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つれづれ

思いつくままに

五三に繋げ 我ら今生く

2011-02-25 11:38:18 | Weblog
     六二三(ろくにいさん)、八六八九八一五(はちろくはちきゅうはちいちご)、
     五三(ごさん)に繋げ 我ら今生く     <岸和田市・西野防人さん 作>

これは、今年1月の第27回朝日歌壇賞に 選者の高野公彦氏が選んだ歌です。
この歌を、2月20日付けの朝日新聞「声」欄で知りました。
尾道市の84歳になる岡野幸枝さんの その投稿文に、こうありました。
「数字だらけの歌がなぜ選ばれたのか 疑問が解けないまま、1月31日の天声人語でその意味が判り、ガムを噛むように この歌を復誦しました。・・・終戦65年を過ぎて、平和ボケが甚だしいからでしょう。特に冒頭の『六二三』の意味が解らなかった自分を恥じます。今でも基地問題で戦後を引きずっている沖縄の人たちにとって重要な日を失念していたことを、申し訳ないとお詫びしたい。」

わたしが解説するのも気恥ずかしい限りですが、六二三は沖縄戦終結の日、八六八九は広島と長崎に原爆が落とされた日、八一五は終戦の日、そして五三は新憲法施行の日。

尖閣諸島や南千島四島の領土問題が、かまびすしく取り沙汰されています。
それに絡めて、憲法改正が急務だという意見を しばしば聞くようになりました。
今の憲法は、時代遅れだと。
今を生きる私たちは、よぉーく考えなければなりません。
その時々の状況に応じて変化すべきものと、どのような時代でも変わらないもの、いや 変えてはならないものとを、はき違える愚だけは、侵してはならない。

いま わたしたちがあるのは、六二三があり、八六八九があり、八一五があったからです。
そして、西野防人さんが歌われたように、もう二度と同じ過ちを犯してはならないと、五三に繋げたのです。

「五三に繋げ 我ら今生く」の深い深い意味を、決して失念してはならないのです。

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望郷のバラード

2011-02-24 13:35:20 | Weblog
わたしがヴァイオリンの音色が好きだと話していたことを覚えていてくれて、気功太極拳教室仲間の梶谷さんが 素敵なものを貸してくれました。
天満敦子のCD『Balada』と、著書『わが心の歌・望郷のバラード』。


正直言って、ヴァイオリニスト・天満敦子の演奏を聴いたことはありませんでした。
どんな奏者なのか、全く知りませんでした。
でも、CD一曲目の<望郷のバラード>を聴いて、音楽音痴のわたしが、これはすごいと思いました。
まるで、修行中のお坊さんが 透きとおるような声で、誰に聞かせるともなく つぶやくように読んでいる、張り裂けんばかりに悲しいお経みたい。

か細い音で 思わずプレーヤーのボリュームを大きくしたのですが、なんの それは出だしだけで、抑えた音なのに 心臓にグイグイ響く音量に、圧倒されてしまいました。

それにしても、なんと悲しい旋律なのでしょう。
その訳が、『わが心の歌・望郷のバラード』を読んで ちょっとだけ理解できました。
天満敦子さんは、文才にも長けてるんです。
ルーマニアの悲しい歴史から、早世の薄幸作曲家・チプリアン・ポルムベルクの魂の叫びとして 生まれたのですね。

トランペットの音色は、男の悲しみだといわれます。
ならば ヴァイオリンの音色は、女の悲しみなのかも知れません。
ヴァイオリンの小さな胴体は、女性の体を模しているそうです。
弦は羊の腸、弓は馬の尻尾の毛、それらが擦り合わさって発する音を、胴体で孕ませる。
ヴァイオリンの音色は、女の悲しみに違いありません。


<望郷のバラード>という哀切のメロディーを知り、天満敦子という骨太のヴァイオリニストを知った悦び。
ますます ヴァイオリンの音色が、好きになりました。
気功太極拳教室仲間の梶谷さんに、感謝です。

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柔よく剛を制す

2011-02-18 17:25:36 | Weblog
今はもう見られなくなった光景に、床屋さんの剃刀研ぎがある。
片方を壁に結わえて 左手で引っ張った細平たい革で、右手でしなやかに持った剃刀を、行きと帰りでタイミング良く裏返して 研ぐのである。
あの光景は、床屋さんを“職人さん”として崇める 最大の理由であった。

考えてみれば、不思議なことである。
一見柔らかそうな革の表面に 鋼のような硬い金属を研ぐ力が、どうして備わっているのだろう。


ところで 当社の製品の話になるのだが、製麺ロールの表面は なるべく硬くしている。
ことに 和そば製麺においては、そば粉の持つ強い研磨性に負けないよう、和そば製造ラインに用いる製麺ロールの表面は マイクロビッカース硬さで650以上であることを、当社の基準としている。
防錆性をも兼ね備える 当社の看板商品「ブラックロール」が、これである。

製麺ロールには、ロールカスリが付き物である。
ロール表面に付着する麺屑層を剥し取る役目の、スケッパーだ。
このロールカスリに、いろいろ苦心し、泣かされてもいる。

極端には、ロールカスリの要らない製麺ロールの需要。
それなりに、この需要には答えてきている。
しかし、あまり 大きな声で言えないことなのだが、ロールとロールカスリは夫婦みたいなもので、女房に死なれた旦那のみじめさは 言わずもがな、なのである。

ロールが鋳物やステンレス鋼(鈍らでは使い物にならないから、たいていは「窒化処理」を施している)の場合、製麺ロールのロールカスリ材質は 真鍮板が最適であることは、製麺機械100年の歴史が証明している。
なのに、ロールカスリを樹脂製にせよ、と。

ここで、冒頭の‘なめし革で剃刀を研ぐ’からくりに至るのである。
ロールカスリを樹脂製にせよ とのご要望には、食品用樹脂の衛生面だけでなく、樹脂は柔らかいから ロール表面を傷つけはしまい、という素朴な思考が働いているに違いない。
ところがどっこい、「柔よく剛を制す」なのである。

少しややこしい話になるが、たとえばロールカスリの材質が「塩ビ」だとしよう。
塩ビ製カスリの先端など すぐに丸くへたってしまうから、ロール表面に付着したそば粉滓を、おいで とばかりに呼び込んでしまう。
呼び込まれた そば粉滓に含まれる研磨性成分は、柔らかい塩ビ製カスリの ロールとの擦り面に埋め込まれる格好になる。
まるで、砥石みたいになる訳だ。
いくらロール表面を滑らかに 且つ 硬くしても、これで傷が付かないほうが おかしい。
この傾向は、ロール周速が大きいほど べき乗級数的に増す。

蛇足ながら、樹脂の熱膨張係数と金属のそれとでは 10倍以上の開きがあることも、大きな障碍である。
冬場にちゃんと合せた勘合は、夏場にはキチキチどころか、ロールカスリがロール表面から浮いた状態になり、スケッパーの役目を果たさない。
夏場にきっちり勘合しても、冬場になるとスキスキで、両隅に擦れない部分が生じてしまう。
樹脂は、少なくとも金属製の製麺ロールの いい女房には、なれないのである。


「柔よく剛を制す」のことわざが裏目にでた 悩めるクレームに向き合いながら、床屋さんの剃刀研ぎを 懐かしく思い出していた。

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マイ・バック・ページ

2011-02-14 17:05:16 | Weblog
第一印象というものに、以前のわたしは かなりの自信を持っていた。
ところが 最近、この第一印象が ことごとく覆されている。
『マイ・バック・ページ/ある60年代の物語』を著した、1944年生まれの川本三郎氏も、そのひとりだ。

先日 わたしのお気に入りの喫茶店で、川本三郎氏著『いまも、君を想う』を読んでいた。
三年前に失くされた奥さん、ファッションジャーナリストの川本恵子さんへの、思いの丈を綴った単行本だ。
喫茶店のBGMに、ジョーン・バエズが歌う<ドンナドンナ>が流れていた。

ある雑誌に 川本氏が語っていた言葉が、いまでも引っかかっている。
「本当に重たい経験をした人は、多くを語りたがらない」
わたしは、そんな‘本当に重たい経験’をした訳でないから 多くを語り過ぎるのだが、そのことを 自嘲気味にいつも後悔している。
ところが、ジョーン・バエズのドンナドンナを耳にし、勘違い的に反発を感じていた川本氏が 奥さんへの思いを あんなに人間味ある文章で綴られると、自分も同世代の人間として、60年代後半のマイ・バック・ページをめくり返さないではいられなくなる。


2月6日付けの新聞に、永田洋子死刑囚が東京拘置所で病死したと報じていた。
わたしと同い年である。
同記事に、瀬戸内寂聴さんが、「死刑ではなく、病死と聞いてほっとした」と語っておられた。
わたしも同感である。
永田死刑囚が起こした事件は、絶対に許されることではない。
でも、なにか とても悲しい。
永田死刑囚と紙一重の違いで、心情的にせよ、あの時代を生きた同世代人も多くいるはずなのに。

永田死刑囚らが起こした山岳ベース事件での集団リンチ殺人、そして ニューレフトの終焉を知らしめた<あさま山荘事件>への流れは、窮地に追い込まれた人間が辿る 最も醜い姿であった。
一般市民の心情から完全に浮いてしまった新左翼運動は、味噌も糞もいっしょくたに 葬り去られてしまった。
たぶん、あの時代の多くの同世代人は、自分なりの距離を置きつつも、ニューレフトの学生たちが必死に叫び続けていた「自己否定」に、なんらかの心の動きを感じたはずである。
体制をぶっ壊す などという、大げさなことではなくても、体制に知らず知らず加担している自分に ふっと気付いて、自己を罰したこともあったはずである。
強弱の差はあれ、それぞれの「自己否定」は、自分自身の生き方を真摯に見つめなおす きっかけになったはずである。
わたしも、そのひとりであった。

なにが悲しいかと思うに、あの時代を生きた者にとって あんなに大切な時代を、腫れもの扱いして葬り去った社会の流れである。
あんなに輝いていた時代を、無理してでも忘れ去ろうとした自分である。


映画『太平洋の奇跡』を観た。
サイパン戦を描いている。
敵対するひとりの日本人将校、大場大尉という主人公に、尊敬の念を抱いていた 元アメリカ海兵隊員の目を通して書かれた戦史叢書を、基にしているらしい。
大場大尉役の竹野内豊はじめ、スタッフもキャストもすべての関係者が、“戦争を知らない世代”である。
わたしたちの親の世代が観たら、これが戦争映画かなぁ、と思うかも知れない。
きわめて乏しい戦争知識しか持たない わたしでも、ちょっと違和感を持ったのは、否めない。
でも、いい映画だと思った。
人間のどうしようもない醜さを これでもかこれでもかと見せつけられるよりは、いやらしい悪人のいないこの映画には、救いがある。
正しく生きることへの勇気を、湧き立たせてくれる。
戦争を知らない世代の、新しい、たぶん正しい、戦争認識の兆しだ。

60年代後半から70年代初めを走り抜けた同世代人では、おそらく描けない映像が、戦争を知らない世代の戦争映画『太平洋の奇跡』と同様に、映画『マイ・バック・ページ』として、近々観られそうである。
あの時代を知らない世代の役者さんたち、妻夫木聡や松山ケンイチが、川本三郎氏の『マイ・バック・ページ』を どう表現するのか、いまから楽しみである。
あの時代を回顧的に美化するのではなく、あの時代を知らない新鮮な目で真剣に眺めて、はっとするような息吹を吹き込んだ<マイ・バック・ページ>であってほしいと願っている。

次へつながる鎮魂歌であってほしい。
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俳句のような映像

2011-02-03 19:19:05 | Weblog
テレビっ子のわたしとしましては、コマーシャルメッセージも “テレビ”のうちです。
だから、本編のドラマがいくら感動的でも、それをたびたび分断するコマーシャルが不愉快だと、本編まで色あせてしまうのです。
ところが、その邪魔者のはずのコマーシャルで、本編まで耀いて見えてくるのがありました。
大和ハウスのCMです。

深津絵里とリリー・フランキーが奏でる、15秒ドラマ。
まさに“映像の俳句”です。

「また、どうでもいいことで けんかした」の夫のつぶやきではじまる、ショートショートストーリー。
「どうでもいいと思っているところが、すでにダメ!」と、妻の声。
「あれ、おれが悪いの?」
「あやまれば許してあげる」
「おれは簡単に頭を下げる男じゃない」
そう言う夫が こわそうな得意先さまに深々と頭を下げている映像に、思わず、あれっおれとそっくり、なんて思ってしまいます。

このCM、最後の最後まで泣かせてくれます。
「トシとっても大事にしてあげない」
「いいさ」
「けっとばしちゃうかもよ」
「いいさ。そのかわり、おれより長生きしろよ」
夕暮れの住宅街、みやげを持った夫が、駆け寄る妻と見上げる我が家・・・

どこにでも転がっていそうな日常を これほど魅力的に映像表現されると、CMであることも忘れて、繰り返し見たくなります。

コラムニストの天野祐吉さんが、朝日新聞のコラム『CM天気図』に、このCMについて 実にうまいコメントをされていました。
<「国民の生活」が大事だと訴える政党は、これをそのまま、選挙用のCMに使わせてもらったらいいんじゃないの?>
そうそう、‘難破船で助け合う仲良し三人組のおじさん’CMを しつこく流していた政党が ありましたっけ。
センスの差、なんでしょうかねぇ。

家を買うなら 大和ハウスにしようかな・・・?

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