社説の趣旨は、年頭の通常国会代表質問という大切な場に、なぜ民主党の党首である小沢代表が質問に立たなかったのか、という非難である。
わたしは、いままで国会中継なるものを真剣にみたことがなかった。
予め示し合わせた質疑応答の、空疎な儀礼的行事にすぎないと、考えてきたからだ。
はなから、あの場で 真摯な討論が行われることは、期待していない。
しかし 今回は、中継の最初から最後まで じっくり「観戦」した。
あえて「観戦」という言葉を使ったのは、テレビという最強のメディアを通して 全国放映される国会中継は、国民が いまの国会議員の一挙手一投足のふるまいを監視できる、唯一の機会、言い方は悪いが、いわば「見世物」だからである。
1月29日の国会代表質問は、間違いなく 民主党の勝ちである。
まず、質問者の役者が違う。
次に、ひな壇に並ぶ大臣たちの 自信のなさ。
そして、野党的野次に成り下がった一般議員席の与党議員たち。
鳩山由紀夫民主党幹事長の代表質問は、的を得た どうどうたるものであったと、わたしは評価する。
民主党二番手の田中真紀子氏の代表質問には、大多数の「観衆」が 喝采を送ったのではあるまいか。
問題は、自民党代表質問者の細田博之幹事長である。
こんな言葉を使いたくないが、あれは「アホ丸出し」の醜態だ。
細田氏は、いまは 内閣の人間ではない。
あの場での彼の役割は、三権分立に基づく国会議員としての 内閣政府に対する代表質問であるはずだ。
まるで 自分が総理大臣であるかのごとき、また このときこそ宿敵民主党に日頃の鬱憤を晴らす場とのごとき、品位も知性も感じられない、なさけないとしか言いようがない「代表質問」であった。
自民党議員で 森元総理と一ニを争う国民的不人気議員を 質問者に立てた 自民党は、最初から勝負を投げ出していたのでは、と思いたくなる。
失礼な言い方だが、あんな人格的欠陥人間を自民党幹事長に任命した 麻生総理の気が知れない。
いや、細田博之という議員を国会に送り出したのは われわれ国民なのだから、一番反省すべきなのは 有権者のわたしたちなのかもしれない。
朝日新聞社説は、あの場で どうして民主党の「顔」である小沢代表が出てこないのか、という論点だが、どうせ碌な論戦になることなど考えられない「代表質問」に 民主党として最も効果的な「顔」を立てた ということは、わたしは間違っていなかったと思う。
小沢一郎という男は、わたくし的にはあまり好感を持っていないが、今回の彼の作戦は図星であったと 評価してあげてもいいのではないか。
あのタイミングの社説なら むしろ、国会の品位を汚した 細田自民党幹事長の言動を非難すべきだった。
朝日新聞は左寄りとの非難を、よく耳にする。
もし この社説が、この非難をかわす一種のカモフラージュならば、朝日新聞らしからぬ作為である。
そうでないことを願うと同時に、社説こそ 新聞の「顔」であることを、改めて認識していただきたい。






