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つれづれ

思いつくままに

従属栄養生物

2009-12-10 16:32:08 | Weblog

従属栄養生物。
つい最近、知った言葉です。
成長や生活に必要な栄養素の供給を 体外の有機物に依存する生物を、こう表現するのです。
人間も、もちろん 従属栄養生物です。

この言葉を知ったとき、わたしは ちょっとショックでした。
人間は、万物の霊長というけれども、もともと、自分ひとりでは 成長することも 生きていくこともできない生き物なのだ ということを、「従属栄養生物」という 耳慣れない言葉を通じて、鮮明に自覚したのです。

従属栄養生物に対比する言葉に、「独立栄養生物」があります。
栄養素として無機化合物を摂取し、それらを原料として 体内で必要な有機化合物を 独力で合成していく生物のことです。
二酸化炭素と水とから 糖を自力で光合成する緑色植物は、その典型です。
なんだか 緑色植物のほうが、人間よりずっとずっと偉く思えてきました。

ところで、動物が呼吸する上で必須の酸素も、かっては その高い反応性のため、細胞を壊す有害な成分でした。
しかし はるか大昔、酸素の高い反応性をうまく利用すると、有機物からエネルギーを非常に効率的に取り出せることに気づいた原核生物が、いました。
ミトコンドリアは、その代表です。

21億年前ころ、子孫を増やすのに欠かせないDNAを 酸化から守るために、二重の細胞膜を作った生物が現れます。
この生物は、大切なDNAを 二重膜で守られた核質内に納め、酸素を使ってエネルギーを取り出す原核生物を その外の細胞膜内に取り込んで共生していました。
この生物こそ、人間のような多細胞生物の原形で、これを「真核生物」と言います。
人間の祖先は、もともと阿漕な生き物だったのです。

SF小説『パラサイト・イヴ』は、真核生物にとり囲まれて 細胞内のエネルギー発生機関になってしまったと考えられていたミトコンドリアが、実は、遺伝子レベルで意志をもち、高等生物となった人間を 逆に支配しようとする、空想物語でした。
でも まんざら、空想とばかり言ってられないのでは、と思えてくるのです。

20世紀が 思い上がった人間の100年なら、21世紀は、反省する人間 そして悔い改める行動をする人間の100年としなければ・・・
人間よりずっとずっと偉い独立栄養生物である緑色植物を 摂取して生きている従属栄養生物の人間が、おのれの贅沢すぎる欲望から 森林伐採するような、緑色植物の嫌がることをしていて 良いはずがありません。

「従属栄養生物」という言葉を知って、深く感じた想いです。

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千本釈迦堂の大根焚き

2009-12-08 12:48:35 | Weblog
千本釈迦堂の大根焚きへ、行ってきました。

ずっと むかし、祖母に連れられて来て以来です。
まだ 中風封じのご利益にすがる年齢でもありませんが、ちょっと覗いてみたい という気分になったのです。
祖母は、「だいこたきさん」と言っていました。

かすかな記憶では とても寒い季節の行事だと思っていましたが、今日は、冷たい風が 襟筋をゾクッとさせるものの、手袋なしで 平気です。

12月8日は、お釈迦さまが悟りを開いた日で、大根焚きは これを記念して行われる厄除けの供養です。
丸々とした聖護院大根を切って供え、その切口に梵字を記して 無病息災を祈願した大根が、油揚げとともに大釜で焚かれ、参拝者に振舞われます。

聖護院大根は 近年、需要に供給が追いつかなくなり、いただいた大根焚きは たぶん、長大根だったでしょう。
でも 祈願生大根として売られていたのは、正真正銘 丸々とした聖護院でした。
諸病平癒を願って、ひとつ買ってかえりました。

大根焚きの季節になると、なんとなく師走のせわしなさが 背中から迫ってきます。

毎年の、京都の師走の始まりです。

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高校三年生

2009-12-03 09:05:19 | Weblog
数日前の新聞の片隅に 小さく載った記事。
<「高校三年生」作詞者 丘灯至夫さん死去>の報を、見た。
92歳だった。

丘灯至夫(おか・としお)という名を 覚えている人は、少ないと思う。
でも 「高校三年生」の歌は、昭和30年代後半に 青春の日々を送った人たちにとっては、好き嫌いは別として、忘れられない曲では ないだろうか。
たぶん、「高校三年生」を嫌いという人は、少ないだろう。
きっと、想い出が ぎっしり詰っているのに 違いない。

    赤い夕陽が 校舎をそめて
    ニレの木陰に 弾む声
    ああ 高校三年生 ぼくら
    離れ離れに なろうとも
    クラス仲間は いつまでも

遠藤実作曲の「高校三年生」のメロディーも、それを唄った 舟木一夫も、あの時代に 最も相応しい魅力を持っていたからこそ、あのような大ヒットになった。
しかし、丘灯至夫作詞の 当時の高校生の心を震えんばかりに捉えた 歌詞の力が、あの歌の真髄だと思う。

    泣いた日もある 怨んだことも
    思い出すだろう なつかしく
    ああ 高校三年生 ぼくら
    フォークダンスの 手をとれば
    甘く匂うよ 黒髪が

むずかしい言葉は、使われていない。
常日頃 思ったり使ったりしている言葉で、すなおに表現しているに過ぎない。
でも あの歌詞を口ずさむとき、10代の後半を必死に生きた日々が 胸をはりさく如く 蘇るのである。
 
    残り少ない 日数を胸に
    夢がはばたく 遠い空
    ああ 高校三年生 ぼくら
    道はそれぞれ 別れても
    越えて歌おう この歌を

丘灯至夫さんのご冥福を、心から お祈りいたします。

    
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