goo blog サービス終了のお知らせ 

つれづれ

思いつくままに

映画「めがね」より

2007-09-30 12:26:07 | Weblog
前作「かもめ食堂」が印象的だったので、
つられて「めがね」も観ました。
なんてことないのですが、
きっと、のちのちまで頭の片隅に残っている映画だと思います。
南の島(与論島かな?)に毎春訪れて、
砂浜にカキ氷店を開くサクラ(もたいまさこ)。
メニューはみぞれ金時だけ。
お金は取らない。
カキ氷のおれいは、土地のひとなら取れたての野菜、
子供は折り紙、
ユージ(光石 研)とハルナ(市川実日子)は、マンドリン演奏、
そしてタエコ(小林聡美)は、手編みのながーいマフラー。
さて、もし私だったら、と思ったのです。
私だったら何をお礼にさしだせるだろうか。
ふーん、何もないんですね。
悲しいですが、ほんとに何もない。
いままで何してきたんだろう。
お礼に差し出せるもの、これが生きる力でしょうに。
怖いほど美しい海を前に
砂浜でカキ氷を食べている5人(ヨモギ(加瀬 亮)も入れて)。
夢に見そうな場面です。
どうということない映画ですのに・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生きた証(あかし)

2007-09-26 14:35:57 | Weblog
どんなに立派な人でも
どんなにすばらしい企業でも
どんなに強大な国でも
100年も栄華を誇ることはない

人間死んだらおしまい
この世は生きている者のもの
それでもなお
こんな凡々たるちっぽけな私でも
何十億分の一でも
この世に存在したことに間違いはない

例えば私が反戦をさけんでも
イラクの戦禍が止まるわけがない
それでもなお
私のさけびが誰か二人の心を動かし
その人のさけびがまた二人の心を動かし
そうしてその輪が広がってゆけば
ひょっとしたら
アメリカ大統領のこころをも
動かすかもしれない

何もしなかったら
何も動かない
何かさけぶことが
生きた証(あかし)なのだ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある思い出

2007-09-19 12:59:29 | Weblog
きのう人を傷つけた言葉には てんと無頓着なくせに、遠い昔に知らず知らずのうちに犯していた罪を思い出すことが、このごろ多くなりました。

遠い昔のことです。
もう忘れてもいいはずなのに、いまだに引き摺っている罪の意識。
人が聞けば、「なーんだそんなこと」で片付けられてしまいそうな些細なことですが、自分の中では、それを忘れてしまっては自分の全人格を否定してしまいそうな、大げさですが、拭いきれない悔恨の念として蘇ってくるのです。

幼稚園に「オンリーさん」の子がいました。
オンリーさんなんて言葉はとっくの昔に死語になっていますが、当時でも「パンパンガール」と一緒くたに見ている人がほとんどでした。
オンリーさんは 進駐軍の士官のお妾さんです。

その子は、今で言うハーフですから、とてもかわいらしい女の子でした。
出自をとやかくいう度合いは、今では想像できないくらい えげつない時代でしたから、彼女はいわゆる「いじめられっこ」でした。
私より一つ下でしたが、無口な子だったのに なぜか私には親しげに話し掛けてくれました。
私も彼女を守ってあげたいと、子供心に誓っていたのです。

“事件”は学芸会に起こりました。
その子は『その他大勢』の役柄で、舞台で他の子供たちと何かの演技をしていました。
セリフを忘れたのか動作が違っていたのか、舞台の上で「いじめ」が始まったのです。
私はその子のすぐそばにいたのに、舞台の上という晴れがましさもあって、その子をかばってやろうとしませんでした。

そのときから その子とひとことも言葉を交わすことはないまま、記憶からその子は消えてしまいます。

敗戦直後、日本政府は占領軍相手の“性の施設”を作りました。
当時の内務省は全国の警察に、性の防波堤を作って一般婦女子を守るために「進駐軍のための特殊慰安施設をすみやかに整備せよ」と無線で指令を出しました。
政府出資による特殊慰安施設協会(RAA)が それです。
「ダンサー2000名、女給3000名、ダンス教師数名募集」の看板が銀座に出されました。
「衣食住及び高給支給、前借にも応ず、地方者よりの応募者には旅費支給す」という特殊慰安施設協会の新聞広告に魅せられて、売春婦のことだとは思わずに応募してくる素人女性も多かったといいます。

このことを いま問題にしているのではありません。
彼女たちを日本の汚点や汚辱としてしかみなすことができなかった当時の大人たち、
とりわけ彼女たちのお陰で性の蹂躙に遭わずに済んだかもしれない陰口好きな“おねえさん、おかあさん”たち、
そしてその陰口を真に受けて彼女たちを「パンパン、パンパン」と囃したて そのハーフの子を虐めていた当時の子供たち。
なによりも、そのことを普通のことのように流していた自分自身。

学芸会で助けを求めるような目で私を見ていた あの女の子のひとみを、そしてそのひとみを無視した なさけない自分を、60年近く経った今、深い悔恨の念で思い出すのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若泉敬著「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」

2007-09-18 17:53:03 | Weblog
若泉敬著「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(文藝春秋)という本を読んでいます。
何に惹かれたか。
沖縄返還交渉の舞台裏で深く関わった“黒衣”のような存在だった若泉敬。
密約を結び、沖縄の人々を裏切ったという自責の念で、自刃までしようとしました。
そういう人の目を通して、アメリカという国を、そしてこの日本をじっくり見つめ直してみたかったのです。
上っ面の報道だけでは計り知れない戦後の日米外交のすさまじさ。
この書物を通して、しっかり学びたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

漢字検定準2級をうけます

2007-09-16 18:29:18 | Weblog
漢字検定って、国家試験じゃないんですね。
でも、すごい人気です。
去年3級の試験を受けに行って、人気の層の広さにびっくりしました。
日本人の資格好きには、驚きです。
そういう自分も、また受けようと意気込んでいるんですけど。
問題集買ったんですが、未だ半分もできていません。
あとひと月、がんばってみます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日暮れて道遠し

2007-09-15 14:32:20 | Weblog
「日暮れて道遠し」って言葉がありますよね。
年老いて、夢に描いていた目的が、いまだ果せていないことのたとえです。
でも、いやじゃないです、この言葉。
諦めかな。ちょっと違う。
心安らかながら、落ち着いた闘志がまだ残ってるって感じ。
きざっぽく言えば、人生なんてそんなものさ、ってところかな。
そう思えたところから、ほんとうの人生が始まるような気もします。
そうなら、老いることも満更でもないじゃないですか。
このごろ、居直りみたいに、そんな風に考えることがあります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リンクを確かめます

2007-09-11 18:52:38 | Weblog
リンクを確かめます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログを始めました

2007-09-11 18:01:03 | Weblog
ホームページ http://yamada@21jp.com/ の中の「町工場おやじの持論・自説」欄ではちょっと書きにくいプライベートなことや、メモっておかないとすぐに流れ去る思いつきや“気付き”を、このブログに書き留めておきたいと思っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする