諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

仏教では救われない人達。その2

2017年05月17日 08時41分06秒 | 神道

続きです。

人殺し、更には神殺しの家系を生きる私は、殺したらそれで終わりではないと考えます。殺したら次が必ず来ます。殺した者の祟りです。

更に祟りを起こす神がいるのか。或いは祟りで恨みを晴らしてくれる神や仏がいるのか。

います。貴船権現、弁才天がそうです。そして神社に祀られている神道の神々全てが祟神でもある。神社は神々の封印装置。祟りを起こさず鎮座していただく場所。全ての神道の神々は祟りを起こせると私は考えます。

人を無慈悲に悪意を持って殺す。殺した者は地獄に落ちる。その殺した者を地蔵菩薩は助ける。その行為は殺された者の反対側に立つ。

殺された者、そして愛する者を殺されて生き地獄を味わっているその肉親・家族に、地蔵菩薩は敵対する事になる。

地獄に逃げ込まれたら、神道の神々の祟りは受けずに済むのか。否、死んだのであるなら、それ以上恨むべきではないのか。

うーん、何が何だか判らなくなってきた。こうなるだろうとは思っていた。読んでいる方も何を言っているのか判らなくなっているだろうけど。

でも、やっぱり神道と仏教の考えは違う。全て同じでは解釈は不可能だ。大体、神道の神々は死んだ者の願いは聞かない。死んだ者の成仏など叶えない。死んだら無になる。死は穢れなのだから。

ピンと来ている方がいるのなら有り難いのですが、地蔵菩薩と貴船権現や貴船明神、そして弁才天は瀬織津姫とされている。そして貴船権現・明神、弁才天、つまり権現、明神、天女は仏教の呼び名ではあるが、元々は神道の神々。神仏習合で一緒にされた。

一方は慈悲で地獄から救う者。もう一方は呪いと祟りで地獄に落とす者。それぞれ同じ神仏。それをどう解釈して良いのだろうか。

私、これまだ多くの本を読んで来たし、ネットでも情報を収集して来ましたが、この疑問に答えている方はいません。判る方がいたら是非とも意見が聞きたい。

現時点の私が無い知恵しぼって語るならば、神道の一霊四魂で解釈は出来るとは思います。一方は怒りを持って罪を追求する。もう一方は慈悲の心で罪を許す者。荒魂と和魂。許せないのか、許すのか。その感情は人間も有している。

許すのが人として優れているのか。心の強い人間であるのか。それは違う。愛深き者故に苦しむのであれば、それは罪ではない。それは心が弱いとは言わない。

だったらどこで妥協が出来るのか。やはり殺した者への死しかない。憎む者が死ぬ。それで被害者家族は十分とは程遠いが恨みを晴らせる。

死んだ者に対しては憎んでも仕方が無い。これで或る程度の鎮魂ではなる。その点からも死刑は無くしてはならないと思う。

その考えから「殺したがるバカ者と戦って」と発した瀬戸内寂聴さんと私は意見が違う。それが仏教であるなら私は否定したいと思います。生きて罪を償っても足りない者には、死を与えるべきだと思います。

ただ、死んだ者の魂の浄化については、拒み阻害するべきではない。再度人として生まれ変わって欲しくは無いが、そこまでの恨みは残すべきでは無いと思いますね。

実は千葉県の9歳のベトナムと日本人とのハーフの女の子が殺された事件を思い浮かべながら、今回の記事を書いていました。

不動産賃貸業の犯人の男は、捕まる事も頭にあったと思います。それでも欲望に走った。それは運悪く捕まっても暫くすれば出られるという考えが、多少なりともあったと思う。見つからなければ儲けものと考えた。

その程度の考えで人を殺した。人は殺してしまえばお終い。その考えがあったと思えます。

殺された女の子のベトナム人の父親の姿や、その肉親を見てられなかったです。あんな生き地獄は無い。その苦しみは死ぬまで続く。その人たちの心はどうするのか。それでも犯人を地蔵菩薩は救おうとするのか。死刑は廃止した方が良いのか。瀬戸内寂聴さんや住職さんたちに聞きたいです。

私は死は究極の祓い清めだと考えます。犯人に対しても欲望のままに人を殺す心は穢れと考えます。穢れは祓ってやるべき。だから私は死刑に賛成します。殺された被害者やその肉親。そして罪を犯した者の心を鎮める為に絶対必要だと思います。

っと色々書いてきましたが、一つだけ断言しておきます。人を殺したらそれで終わりではない。殺されたことに納得できない者は長きにわたって恨みを晴らす。それは死霊であっても生霊であっても。

殺した者に平安は訪れない。必ず恨みを晴らされる。場合によっては子々孫々まで。歴史を見ればそれが証明されている。逃れる事は出来ない。

 

ではでは。

 

 

 

 

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4 コメント

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本当そうですね (りひと)
2017-05-17 10:36:55
止まらない衝動、連鎖、波動なのかもしれませんね。人間が動物となればまさにそれが自然で絶えず戦いの仕返しの連鎖でしょう。

なので霊とか神レベルではそうなのかもしれませんね。

で問題は身体を持つとどうなるのか?って所ですけどひょっとしたら人間は寿命と酷使したら衰ええる身体がある事で動物にはない知恵を得たはずです。我慢と節制も。

だとすると人間だからそこに歯止めが出来る可能性もありますね。だってやったら自分がやられるのですから。

個人的には我慢は子供と道徳心は子供のうちにしか学べないと思います。そこで天罰とか親とか地域とかの愛の鞭がないとしめしめ感になるんで繰り返す。

なのでそうなったらお手上げです。
なので死刑は仕方ないのかとは思います。社会適合、秩序を守るためにはルール守れないと危険を増やしてしまうので。

良くいう人間は修行の場という意味合いの中に、神より霊より人間こそ何かを変えられる唯一の可能性を持っているのかもしれませんよ。
人間として生きる事は、将来も見通せもしないし大変で霊や神に引っ張られて意思なんて発揮も出来ていないですし可能性は低いのかもしれませんけどだからこそ信念は持ちたいなあと思います。

呪いと一緒で相手への攻撃は自分にかえってくる。因縁の相手にいい事をかえしたらいい事はないのか?と実験中です。まあダメージ貰わない程度ですけどね、先祖はそんなえだかまりはないのでは?と最近思います。絶えずいい方に持っていく意向はある。先祖とか関係ないところでただ逆に争わせたいと思うと力もあるように思うのでその理由が何なのか?どうかわしていくのかが課題です。宗教も組織となると違うのでしょうからそこには全く入らず今の時代日本は自由で良いという絶好の機会で学びたいとは思います。2092
子供の頃が大事ですね。 (綱永井寵生)
2017-05-19 10:13:58
りひとさんへ

歳を取ると精神的にも弱くなるし、堪え性が無くなる。頑なな性格になっていくと思います。やっぱり子供の頃の精神バランスが重要だと思います。

私の場合、良くも悪くも親は居なかった様なものですから、自分で考えて行動する癖が付いています。人に聞いても人より性能が低いので、私には当て嵌まらないケースが多い。だからよくよく考える様にしています。油断から失敗に繋がる人生を歩んでいるので。

因縁の相手に良い事で返す。それで中和する可能性もあるし、それが墓穴を掘る事も考えられる。やはり人によりけり。一定の法則は有るのかも知れませんが、完全な解決策にはなるとは思えません。ここのところは本当に難しいです。
人間だから出来る事満喫します。 (りひと)
2018-05-01 17:23:16
そう、恨みは中和されないように思いますね
ただ人間は行動や思いも飛ばせる。多分霊や神は時間が止まったままなので変わらないのかも?

ただここの所、思う事はどっちの意向が強いかで綱引き状態が各自みんなにあるんではないかな?
人間見えている所は一面でそこにピントあってしまうとこいつダメってなった行動になる。そういう判断をする方だという事はすぐに分かってしまう。けどそこでだからって圧をかけたり対抗したら動物その者ですもん。もちろん先の未来は面倒くさい状況になるのは子供でも分かる。その場所出ちゃえばいいんですけどね。ただ逃げた所でまたそういう状況は同じように繰り返されるって感じに思うんですよね。生まれ変わってまた同じパターンって。

だとするとそこでどうするか?どんな知恵を使うか?これは今の自分にしかできない事だと思いますよ。

昔の漫画で頭の中に悪魔と天使が出てきて囁く。その時どう思ってどういう信念をもって行動するか?これは自由で決められるのではないかな?

おそらく家系により悪魔が絶えずくっ付いていたり天使が間違いなく案内してくれるなど程度とバランスは様々、その家系だから仕方ないと割り切っても辛い事はあるはずです。
けど、必ず天使も少しはいるはず。環境により毎回トラブれば明らかに保険かけて慎重に橋渡るように生活する事にはなりますが、それが個性として出来る知恵は変わってきますよね。命取られないために。

で綱永井さんの所は悪魔が多いのは確かですね。
ただ人間が天国に行くとおそらく自分の目で見ていない裏の違う人の行動も全て理解するはず。そうしたらいくら戦国時代でもあの行動の裏の背景も見えてくるでしょうから恨むかどうか?疑問ですよ。

ただね、面白い事に多分自分を陥し入れた人も知らなかった何て事もあるように思います。その時その霊なり神はどうするのか?ちょっと気になりますね。おそらく行動は出来ないので人間を使うかもしれませんよ。

そう思うと善良にコツコツ生きる方が後々安心。たとえ騙されたにしても、いじめられたりしても相手を恨まずかわす事で生きる方が私には合ってそうですね。

マイペースに悪魔を自分で祓いながら楽しんで生きたいですね。楽しまないとせっかく身体貰ったので。お邪魔の程度は桁外れに違いそうですけど、前向きに宜しくお願いします。

祓えない時は、自分で浄化か祓い出来るかもしれませんよ。綱永井さんならば。それで祓えないなら見えない世界の事が原因なので、特注で強い見えない者に祓って貰えるかも?そうなるといいですね。1369。で自分で祓えるのは感じることが出来る人のみ。日本人は自分で祓える人多いはず。客観的に物事見れるので。視野が狭いならば広げれば出来るはずだし。やるだけやって出来なかったら諦めますね。1369
結果的に。 (綱永井寵生)
2018-05-04 10:10:25
りひとさんへ

私は父方の従兄弟を事故死で、母方の従姉妹を自殺で亡くしていますが、私の父が仙台にさえ来なければ、この二人は死ぬ事は無かったと思います。

勿論、父には罪は無い。でもこの人が関わると悪い結果になるって人は不思議にいます。
「病は気から」と言いますが、跳ね返す気が必要。気を高めるのが重要だと思います。

私は姓名判断である程度は分かるつもりですが、人によっては相手に魔を移さないと生きて行けない人がいます。自分が死んでしまうので。
その人はそれを知っているのか人に接する仕事に付いている事が多いです。特に霊能者を自称している人は要注意です。

自分で祓うよりも避けた方が一番良いです。でも引き寄せられる。

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