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つれづれ

思いつくままに

大そうじ

2007-12-29 17:45:03 | Weblog
12月29日は、当社では 毎年 大掃除の日になっている。
毎週 水曜日の午後一番に 掃除をする時間を設けているのだから そんなにゴミはたまらないはずなのだが、よくもまあ こんなに要らないものが出てくるものだ。
人間、ゴミのなかで生活し 仕事をしているようなものだ。
ゴミは 契約業者に引き取ってもらうことにしているから 不要なものはどんどん捨てているが、このゴミも いずれは何らかの処理をせねばならないのだから、当社の工場はきれいになっても 地球のどこかがこのゴミで汚くなっていることになる。
ゴミをできるだけ出さないようにと 気持ちだけは地球環境に向かうのだが、大そうじになると そんな気持ちはどこへやら である。
大そうじも一段落して 工場を見回って「きれいになったね」と社員に声をかけて ゴミ置き場へ来て 山のように詰まれたゴミ袋を見て、ふっと後ろめたい気持ちになった。
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自転車の「三人乗り禁止」は困る

2007-12-28 09:15:21 | Weblog
警察庁は、来春をめどに 自転車に関する教則を本格改正(改悪?)するという。
問題になっているのは 「傘立てなどで傘を固定して運転することは危険」という教則らしいが、それよりも 庶民の暮らしに もっと深くかかわる問題は、「三人乗り禁止」である。
「三人乗り」は、「2万円以下の罰金または科料」の対象になるというのだ。
小さな子どもを抱えている母親にとって、自転車の幼児座席に子どもを乗せて 買い物や銀行に行くことは、毎日の生活に欠かすことはできない。
自動車で移動できる家庭は、問題ないであろう。いや、自動車が使える家庭でも、自動車を足として使うことに 抵抗を感じている主婦も少なくない。
自転車には 安全面でいろいろ問題が生じているのは事実だが、排気ガスを出さないという点だけでも 自転車は優れた「足」にまちがいはない。
また、少子化問題に政府も努力している時勢 、二人以上の子どもを育てる母親を支援すべきなのに、なんでまた 慌しく「三人乗り禁止」なのか、理解に苦しむ。
安全面に問題があるのは、事実だ。ならば、まず、安全に三人乗りができる方策を講じてから、前籠と荷台という 従来型の「三人乗り禁止」を実施すべきではないか。
自転車の「三人乗り」は、二人以上の幼児を育てる母親にとって 死活問題である。大げさではない。
警察庁に、再考をお願いしたい。
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地球儀

2007-12-27 18:13:50 | Weblog
私のデスクの上には、地球儀が いつも同じ位置に置いてある。
地球儀を見ていると、自分のスタンスがわかるような気がする。
このちっぽけな島の 0.25mmのシャーペンの先ほどの京都の そのまた 想像もできない小さな点に、いま 自分は居る。
指先で ゆっくりと地球儀を回してみる。
いろんな国があるものだ。
それでも しばらく回せば、また日本に戻る。
夜が明けるのだ。
そんなことが、地球儀を眺めていると 見えてくる。
地球儀は、私にとって 日常茶飯事から ふっと自分を取り戻すきっかけである。
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気功太極拳

2007-12-26 19:07:33 | Weblog
日本に太極拳を 健康太極拳として広めた功労者 楊名時先生は、太極拳を「心・息・動」の三位一体となったもの と表現されています。
達人の域に達した者にとっては 三位一体の心境が判るのでしょうが、初心者には この「心・息・動」をどう捕らえていいのかさえ 理解できないと思います。
気功太極拳の‘開発途上’の練習者である私は、これを次のように 自分流に解釈しています。
迷える日々を送っている私たちにとって もっとも欲しいのは、心の安寧だと思います。
心の安寧を得る方法として、いろいろな呼吸法が流布しています。
どの呼吸法も、呼吸 特に吐く息が、心の健康に大きく影響するという立場です。
ところが、どの呼吸法も かなりのコツが要り、そう簡単にマスターできるものではない。また、面白くないから 続かない。そういう声を、よく聞きます。
私も、いろんな呼吸法を試してみましたが、なるほどと 頭では理解できるのですが、長続きしませんでした。
そこで、「動」それも ゆっくりした動作から 呼吸を整える、という方法がある。そのひとつが、気功太極拳 そのエッセンスとしての 二十四式だ。そう 解釈したのです。
人間は動物です。動くことを 先天的に付与された生き物です。
だから、動くことに 本来 抵抗感はないはずです。動くことが 楽しいはずです。
太極拳二十四式は、すべての動きを ゆっくりした円運動で行います。
ゆっくりした円運動の動作は、否が応でも 呼吸を整えてくれるのです。
「拳」は、武器を持たずに素手で戦う武術ですから、太極拳も もともと武術です。
ですが、戦う相手が 壮大で、「太極」という 終わりのない大宇宙なのです。
いわば、見えない相手との戦いなのですが、自分自身も大宇宙の一部であり したがって自分との戦いである ともいえます。
まことに 哲学的なのです。
でも、私は まだまだ そこまで考えられません。
ただ、気功太極拳教室で同じ太極拳を練習する仲間同士が、同じ型を繰り返すことによって、一瞬ではありますが 一つになれる瞬間があります。
この瞬間は、どう表現したらいいのか 大らかな気分 いや もっと深い連帯感から生まれる幸福感 とでも表現したらいいのかも知れません。
性格も体格も性別も、すべてがバラバラの人間同士が一つの場を共有し、同じ型を繰り返すことによって、こんなにも豊かな気分になれる瞬間が得られることに、私は驚きます。
型を大切にする理由が、ここにあるのだと思います。
型は、その型を共有する者にとって いわば 共通語です。
共通語をしっかり学ばないと、正確なコミュニケーションは取れません。
太極拳二十四式の型は、長江が昼夜を問わず永々と流れるごとく 中国に伝わるいろいろな太極拳武術を、そのうちの楊式太極拳をもとにして 代表的な型を24の流れに整理したものです。
したがって その型は、人間の動きとして 磨きぬかれた「技」にまで高められたものと言えます。
だから この型をしっかりマスターすることは、理にかなった「息」を得る よりよい方法であり、理にかなった「息」を通じて「心」の平安を得る近道だと、私は確信しています。

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サンタさんが来た

2007-12-25 16:25:03 | Weblog
「サンタさんが来たよ」
家内へ 孫からの電話だ。
「サンタさんに電話してくれて ありがとう」
弾んだ声が、受話器から洩れて 聞こえてくる。

24日の夜、サンタさんが お願いしていたおもちゃを届けてくれる。
そう 信じきっているのだ。
ずっと前から サンタさんにお願いするもののリストを 渡されていた。
婿の両親にも 違うリストが渡されていたらしい。
ぐずったり 妹を泣かせたりすると、母親から
「サンタさんに 言いますよ」
と叱られる。だから、じっと我慢している。
けさ 起きてみると、それらがみんな 枕もとに届けられていたのだから、はしゃぎようは尋常ではない。
電話の向こうの様子が、手にとるように 伝わってきた。
かわいい、美しいほど かわいい。

家内と顔を合わせて、思わず微笑んだ。
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腹が立つクレラップ

2007-12-22 11:17:56 | Weblog
クレラップが裂けて 全幅がきれいに巻き出せないことって よくありますよね。
あれ、いやですね。
イライラしてきます。
いやいや、ここが落ち着きどころ、人間の度量が試されているのだ!
気持ち入れて 根気良く剥がし取ろうと 努力するのですが、爪先でいったん傷が付くと そこがネックになって 一回り剥がせたと思ったら またそこから裂けるんです。
腹立ちませんか?
メーカーも このことは知っているはず。
何か 改良の余地はないものですかね。
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娘家族の引越し

2007-12-15 18:59:25 | Weblog
娘家族が、賃貸マンションから分譲マンションに 引っ越すことになった。
荷物が到着するのが 午後になるというので、午前中に床やガラスの拭き掃除を済ませておこうと、上の孫 陸玖の子守を兼ねて 家内と先発隊ということになった。
陸玖は、母親がいるときは甘えん坊の幼児だが、私たちとだけのときは ほんとうに聞き分けのいいお兄ちゃんになる。
幼心にも 新居のよろこびがわかるのだろう、部屋から部屋を嬉々として駆けずり回る。
家内のガラス拭きを 一所懸命に手伝ってくれた。
それほど広いマンションではないから、拭き掃除は1時間ほどで済んでしまった。
家内は近くの大丸へ買い物に出かけたので、私と陸玖の二人が 家具や荷物のない がらんとした空間に残された。
「象さんになって」と、陸玖が言った。
私は、陸玖を背に乗せて 四つん這いで歩き回る。
「次は キリンさん」。
陸玖を肩車に載せて、敷居のところではかがむようにして 部屋から部屋を動く。
「こんどは ライオン」。
再び 四つん這いになり、陸玖を背に乗せて 檻の中のライオンのように 右に左に行ったり来たりを繰り返す。
「次は なににする?」、陸玖が問いかける。
思いつくままに、熊、うさぎ、亀と名前を挙げていったものの、それらの真似をするのは なかなか難しい。
陸玖が 亀の格好を上手に真似て、畳の部屋を這い回る。
うまい うまい、と褒めると、たまらなくうれしそうに 亀の真似を繰り返す。
そのとき、陸玖が ぷっとオナラをこいた。
私と陸玖は、一瞬 目と目を合わせて、次の瞬間 笑い転げた。
陸玖は、これ以上 おかしなことはないと言わんばかりに、笑う。
その笑いが一段落して、「次はなに?」と せがむ。
適当な動物が さっと思いつかないので、干支の動物を順番に並べていった。
それらをうまく真似ることは とうてい無理だったが、似ていようがいまいが 二人にはどうでも良かった。
何分 時間が経ったろう。
1時間も 経っていなかったと思う。
こんなに 心から笑えたのは、ここ何十年も なかったような気がする。
私にとって、かけがえのない至福のときであった。
「ただいま」。
飾り気の一切ない玄関で、家内の声が聞こえた。
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倒捲肱(ダオ ジュアン ゴン)

2007-12-05 10:17:39 | Weblog
太極拳二十四式に、倒捲肱(ダオ ジュアン ゴン)と言う型がある。
太極拳は もともと武術のひとつであるから、型に攻撃性があって当然だが、
精選された二十四式の中に あえて 退く型を加えていることに、重きをおきたい。
いつでも前に進むことだけを考えていれば良い、というわけではない。
ときには 相手に譲ったほうが上手くいくことがある。いや、そのほうが多い。
譲ることは、難しい。
なぜなら、譲るには 冷静さとゆとりが必要だからだ。
倒捲肱の型は、下がることによって衝突を避けて 共存することも必要だという、
太極拳の考え方を 形に表していると言えよう。
倒捲肱を演舞しながら、ふっと 譲るってことはいいなぁ と思った。
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時もち

2007-12-04 11:58:23 | Weblog
サラリーマンは、定年退職するとき、
同時に二つの「もち」になれますね。
どさっと退職金で「金もち」、日がな一日自由な身で「時もち」。
でも、『いつまでも あると思うな 親と金』と言いますから、
「金もち」も いっときの気分かな。
「時もち」のほうは、どうだろう。
これも『忙中閑』が魅力なのであって、
あり余る「時」は、さて いかがなものでしょうか。
ほんとの金もちが お金の真価を心得ているのと同様、
ほんとの時もちの妙味は、余命を心得たもののみが
味わえるものかも 知れません。
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