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つれづれ

思いつくままに

『探偵!ナイトスクープ』 から

2008-01-27 17:01:05 | Weblog
金曜日の夜は、家にいる限り テレビの6チャンネル『探偵!ナイトスクープ』を観る。
駄作も多々あるが、最近のスクープは、人情味に溢れた 心温まるネタが続いている。
くだらない、と言ってしまえば それまでだが、日常なんて こういう“くだらない”ことの積み重ねだ、と言えるのではなかろうか。

一昨夜観た『探偵!ナイトスクープ』の中の「幻の歌手が作った名曲」では、件の曲のすばらしさとともに、清々しいショートストーリーが 心にぐっと響いた。
依頼人、39歳の素人弾き語りの男性は、昔 彼の兄の友人が作った或る曲を 自作だと偽って、ことあるごとに 友人たちの前で この曲を歌い続けてきたが、内心 後ろめたさが消えない。
この曲は「海」という。いい曲だ。
彼は 40歳を目前にして 後ろめたい気持ちを清算したいと思い、「海」のほんとうの作者に会って懺悔し また 嘘をついてきた友人たちにも謝りたい、と決心する。
そこで、ナイトスクープ探偵の登場となる。
見つかったほんとうの作者は、39歳の彼が 自分がむかし作った曲をいまでも歌い続けてくれていることに感動し、“ほんもの”が歌う「海」を聴きたいという彼の願いを叶えるべく、昔いっしょに歌っていたもう一人の“ほんもの”も参加し、(たぶん探偵局が準備した)小さなライブハウスで 依頼人の友人たち二人も呼んで、依頼人の前で「海」を歌う。
やっぱり、“ほんもの”の「海」は素敵だった。
じっと聴きいる依頼人の瞳が、輝いていた。
最後に“ほんもの”の作者は、この「海」を依頼人にあげることになり、依頼人は晴れて自作の「海」を歌う。

たわいないショートストーリーではあるが、それぞれの登場人物がそれぞれの思いを込めて生きてきた輝きが、素人臭く光っていた。実にいい。
何よりも「海」がいい。放っておくには もったいない曲だと思った。
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イチロー

2008-01-26 17:42:01 | Weblog
頭のてっぺん、少しへこんだところ、ここを百会(ひゃくえ)という。
気功太極拳では、立禅(りつぜん)を行うとき、この百会から丹田に向かって気をストーンと通すということを 意識して強調する。
実際に いざ これを実行しようとすると、なかなかむずかしい。
背筋をまっすぐに伸ばし 胸を張らないで 肩の力を抜き 膝を緩めて しっかり立つということなのだが、丹田と同様、百会も抽象で、実感が湧きにくい。

先日、テレビの民放で「イチローはなぜ怪我をしないか」という特番を観た。
三塁からホームへつっこむとき、相手チームの捕手と絡んで この捕手の激怒を誘った。
大きな男である。イチローが小さく見えた。
捕手がイチローをぶつかるように突き飛ばした。
イチローは、倒れもせず 刃向かいもせず、まるで 暖簾に腕押しのごとく 後退。
この録画を見て、イチローの百会に糸が結ばれていて、ちょうど操り人形のように、天からもう一人のイチローが地上のイチローを操っているかのような、錯覚をもった。
踏ん張らない、突っ張らない。
イチローが大きな怪我をしない訳が、なんとなく理解できたような気がする。
きっと、イチローは 丹田から百会に向かって 強い気を通しているに違いない。
イチローなら、理想的な立禅の立ち姿をするのは いとも簡単だろうと思う。
天に向かう気を 地に向き変えればいいのだから。

ぶれない体の中心軸、イチローから学ぶものは 多い。
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二十四式という物語

2008-01-20 10:08:44 | Weblog
太極拳二十四式は、起勢(チーシー)から始り、最後は 外回転の十字手(シツショウ)そして 収勢(ショウシー)で終わる。
楊名時健康太極拳では、起勢の前に番外として 内回転の十字手を加えている。
十字手で始まり 十字手で終わる、つまり元へ還って終わらない、というのが番外十字手を加えた意味であろう。
太極拳の「太極」とは“終わりのない大宇宙”という意味であり、「拳」は武器を持たずに素手で戦う武術の意味であるから、太極拳は 無限なる大宇宙を相手に素手で戦う ということになる。
人間も大宇宙のなかの一つの小宇宙であり、自分自身との戦いという意味でもある。
無限大は記号∞で表されるが、これは『メービウスの環』に通ずるものがある。
帯を一回ひねって両端を張り合わせて得られる図形を 『メービウスの環』というが、表側をどうどうと進んでいったら いつの間にか裏側になって元へ戻ってきた という きわめて哲学的な意味を含んでいる。
穿ち過ぎかもしれないが、太極拳二十四式も『メービウスの環』に通ずるところがある。
二十四式は、基本的に“拗歩(ヤォブ)”つまり止まらないで前へ進むのであるが、“倒捲肱(ダオジュァンゴン)”で『下がることによって衝突を避けて共存する』ことも必要だとの考え方に基づいて後退し、二回の“転身(チョァンシェン)”によって進む方向を変えて、最後は 最初の立ち位置に戻る。
まさしく『メービウスの環』である。
二十四式は、鶴と蛇が主役である。
二十四式を考案したものの頭には、蛇のように しなやかでありながら締め付ければ骨をも砕く力強さをもっており、また 鶴のように 姿勢正しく優雅に気品のある立ち居振る舞いが 理想の姿としてあったに違いない。
一番目の型“起勢”で定まった頭の高さは、二十四式中 ほとんど変えずに また敵である相手を意識して演舞するのが基本であるが、“海底針(ハイディゼン)”では 鶴の一本足立ちの如く 体をすっくとまっすぐに伸ばして海底の針に擬した一点に全神経を集中させて徐々に屈んでいくという動きで、いわばまったくの無防備で頭の高さ位置もお構いない。
この型は 武道的には相手の意表を突くという意味があるらしいが、しなやかな円運動の流れを優雅に破って 二十四式に意外性を持たせている。
このように、太極拳二十四式は ひとつの「ネヴァーエンディングストーリー」を形成しているという見方もできるのではなかろうか。
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冬来たりなば

2008-01-19 09:28:52 | Weblog
冬の真っ只なか、工場の周りの木々も すっかり去年の葉を落とし、街路樹の銀杏の木と向き合って眠っています。
眠っている真弓の枯れ枝のすき間から、梅がほころび出しているのが見えました。
花梨も 新芽を覗かせています。
眠っていると見えて、ちゃんと春をうかがっているのです。
       冬来たりなば 春遠からじ
こう つぶやくと、この冬の寒さを乗り越えられるような気持ちになってきます。
       冬来たりなば 春遠からじ
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ローハイド

2008-01-16 18:36:59 | Weblog

昭和38年、私の頭は 大学受験で占められていた。
唯一 テレビ映画「ローハイド」を観ている間だけが、受験から解放された。
フランキー・レインの響きわたるような歌声が テレビから流れると、他のことは一切忘れることができた。
テキサス州からカンザス州までの長い道のりを、数千頭の牛を引き連れて旅をするカウボーイたちの物語。
クリント・イーストウッドが若かった。(当時 あの若い衆がイーストウッドだと知る由もなかったが・・・)
毎回 最後の場面、隊長が「しゅっぱーつ」と叫ぶと同時に、フランキー・レインの歌が流れる。
ああ もう終わってしまった この歌で現実へ戻らなくてはならない。
土曜日の午後10時からの1時間が、あの頃の私を どんなに元気付けてくれたことか。
毎週 土曜日の夜7時から、数学の塾があった。
8名の生徒の話題は、ローハイドが多かった。
先週は こうこうこうだったと 物語を後追いするのだが、生徒の中の一人は ローハイドのテレビを観ずに勉強していたことが 見え見えだった。
彼は、新聞の番組ダイジェストを読んで いかにも毎回観ている振りをしていたのだ。
いやな感じだった。
人を蹴落とすことしか 頭にない、そんな雰囲気の塾だった。
私は、数学に身が入らなかった。
おかげで 受験は数学が足を引っ張ったが、ローハイドの想い出は この歳になっても宝物のように懐かしい。



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イルカに乗った少年

2008-01-07 17:18:19 | Weblog
和歌山県太地町の町立くじら博物館で飼育されているバンドウイルカ『はるか』君は、後ろ脚の名残と見られる`第4のひれ’を持っています。
~むかしむかし、陸に生息していたイルカは、争いを好まない種族でした。弱肉強食の陸世界を見切ったイルカ種族は、争いごとの少ない海世界を 選びました。・・・~
こんなロマンが ほんとうかも知れない。
『はるか』君は、水生哺乳類の進化を解明するうえで いま注目の的ですが、それだけに留まらない 大きな大きな夢を育んでくれます。
争いごとを好まない種族・イルカを、私は 自分の遠い遠い祖先のように愛します。
映画「島の女」で『イルカに乗った少年』のメロディーを耳にした少年の日から、私にとってイルカは 空想のなかの かけがえのない友になりました。
『はるか』君の名付け親は 地元の中本さつきさんら 7名で、「『はるか』昔から未来までを感じさせる存在だから」が その由来だそうです(2007年12月23日付け朝日新聞)。
イルカの末裔の人間は、この日本にも たくさんいると信じます。
いつか、イルカの背に乗って 大海原を駆け巡りたい。
そんなかなわぬ夢を いつまでも抱きつづけていたい、そう思います。
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