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つれづれ

思いつくままに

高齢化日本

2009-04-28 14:02:30 | Weblog
65歳以上の人口が総人口に占める割合を 高齢化率と言いい、この率が21%以上になった社会を 超高齢社会というのだそうです。
日本は、2007年に超高齢社会となりました。

本来 長寿は、よろこぶべきこと。
なのに 年金問題にからんで 日本全体に、高齢化は「諸悪の元凶」のごとき雰囲気が漂っています。
ゆくゆくは姨捨山へ行かにぁ あかんのかいな、還暦祝いを迎えた世代を、冗談でも そんな気分に追いやるのは 悲しいことです。

還暦祝いを迎えた世代ばかりではありません。
男30歳代 と言えば、いちばん輝くときです。
その「輝ける年代」の日本男児が、萎縮しているのです。

『35歳1万人アンケート』が、報道されていました。
「親が自分にしてくれたことを、わが子にしてやれないのが 悔しいです」
レポーターにそう語る 高学歴の35歳男性、大家族が夢だったようです。
手取り16万円のサラリーでは、二人目の子供が欲しくても、産むことに躊躇するというのです。
「5年間付き合っていた彼女がいましたが、いまの給料では 結婚しても子供を育てる自信が持てなくて、別れました。共稼ぎすれば とも考えましたが、子どもがかわいそうで、あきらめました」
こう語っていたのは、福祉の仕事に就いている 35歳男性で、給料は15万円。
介護士の資格を取って 40歳までには結婚したい、そう結んでいました。
彼らは まじめな生活者に違いない、映像からは そう見受けられました。
このような現状は、とても残念です。

日本の人口が爆発的に多い世代の代表、それが いま60歳と35歳です。
それだけに、これら世代が活気ある生活を送れるかどうかが、この日本が住み良い国であり続けられるかどうかを決定付ける 大きな判断材料となるでしょう。
これら世代、それは まさしく、わたし達の世代と その子ども達の世代なのです。

団塊の世代の少し前を走ってきたわたしは、これまでの生活をふり返って 自戒をこめて「なにか間違っていたぞ」と思います。
80年代 90年代が、わたしの実のある記憶から すっぽり抜け落ちているのです。
必死で生きてきたつもりでした。
が 実際は、この20年間は 夢遊病者のようなものだった、そう つくづく思います。
バブル経済に踊らされ、バブル崩壊にもてあそばれて、政治や世界情勢に疎い 仕事ばかりで視野の狭い、睡眠薬の常習犯となっていたのです。
60年代後半、ベトナム戦争にあれだけ関心を向け、ノンポリながら 社会派を自認していたにも関わらず、です。

鬱病同然に 自分のなかに閉じこもっていたあいだに、世の中は 大きく変わっていました。
プラザ合意、その名前すら わたしの認識のうちになかったのです。
GATTからWTOへの移行も、眼中にありませんでした。
ベルリンの壁が壊されて 巨大国ソ連邦が崩壊し、冷戦終結で 世界中にアメリカの影響力とその反発が高まっていくなか、テレビゲームのように報道される湾岸戦争も、よそ事のように通り過ぎていました。

ようやく目が醒めだしたのは、9.11同時多発テロ事件のころからです。
安全な相合傘になってくれると思っていたアメリカは、気が付けば“わがままな保安官”になっていました。
ノーモア広島を心底願っていたはずの日本は、北朝鮮問題に触発されたように、闘争的防衛を 政治家が公然と口にするだけでなく、憲法を変えてまで 朝鮮有事に備えるべきと主張しだしました。
『箒星(ほうきぼし)が出たら、また戦(いくさ)が起こるのではないか』
生き残ったひめゆり学徒隊の語り手・比嘉文子さんの この言葉が、まだ眠気まなこのわたしを はっきり目覚めさせてくれました。

35歳の若者たちが この日本の未来に希望がもてるようにしなければ、ほんとうに日本は沈没してしまいます。
いまの閉塞状態を打ち破ることが 先決ですが、一個人の力が及ぶ問題ではありません。
有能なリーダーの手腕に期待しつつ、選挙などを通して しっかりとその能力を問いつづけるしか 手立てはないのでしょう。
彼ら若者には、歯を食いしばって 頑張ってもらうしかありません。

彼ら若者の親の世代である わたし達は、では どうすればいいのか。
その親の世代も、すでに「戦争を知らない世代」が 大半を占めるようになりました。
でも、何らかの形で、あの戦争の惨さを 若者達よりも切実に知っているはずです。
ほうき星が出ても 二度とあんな戦争を繰り返さないよう、この日本が 二度と同じ過ちを繰り返さないよう、声を出すことが わたし達世代の務めではないか、このごろ わたしは、そう 強く思っています。

ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英・京都産業大学教授は、昨年12月にストックホルムで臨んだ受賞講演で 自らの戦争体験に触れ、「反戦の覚悟」を強調しました。
彼は、本当に9条が危ないという政治状況になれば 軸足を研究から反戦運動に移す覚悟を示したのです。
ひょうきんでシャイな益川教授を、学問だけでなく 人間として、わたしは尊敬します。

矍鑠(かくしゃく)という言葉があります。
足腰がしっかりとしていて 姿勢が良く、頭が冴えた カッコイイ老人のこと。
現実は 矍鑠からほど遠くても、近い未来の自分像として 気持ちだけでも そうありたいものです。
35歳の若者達に なるべく負担にならないよう、その親の世代は 体も心も しっかりしなければ・・・

高齢化日本の現実は、見方を変えれば、あるべき日本の新しい未来像を描く 絶好のチャンスなのかもしれません。

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神護寺薬師如来立像

2009-04-27 14:48:56 | Weblog
「抑(そもそも)高尾は、山うづたかくして鷲峯山(じゅぶせん)の梢を表(ひょう)し、谷閑(しづか)にして商山洞(しょうざんとう)の苔をし(敷)けり。巌泉(がんぜん)咽(むせ)んで布をひき、嶺猿(れいえん)叫んで枝にあそぶ。人里とを(遠)うして囂塵(きょうじん)なし。咫尺(しせき)好(ことな)うして信心のみあり。」
『平家物語』の文覚・勧進帳の場面で語られる、京都・高尾の名描写である。

4月下旬にしては 気温6℃の寒雨のなか、ひと気の少ない高尾・神護寺を訪ねた。
目的は、薬師如来像。

高尾の谷は、深い。
国道162号線から清滝川の谷底へ下りて、また 国道とほぼ同じ高さの神護寺まで、ちょっとした健脚向きの山のぼりだ。
山門を高く遠望する石段は 雨に濡れて黒ずみ、新緑をますます鮮やかに彩っている。
足元が滑りやすく、緑に気を奪われて、手が思わず手摺りを探してしまう。

山門を潜ると、山中とは思えない平地がひらける。
緑が、目に染みるほどに若々しい。
通年紅葉のもみじが ところどころに点在し、萌える若葉の色調を 際立たせている。
傘の布地を透けて洩れかかる若葉色をいっぱい浴びながら、金堂へ向かった。

金堂への幅広い石段 これを登って振り返る風景、五大堂と毘沙門堂の伸びやかな屋根が 眼下に望まれる この風景に、わたしは、ここを訪れるたびに、繰り返し 既視感に捕われるのだ。
初めて見る風景ではないのだから 既視感という表現はおかしいのだが、なんだろう、この懐かしさは 既視感としか表現できない。

神護寺薬師如来像は、かって わたしに、ひとつの転機となる決断を下してくれた。
高校二年の冬、なぜ神護寺だったのか 覚えていない。
ひとり ふわふわと 高尾山中を訪れ、黒漆の厨子のなかに直立する この薬師像を見上げて、ギクッとした感覚だけは、鮮明に覚えている。
たかが仏像なのに、むらむらと反抗心が湧いた。
くそっ 負けるもんか、そんな奮い立ちようだった。

好きな仏像は、たくさんある。
しかし、この薬師像には そういう穏やかな畏敬の親しみとは異質の、そう、痛いところをなじられて 挑みかかった親父の 憎らしげな睨みづらみたいな、苦々しい親近感を感じずにはいられない。

以前のように、間近から見上げることが叶わなくなった薬師如来立像は、距離をおいて照明に照らされ浮かび、あの凄みがはっきりと感じられなくなっていた。
でも、この像の前では、この歳になっても まだまだ、はなっ垂れ小僧なのである。
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鳩山さん!そんなこと言ってていいの?

2009-04-24 10:46:17 | Weblog

バカなことをしたもんです。
スマップ草なぎ剛クンの 公然わいせつ容疑事件。
でもね、あれくらいのことは 若いときにぁ 一度や二度あることです。
清純を看板にしていたタレントとしての草なぎクンだから あんな騒ぎになりますが、時効だから言いますけど、わたしも学生のとき 前後不覚に酔っ払って 構内をすっぽんポンで走り回ったこと ありますよ。
若気の至りってことでしょう。
まあ、草なぎクンも人に言われぬ深ぁい悩みごとが あるんでしょうね。

ほんとうの失態は、こんなくらいのことで「最低の人間」呼ばわりした 総務大臣、鳩山さん あなたでしょう。
まず、地デジ担当最高責任者のあなたが みんなにあやまらにゃならんのとちがいますか?
いけないことをしたには違いないけれど、草なぎクンはプライベートでの破廉恥行動、ところが あの中川昭一前財務大臣のベロンベロンは、日本を代表する重要な公務中ですよ。
草なぎクンを「最低の人間」となじるなら、あなたの同僚の中川さんは どう呼べばいいんでしょうねぇ。
草なぎクンを叱ったとおんなじ調子で、G7会見直後の中川氏を非難していたのなら、まぁ許してあげてもいいですがねぇ。


ほんとに言いたいのは、「地デジ」とやらのことです。
まず 地デジという呼び方、気に入らない。
なんでも略していえば、時代の先端を走っているとでも思っているんでしょうか。
まぁ それはいいとして・・・

地デジへの有無を言わさぬ変換は、電波放送業務の いわば提供者側の都合でしょう。
これこそ、お役所しごとです。
地デジ変換への理由は、一応 理解しましょう。
でも、地デジ対応テレビを買えない放送受信者に対する配慮がなさ過ぎます。
テレビを楽しみにしているお年よりのなかには、必ずしもデジタルテレビのような鮮明な画像を望んでいない人もいると思う。
むしろ、操作の難しそうな 天候によっては全く写らなくなるデジタルテレビよりも、白い雨の降るような画像でも なんとか受信できる 慣れ親しんできたアナログ放送のままでいい、そう思っているお年よりのほうが 多いのではないか。
そんなことより、デジタルテレビを買う金がない国民が かなりいるはずです。
だから、アナログテレビでも地デジを受信できるチューナーを せめて低所得者の家庭に無料配布するくらいの配慮が、あって当然でしょう。

政府がいま もっとも気を配らないといけないことは、貧困率の改善です。
それも、再配分後の貧困率を下げる政策を、最優先すべきです。
貧困率というのは、所得の多い順から並べて 真ん中に位置する人の年収の半分を稼げない人が、全勤労者の何%いるか、です。
そして、所得税などの課税や生活保護、年金の給付などが行われる前が「再配分前」、後が「再配分後」です。
日本は、再配分後の貧困率が 先進国中アメリカに次いで悪く、「貧困層に冷たい国」ワースト2位なのです。
平たく言えば、かっての「総中流階級」は崩れてしまって、金持ちと貧困者の二分化がはなはだしくなった、ということでしょう。
こういう状況は、過去の歴史を調べても、また 現在 問題を抱えている国情を見ても、不幸な出来事の起こリやすい条件なのです。
つまり、右翼化と左翼化がすすみ、穏健な中間層が貧弱な国家となる危険を はらんでいるのです。

地デジのことから、ついつい とり越し苦労ごとになりました。

草なぎクンは、地デジのイメージキャラクターなんかにならなかったら良かったのに。
それにしても、マスコミは騒ぎすぎです。
草なぎクンに肩入れするわけではないけれど、草なぎ剛よ、こんなことで へこたれるな!


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鑑真和上像

2009-04-20 17:28:51 | Weblog
花田清輝という 文芸評論家がいました。
35年前に 亡くなっています。
学生の頃、吉本隆明と並んで 前衛的論争を好む学生の間でよく話題にのぼった人物です。
わたしは、彼の書いた ちゃんとした書物を読んだことはありません。
だから、当時の学生たちが話す人物批評しか 理解度はありませんが、一件だけ 引っかかる文章がありました。
1960年に刊行された 「日本の彫刻」(美術出版社刊)のなかの、鑑真和上像についてのエッセイです。

《 わたしもまた、サラヴァンのように、しばしば、聖者について夢想しないわけではない。これは、わたしが乱世に生き、波たちさわぐ俗悪野卑なわたしの情念に、絶えず悩まされているためであろう。それかあらぬか、魂そのものが、肉体からぬけだして、悠々と、瞑目端座しているような鑑真像をみると、おそらく聖者とは、こういうものなのであろうと、一応、わたしといえども感動しないわけにはいかないが・・・しかし、率直にいうと、どうもその感動は、ながつづきしない。いったい、肉体をもつわれわれ人間が、かくもあざやかに外部の世界をきりすて、内部の世界へだけ閉じこもっていることができるものであろうか。そう思うと、なんだか私には、この肖像が、絵空事のような気がしてくるのだ。のみならず、---
 のみならず、わたしの独断によれば、聖者とは、外部の世界から内部の世界へはいってゆき、ふたたび内部の世界から外部の世界へもどってゆくような存在なのだ。世俗に超然として、ひとり孤高の心境を楽しんでいるような人物は、断じて聖者とは称しがたいのだ。したがって、そういう観点に立ってみるならば、精神的な、あまりにも精神的なこの肖像は、必ずしもわたしの理想的人間像ではない。
 むろん、わたしもまた、フェノロサ以来、高村孝太郎にいたるまで、多くの人々が、この肖像に、脱帽している事実を知らないわけではない。素朴なレアリストの手になる生硬で忠実な肖像にたいして慊焉の情をいだいている人びとが、みごとな抽象力をもつ魂のレアリストによってつくられたこの象徴的作品に驚異の目をみはるのは、思うに当然なことであろう。しかし、これらのレアリストは、わたしのいわゆる聖者と同様、内部の世界から外部の世界へ、ふたたび帰ってゆかなければならないのではなかろうか。》

花田清輝の、読点を多用した ものごとを斜めからみるような 独特なこの文章に大きく影響を受けて、わたしは、写真でみる鑑真和上像に 彫刻としての価値以上のものを見出せませんでした。
でも、心の隅っこに この文章に反発するものがあって、一度はちゃんと 拝まなければならないと思っていました。

以前に「天平の甍」と題した投稿文にも書いていますように、鑑真和上像には 40年以上前に2回拝顔してるはずなのですが、写真でみる像のイメージしか 残っていません。
去年の秋に 唐招提寺を訪れたとき、6月5日・6日の開山忌のときだけ 拝観できることを知りました。
ことし再訪できたらいいなぁと考えていたところ、奈良国立博物館で「鑑真和上展」が催されていることを知り、さっそく出かけていきました。

近鉄奈良駅に着いたのは 午後4時過ぎ、4時30分締め切り間際に入館して 閉館5時までの30分しかありません。
他にも観たい展示品がたくさんありましたが、急いで鑑真和上像へ進みました。

仏像は 本来の安置場所で見るのがいちばん、これが わたしの持論なのですが、おそらく薄暗いであろう御影堂で和上像を拝顔していたら、こんな感動は受けなかったかもしれません。
博物館などで仏像を観るときには 合掌したことがほとんどない 信仰心の薄いわたしですが、この鑑真和上像の前では 思わず両手を合せ こうべを垂れました。
ひとり孤高の心境を楽しんでいる? とんでもない。
見えぬ目で、御前に立つ者の心を ちゃんとつかんでいらっしゃる。
内部の世界とか外部の世界とか、そんな垣根など このお姿のどこを指していうのでしょう。
ただ見ているだけで 心が満たされる、そのとおりです。
この像の作者の、鑑真和上に対する 限りなく重い尊敬と 計り知れない深い愛情を、わたしは、はっきりと しっかりと 感じることができました。

ずっと引っかかっていた 花田清輝のエッセイに、やっと決着がついた思いです。

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特許の彼方に

2009-04-20 11:26:23 | Weblog
菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」をもじって、こんな題をつけました。
特許という、人間が人間に与えた特権に対して 近ごろ感ずる思いを 短い言葉に表せば、こんなキザっぽい表現になってしまいました。

ここでいう特許とは、「新規で有益な発明について特許法に基づいて独占権を付与すること、または付与された権利のこと」を指します。
その権利の有効期限は、出願の日から20年と定められています。

昨今 特に問題視されているのは 国際間の特許で、特許的に無法状態の産業振興国が他国の特許物件を無断で使用している事項です。
当事者にしてみれば、許しがたい行為です。
でも こういう行為は、まだ罪は軽いと言えなくもない。

他国で認可された特許を 法的に特許制度を持つ国の人間が あたかも自分が発明したかのごとく 自国で特許を認可されている、こういう場合が 本当の意味で「許されざる行為」でしょう。
しかし これとても、『他国で認可された特許』だと知りながら 自国で認可を受けた場合ばかりではないはずです。
いや、大半が知らずに・・・ではなかったかとも思われます。
でも 法的には、知らなかった では済まされません。
特許申請した者の罪なのか、それともそれを認可した行政の落ち度なのか。

こういう問題は、国際間どころか 自国内でも頻発しています。

出願された特許は、審査請求のあるなしに関わらず、書類上の不備だけをチェック(方式審査)して 出願日から1年6ケ月後に公報で公開され、審査請求のあるもののみ 審査が行われます。
その量は、いまや 想像を絶するとのことです。
特許庁の審査官が 1件の出願特許に費やせる時間は、たったの1時間と聞きます。
実用新案権に至っては、平成6年の法改正によって『盲判』同然となりました。

特許の審査内容の主なものは、つぎの通りです。
  1. 自然法則を利用した技術思想か
  2. 産業上 利用できるか
  3. 出願前に その技術思想はなかったか
  4. いわゆる当業者(その技術分野のことを理解している人)が 容易に発明をすることができたものではないか
  5. 他人よりも早く出願したか
  6. 公序良俗に違反していないか
  7. 明細書の記載は 規程どおりか

ここで いちばん問題なのは、4.の項目です。
いくら優秀な審査官といえども、たった1時間くらいの審査時間で「当業者が容易に発明をすることができたものではないか」を審査できるとは、とうてい考えられません。
「とりあえずOKの審判を下して特許設定登録するから、特許公報を見て 6ケ月間の異議申し立て期間内に“当業者”が よ-くチェックしてください」
穿った見方をすれば、そんなところではないでしょうか。
つまり、争いごとを煽っているようなものです。

本題に入ります。

特許などと言うと いかにも「発明」のように聞こえますが、少なくとも工業技術に関しては、すべて 先人の知恵を拝借しているに過ぎないのです。
俺が考え出した技術だ、なんて威張っている人間ほど、猿真似がうまいのです。

特許とは、はっきり言って 金儲けのための公的権利です。
特許こそ、「規制緩和」の対象とすべきだと、わたしは考えます。
世の中を明るくする技術ならば、誰が使ってもいいじゃないですか。

人類を真の意味でゆたかにする技術は、「特許の彼方に」こそある、そう わたしは信じています。


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ちょっとショッキングな悩みのレッスン

2009-04-14 14:25:44 | Weblog
歌う道化師こと 明川哲也さんが、朝日新聞の毎週土曜夕刊で、29歳までの投稿者の悩みに答える「悩みのレッスン」というコーナーを 受け持っています。
「つながるテレビ@ヒューマン」というNHK番組の『哲也の陽はまた昇る』で 彼のヒューマンな輝きに心引かれて、この新聞コーナーも 欠かさず読んでいます。
前回の20歳の女子大生の質問は、ちょっとショッキングでした。

『Q』
 命をすばらしいととらえる社会通念に反対です。
 単にセックスという穢れた行為の結果でしかないのに、なぜそれを神聖化しようとするのでしょう。
 生まれる前の世界では幸せを享受していたかもしれないのに、胎児本人が望むと望まざるとにかかわらず、有無を言わせず強制的に、この世という苦界に子を産み落とす。これが暴力でなくて、何でしょうか。だから赤ん坊は 泣きながら生まれてくるのだと思います。
 「子を産むことは殺人よりもひどい、最大の暴力である」と私は思うのですが、なぜ誰も疑問を抱かないのでしょうか。

うーん、と 唸らざるを得ません。
鋭いとは思うのですが、悲しいです。
この質問に対して 明川さんは、宇宙が創ったこのちっぽけな人間の傲慢さを認めながら、生みの親の大宇宙を認識するのは 他でもない このちっぽけな人間であるとの「人間原理」から、彼女の問いに おだやかに答えようとしています。
そして、こう結んでいます。

『A』
 ・・・あと30年して、まだあなたもボクも生きていたら、もう一度意見の交換をしませんか。もし あなたの考えが変わっていたら、あなたの内部で起きた革命に拍手。もし変わっていなかったら、その強靭さに黙って頭を垂れましょう。その時ボクは76歳。もう少しましなことが言えるようになっているかもしれません。あるいは変わらず、「月や星々に善悪がないように、あなたもただ懸命に生きてきた。そして50歳になりましたね。おめでとう」と言うかもしれません。

さすが、明川さん。
もし わたしが こんな質問を浴びせられたら、きっとタジタジで、ダンマリを決め込むだろうと思います。
それは、異邦人に対する無視黙秘ではなく、自分に潜む暗部を暴露された驚きから、みたいなものだからです。

彼女は女性だから 子を産むということに 集中的に疑問が向けられていますが、やはり 根底は 人間不信、それが跳ね返って 自己不信、行き着くところは 人間嫌いなのでしょう。
中島みゆきが歌う『誕生』の歌詞を、思い出します。
   ・・・Remember 生まれた時 だれでも言われた筈
   耳をすまして思い出して 最初に聞いた Welcome・・・
質問者の彼女の生い立ちは わかりません。
世の中には ええっと思う出自の人がいます。
でも、彼女も きっと祝福されて生まれてきたと思いたい。
最初に Welcome と聞いたと、信じたい。

「誰のお陰で そこまで大きうなれたと思てんねん」
わたしも、小さい頃 父親からこうなじられたときは、「こんな世の中 生まれて来とうはなかったわい!」と、なんど小さな胸を震わせたか知れません。
長じて 家庭を持ち、子供が生まれ その子が小面憎い小言を言うようになると、自分が受けたあの痛みをすっかり忘れ去って、自分が父親から言われたとおんなじ文句を我が子に浴びせているのです。
『親が子どもにしてやらんといけんことは、たった一つしかありゃあせんのよ。』
『子どもに寂しい思いをさせるな』
重松清が小説『とんび』で こう語りかけているとおりなのに、人間は大人になると どうして子供の気持ちから遠く離れてしまうのでしょう。

二十歳までは、間違いなく 子は親の責任です。
そのあとが、問題なのです。

三つ子の魂は、いくつになっても消し去ることはできません。
それは仕方ないことです。
自分の出自に目をつぶるのではなく、姜尚中がベストセラー『悩む力』のなかで語りかけているように、中途半端にしないで、まじめに悩みぬく、そこに、その人なりの何らかの回答がある、そう信じて生き抜くことです。

いまから10年ほど前、インドであった国際児童図書評議会でのビデオ講演で、美智子皇后が読み上げられた童話が、忘れられません。
新美南吉の『でんでんむしのかなしみ』という童話です。
400字たらずの短い童話ですが、この質問者の彼女に捧げたい思いです。
背中の殻の中にいっぱい詰っている悲しみに押しつぶされそうになっていたでんでんむしは、あるとき こう気が付くのです。
「悲しみは、誰でも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしのかなしみを、こらえていかなきゃならない。」

新聞の片隅に載った ひとりの女子学生の投稿に、自分の若き日々をダブらせてしまって、こんな文章になってしまいました。

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