の切り抜きを クリアファイルに綴じ続けています。
朝日新聞だけですが、震災と津波と原発事故に関する記事で 心が震えたものを、切り抜いています。
目的はありません。
ただ「寄辺のなさ」から、そうでもせずにおれない。

でも その数も、だんだん減っています。
記事の数も減っていますが、むなしさが切り抜く動機を減らしています。
16年前の阪神・淡路大震災のときとは異質の、むなしさです。

何が違うのか。
ぼく自身の年齢ということが、大きいと思います。
発生場所の近い遠いということも、あるでしょう。
それにしても、災害の大きさと驚きがつりあっていない。
作家・高村薫さんの表現を借りれば、「半分目を開いて半分閉じていて、絶望もしきれないし希望ももてない、という中途半端な心象」なのです。


そんなとき、毎月購読している雑誌『いきいき』に載っていた 高村薫さんの「この寄辺のなさから脱却するために」と題した寄稿文に出会いました。
寄辺がひとつ見えた気がします。

こんな見出しが、まず目につきました。
 ---地震国の日本で原発は止めると決める。そうすれば、心にひとつ安心が生まれます。---

このたびの災害で いらいらする最大の理由は、原発事故です。
発生したものは しかたがない。
これからどうするか、です。

原発反対の声にも、賛成の声にも、戸惑いが感じられます。
その原因は、人間のエゴから発しています。
電力が足りなければ、産業が動かない。
そうなれば、生活が立ち行かない。
貧しくなる不安と、命の不安の交錯です。

それでも と、高村薫さんは発信されている。
  ---どんなに電力が足りなくても、地震国の日本だから、原発は止めると決断する。どうやって止めるか、後はどうするのか、そういったことを言い合う前に、とにかく止める。
   そうすれば安心が生まれます。晴れない心にひとつ安心ができます。いまの日本にいちばん足りないのは、将来に対する安心です。貧しくなる不安と命の不安だったら、命の不安のほうがずっと深刻なことは言うまでもないでしょう。

そうなんです。
地震も津波も怖いけれど、防げません。
原発の不安は、止めれば消える。

高村薫さんは、こう続けます。
  ---ひとつでも不安を減らすことができれば、日本人の心象が変わります。それが新しいエネルギーが生まれてくる条件だと思います。
  ---電力会社とメーカー、経済産業省と政治家が半世紀押し進めてきた仕組みと決別する。当面は苦しいけれど、踏み出せば、新しい産業やいろいろなものが一気に動きだします。世界がうらやむような新しい社会が築けるかもしれない。そういう国を子どもたちに残さなくてはなりません。

これは、産業革命以来の 生活スタイル変更への、大きな大きな挑戦です。
エネルギーを使いまくって 豊かに暮らしてきた生活からの脱却です。
高村薫さんは、これを次の言葉で凝縮表現しています。
  ---少なくとも、窓が開けられるような暮らしにしなくては。---


菅総理は浜岡原発停止を要請し、中部電力はこれを受諾しました。
正常な流れでしょう。
菅総理には、もっと大きな決断が待っています。

これまでのエネルギー政策の、根本的な見直しです。
それは、原発賛成反対などとは次元の違う、日本人の生活スタイルを問うものです。
‘原発解散’と銘打ってもいいでしょう。
菅総理は、国民ひとりひとりに訴えかけるべきです。
ぼくたちは、選挙という手段でしか 国政を動かせないのですから。


高村薫さんは、この寄稿文で こう結んでいます。
  ---未来が見えてくる社会にならなければ、それは、復興したと言えない。---

原爆を二発も浴びたこの日本こそ、原発に決別した 安心な未来が見えるエネルギー社会にならなければならない。
そういう社会を、子や孫に残したい。

高村薫さんの「この寄辺のなさから脱却するために」を読んで、心底から そう思いました。
コメント (1)
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阪急電車

2011-05-09 11:14:58 | Weblog
JR大阪駅グランドオープンにでかけました。
人ごみが苦手なくせに、ミーハー精神は衰えを知りません。
でも さすがに疲れました。

疲れると、碌なことを考えません。
疲れた自分の足が人波に流されていると、映画『阪急電車』の冒頭に現れる 高瀬翔子役の中谷美紀の独白が、頭をよぎりました。
---名前も知らない人達は、私の人生に何の影響ももたらさないし、私の人生も誰にも何の影響も与えない・・・
  世界なんて、そうやって成り立っているんだ・・・

人のちょっとは少なそうな サウスゲートビルへ。
大丸9階紳士服売り場は、予想通り すいていました。
デパートへ行くといつも感じるのですが、紳士服売り場は いつもひと気が少ない。
男と女は半々のはずなのに、服飾市場を動かしているのは、間違いなく男ではない。
どうでもいいことに ちょっとさみしい思いをしながら、このフロアにある喫茶「ヒロコーヒー」で一休みしました。

ぼく好みのうまいコーヒーで 疲れが和らいだころ、『阪急電車』の続きを想っていました。
あの魔法のような出会いの空想が 心をさらに和らげて、廻りが見えてくるのです。

隣のカウンターで クラブハウスサンドイッチを不器用に食べている きっと何かに腹を立てている顔の中年女性、テーブル席の客がこぼした水を マニュアル以上の親切で始末している 鼻筋の通ったウエイター・・・
自分とは何も関係ないはずの他人を、不思議に身近に感じている自分。
そして、そういう自分が嫌いでない自分。
きっと、あの映画のせいです。


映画『阪急電車』は、とてもいい映画です。
無縁社会という 厭な言葉をぶっ飛ばす力を、授けてくれます。
主役は 萩原時江役の宮本信子だと、ぼくは思います。
魅力的なばあさん、あの強さと優しさ、やっぱり阪急今津線の老婦人だなぁ。

パンフレットに、こうありました。
(聞き手) 濁りがない人だと思います。強いからでしょうか。
(宮本信子) ちゃんと生きてきたからじゃない? 時江さんは、自分が何か言っても、その言葉が相手に受け入れられることを期待しているわけじゃないから・・・


なりたい、でもなれそうにない老人像です。

映画『阪急電車』は、ほんとにとてもいい映画です。
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近江に感謝

2011-05-07 18:27:48 | Weblog
ブログを通じての大先輩である 柳居子さんから、いい本をいただきました。
松浦俊和著『近江 古代史への招待』(京都新聞出版センター刊)。
ぼくの半分の血が 江州人であることを、知っていてくださったのです。
すっきりした装丁に 判りやすい文章。
考古学者から眺めた古代近江が、すんなり入ってきます。
改めて 近江という地を、身近に感じることができました。


滋賀県 と言えば、近江 すなわち琵琶湖ですね。
近江は、琵琶湖という 日本一大きな淡水湖を指すと同時に、滋賀県全体を表わしています。
滋賀県は、琵琶湖なしでは考えられません。
滋賀県だけではありません。
京都はもちろんのこと、琵琶湖を源とする淀川に潤されている下流域の大阪も そして兵庫の一部も、琵琶湖の恩恵なくしては ありえないのです。

京都には、疏水があります。
京都の先人の偉業である疏水は、京都人の誇りであり、同時に命綱です。
飲料水や灌漑用水のため、だけではありません。
京都に疏水があることで、京都人は身も心も、どれほど潤っていることか。

愚かにも 長いあいだ、疏水は固有名詞だと思っていました。
ぼくの頭の中の疏水は、正しくは「琵琶湖疏水」だったのです。
水道の水は琵琶湖の水 ということが、意識にのぼらないほど 当たり前だったのです。

30年くらい前になるでしょうか、水道水が そのままでは飲めないくらい生臭くなったことがありました。
琵琶湖の富栄養化による赤潮が原因でした。
水道の水は琵琶湖の水、ということをはっきり意識したのは、このときでした。
仕事の関係上、廃水処理について少し勉強していたときです。

「琵琶湖条例」という、当時 瀬戸内海条例より厳しいと言われた環境保護条例が施行されたのは、その頃です。
すべての思考が 産業と消費の視点から出ていたあの時代に、滋賀県民は よくぞ立ち上ってくれました。
悲鳴をあげている琵琶湖を前に なんとかしなければ との思いが、滋賀県民の協力を産んだのでしょう。
滋賀県民の 琵琶湖への愛情だったと思います。

琵琶湖は 閉鎖性の高い湖で、19年に一度しか 水が入れ替わらないといいます。
あのとき 滋賀県民の決意がなければ、ぼくたちは 未だに臭い水を飲まなければなりませんでした。


きわめて個人的なことなのですが、ぼくが通っている歯医者さんは、近江八幡市にあります。
なんでまた そんな遠いところまで と、よく揶揄されます。
近江八幡市のこの歯医者さんが とても親切だからなのですが、どうも それだけではなさそうです。
新快速の車窓から眺める近江の風景が、こんもりと木々に覆われた里山が、気持ち良いのです。
車窓から見えなくても、琵琶湖を感じることができる。
ただそれだけで、気持ちがいいのです。

近江に感謝です。
近江を再認識できる機会をいただいた柳居子さんに、感謝です。

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