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つれづれ

思いつくままに

友人のブログから

2009-03-17 10:56:32 | Weblog
親しくさせてもらっている 骨董屋さんの友人がいます。
三条京阪から大和大路(縄手通り)をちょっと下がった新門前で、「古美術やかたhttp://www.kyoto-yakata.net」を営んでいます。
彼のブログは いつも見ていますが、この前の内容が とてもすてきなやり取りだったので、紹介したくなりました。


『ありがとう、から、小さな温もり、、、』

  昨日、コメントを頂きました。

  先日、二次会で友達の行きつけの
  お店、カラオケスナックへ、行き
  すごく酔っていましたが、、、

  たまたま、同じテーブルについて頂いた
  お店の女性で、アルバイトかな、、

  19歳で今日が初めてお仕事だそうで、
  大丈夫かな、、頑張れ、
  なんて思いながらお話させて頂いておりました。

  帰り、10年以上前かな、私事を思い出しました。

  家の近くのカラオケスナックに一人行きました
  カラオケスナックはあまり好きではないのですが、
  一人で行く事も、ほんと、たまたま でした。

  同席頂いたお店の女性、
  身長は、ゆうに170センチ以上はあり
  私は、165センチ、彼女は高いハイヒールを履いておられ
  
  気分転換に、「踊りましょう」と 言いますと
  すみっこで、ハイヒールを脱ぎ、
  はだしで、踊っていただきました、

  心使いが嬉しくて、曲が終わると
  椅子に座って頂き
  ハイヒールを履かせてあげました。

  すごく女性に喜んで頂き、ビックリしたのを覚えています。

  次、生まれたら、立場は逆転かも、、
  人間、明日は分かりません 私はお店の人で彼女がお客様、
  そう考えると、同じテーブルの仲間、

  お酒を頂く時は皆が楽しく、
  ましても、同じテーブル同士、
  人の 小さな温もり が 行きかえば、

  きょう、最後のお酒、楽しくて素晴らしいよね、

  きっと、もう一度見ていただけると思うので、、、

  コメントを頂いた、19歳の彼女へ、
  お店の人で、信頼して相談できる人、先輩、ママさん等、
  見つけて下さい。 

  この時代、、一人で悩むの辛いよな、、がんばれ!!


『この記事のコメント』

 私なんかのコメントにお返事を下さって、ありがとうございます。
「素直な気持ちが一番の見方」、、まさにその通りですね。
私にとって素直になることは難しいことですが、自分自身に素直になれるその強さを 欲しいと思います。
その強さを身につけたいと思います。

 正直、今日お返事をもらえて、その内容を読んで涙があふれました。また元気づけてもらいました。
私に宛てて書いて頂いたお返事が、心にとても響きました。無心になって泣き続けました。

 そして思いました。
「私の初出勤の日に、偶然にも たちさんの席につき、励まして頂いたこと、こんな小娘のコメントにわざわざお返事を書いてくださったこと、そのお返事でまた勇気づけられたこと」その昨日、今日の一日に感謝しよう、と。
まさに一期一会、ですよね。

 そんな今日の一日に「ありがとう」と思いながら、眠りにつこうと思います。


すてきなやり取りですね。

このブログを見ながら、わたしは 最近読んだ、姜尚中著『悩む力』(集英社新書)のなかの “なぜ死んではいけないのか”の一節を思い出していました。
それは、「何が生きる力になるのか」という段落で、夏目漱石の『心』を採りあげ、こう語りかけています。

   ここで私は再び、『心』の先生のことを思い出します。
  「自由と独立と己に充ちた現代に生まれた我々は、其の犠牲として みんな此の淋しみを味わわなくてはならないでしょう」
  と先生は言いました。
   先生はお金に困っているわけでもなく、厭世的ではあるけれども、ひきこもっているわけでもありません。
  その点では、何不自由なく生きています。
  その先生に死を考えさせてしまうのは、やはり自我の孤独なのです。
  「人は一人では生きられない」とよく言います。
  それは経済的、物理的に支えあわねばならないという意味だけでなく、哲学的な意味でも、やはりそうなのです。
  自我を保持していくためには、やはり他者とのつながりが必要なのです。
  相互承認の中でしか、人は生きられません。
  相互承認によってしか、自我はありえないのです。
  ・・・
  先生の絶対的な孤独は 救われることはありませんでした。
  そして、そんな「自分の城」を守っている限りにおいて、人は誰ともつながれないのです。
   しかし、先生は最後に、隠し通してきたことを「私」に洗いざらい告白しました。
  守ってきた城を「私」に明け渡したのです。
  その瞬間、先生と「私」との間には、「相互承認」の関係ができたのではないでしょうか。
  そして、先生が「私」にそれをしたのは、先生が「私」を信じたからです。
  信じたから さらけ出すことができた。
  それでも先生は命を絶ちますが、その前に一瞬、自我の孤独から解放されたのではないか という気がします。
   漱石は、この本で、人がみずから死を選びうる自由についても書きました。
  が、それよりも、人が他者とのつながりを求める切実な気持ちについて、書きたかったのではないでしょうか。


友人のブログに感銘しながら、わたしは 姜尚中氏が語る「相互承認」という言葉を、深く深く心に染み渡らせていました。



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古代仏に魅せられて

2009-03-04 10:12:07 | Weblog
身の毛のよだつ報道が あとを絶たない中で、痛快なニュースがありました。
痛快などと言うと 建仁寺の執事長さんに叱られそうですが、建仁寺から十一面観音像を盗み出した男が捕まったという報道です。
この男、徹底した「仏像コレクター」であるらしく、建仁寺からだけでなく 東寺や毘沙門堂などからも 仏像を盗んでいたということです。
建仁寺の十一面観音像を一目見てとりこになった、と自供しています。
男の自宅には 盗んできた仏像がところ狭しと安置されていて、お供物も供えられており、毎朝拝んでいたといいます。
大きな損傷もなく 各寺に仏像が無事 帰還されたことを、まず喜ぶべきでしょう。
金目当ての泥棒の仕業であれば、今ごろは どこぞの国へ渡っていたかも知れません。
窃盗は もちろん許されることではありませんが、それにしても あんな大きな仏像を 傷も付けずに ひとりで盗み出したこの男の執念は、たいしたもんだと思いたくなります。

この男の 変質者のような魅せられようでは 無論ありませんが、学生の頃 わたしは、仏像に単純な好奇的興味を 強く持っていました。
仏像って いい格好やん、ってところがありました。
でも 社会人になってからは、仏像から縁遠くなりました。
仏像なんて なに寝ぼけたこと考えとんねん と、まわりも 自分も そんなふうに追いやっていましたし、だいいち 仏像を拝するという 気持ちのゆとりすら 持てませんでした。
そしていま 平均寿命が向こうの方に見え隠れしてきて、若いころに こころ惹かれた仏像たちに 無性に会いたくなってきたのです。

わたしは、古代仏に惹かれます。
飛鳥仏、白鳳仏、天平仏。
それらの多くは、やはり 奈良の寺々の仏です。
信仰心は ほとんどありません。
作り手は どのような気持ちだったのだろう、そんな俗っぽい興味から 仏像をながめます。
古代仏のほとんどは、作者不詳です。
そのことが、ますます古代仏に魅せられる原因です。
おそらく 気の遠くなるような時間をかけて、ひょっとしたら 一生涯をかけて、この仏像を刻みつづけたのだろう。
何を伝えようとしたのか、いや 伝えようなど恣意的な意図を思うのは こちらの浅はかさであって、ただただ ひたすら祈りの心を彫りこんでいったのだろう、そんな空想にひたります。
作者だけではない、この古代仏を1200年以上もの間 天災や兵火や盗難から護り続けてきた人たちの心が、わたしに 痛いほどの共感を抱かせるのです。

戒壇院の四天王像を、2月28日の午後遅く 奈良東大寺に訪ねました。
近鉄奈良駅から東へ 登大路から知事官舎などの並ぶ格調ある街並みを抜けて、右手遠くに 大仏殿の金色の鴟尾を眺めながら、北に向かいます。
正面に、戒壇院への幅広い石段が見えてきました。
数多くある奈良の好きな風景のなかでも、この 清楚なお堂を石段の下から仰ぐスポットは、なんどでも訪ねたくなる親しみを感じます。

戒壇院は 鑑真和上ゆかりの建物ですが、幾度もの火災に遭い 現在のものは まだ300年も経ない再建造物だそうです。
でも、まことに質素で簡素なこのお堂は、鑑真の神聖な人物像をうかがわせてくれるようです。
そとの明るさに慣れた目に お堂の中の状況が瞬時把握できず、ただこうべを垂れて 幾ときかを経て見上げると、中央の多宝塔を囲むように安置されている四体の四天王像が、暗さにしだいに慣れてきた瞳孔に 浮かび上がってきます。

当初戒壇の四隅を護っていた銅造の四天王像は 罹災・焼失したらしく、いま壇上安置のこの四天王像は塑像で まさしく天平の様式を示すものですから、近世再建時に東大寺の他堂から移安されたものと考えられています。

わたしは、この四体の像のみが安置されている戒壇院堂内の雰囲気を こよなく愛します。
そして、今に残る四天王像の古代仏の中で この戒壇院四天王像が 一番好きです。
とりわけ、口を強く結び 眉を寄せ 瞳を上にはるか彼方に視点を向けている 広目天・多門天像の おっさん的顔の表情に、なんともいえない親しみを覚えるのです。
寄せた眉根、頑固なまでに張った顎 そして口を引き結んで生ずるその筋肉の収縮、額に刻まれた一条の皺・・・
蝋人形の写実ではとうてい到達できない、こみ上げてくるような内面的リアリティです。
作者の巧みに、戦慄せざるを得ません。
顔の表情だけではありません。
東大寺南大門を護る運慶作仁王像のような 緊張させた筋肉を誇張するでもなく、興福寺の定慶作金剛力士像のような いまにも鮮血が吹き出るかのような血管を浮き出させるでもなく、統制と制約が行き届いた それでいて内臓の鼓動が聞こえてくるような、体躯。
そこには、瞬間の動態を理想的に永遠化した、自然かつ簡潔無類の動きが感じられます。
すばらしい表現力です。

この天平仏に会えただけで、大きな満足の一日でした。

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票田にも相続税を!

2009-03-03 13:46:30 | Weblog
当社は、現社長で4代目である。
小さい企業だから できた事業継承だが、今の税法では、3代続けるには よほどの覚悟が要る。
世襲とは、楽そうに思われがちだが 実際は、生易しいものではないのである。

政界で、「世襲病」が問題になっている。
いまの自民党の衆院議員は、その3分の1が世襲だそうだ。
自民党の衰退は この世襲議員に原因がある、というのだ。
わたしも、その通りだと思っている。
ただし、票田にそれ相当な相続税を課して それでも世襲する議員なら、おそらく いまの情けない自民党にはならなかったであろう。

庶民に課する相続税の苛酷さは、いまでこそ事業継承の相続にはかなりの緩和措置がとられているが、バブルの頃に相続を経験した者にとっては、国を相手取って 訴訟を起こしたくなるおもいであろう。
あの苛酷な相続税を潜りきった者が率いる企業は、それなりに社会から必要とされているとみなしてよいだろう。
だからこそ 政治家も、選挙の票田に課した相続税の洗礼を受けるべきだ と、言いたいのだ。
個人の財産には 当然相続税が課せられるから、世襲議員も相続税の洗礼を受けていると言いたいかもしれない。
しかし、政治家にとって最も大きな財産は、票田であろう。
その票田が、課税の対象にならないことがおかしい。
庶民の相続では、庭木から仏壇に至るまで 課税対象にするのに、である。

民主党の岡田議員は、政界の「世襲病」を治療する処方箋を 種々考えているようだ。
その中で注目したいのは、「国替え」である。
すなわち、「親と同じ選挙区での立候補を認めない」という決り。
これは たぶん、民主党内でも反古にされる可能性は高い。
これを 堂々とマニュフェストにできる党ならば、この国を預けてもいいのではなかろうか。

わたしは もっとセコい考えで、「票田相続課税」を訴えたい。
政治家に相続税の煮え湯を飲ませたいからだ。

既得権を打ち破るんだと息巻いた小泉元首相も、自身の後継には 息子を指名した。
釈然としないこと、はなはだしい。


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