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一宮友歩会・第49回例会  史跡めぐりシリーズ・西尾張編part11  津島市南部を歩く

2014-04-05 22:23:57 | 一宮友歩会

今回は名鉄の津島駅に集合して、南西に愛西市へ向かい、東に向かってから北上して名鉄尾西線の日比野駅に着くコースを歩きました。
コースの延長は14キロとなっていましたが、15キロに近いのではと思いました。
今回のコースは尾張地方の西部で、いわゆる0メートル地帯でした。佐屋街道が東西に横切り、往時は家康や松尾芭蕉がこの街道を通過したと有りました。

そんな、佐屋宿辺りを歩いてきましたが、古さは感じませんでした。
一宮友歩会のウオーキングは総合学習です。
所々で説明を受けますが、歴史や文化、いにしえの様子などを知る事が出来ます。


今回歩いたコースです。
下へ下って行き、東に行ってから北上しました。



スタート前の会長の挨拶。



津島の町の中。
左は鍛冶屋だっただろうと思う店。
標識で「農」の字が隠れていますが、農工具となっています。想像ですが農家がクワを持ち込み修理して貰ったのではないかと思いました。

右は廃業してしまった銭湯です。



六地蔵へ来ました。
この六地蔵は、普段扉が閉まっているのですが、関係者が特別に扉を開けてくれました。


六角柱の上に祠がもうけて有ります。
六地蔵は全ての生命は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天と言う六つの世界を輪廻している、そして、それぞれの世界を6人の地蔵菩薩が救ってくれるという仏教の教えから地蔵菩薩の像を六体並べて祀ったものです。
祠に6体の地蔵が有りました。




天王公園の池に来ました。
池の横には祭りで使う船が置いてあります。
上にむけて有りますが、舟の中に雨水が溜まるのではないかと思いました。




列で池の淵を歩きます。



公園に有った枝垂桜が満開を迎えていました。




歩いていて、見かけた海抜の表示。
0mの表示が胸の辺りに来ます。
と言う事は、立っている足元は0メートル以下です。
0メートル以下ですから水害にあうと、中々水が引かないでしょう



佐屋川原の地蔵堂。
左は話をしている会長。
右は五輪塔。江戸時代の武術家・山田真龍軒はこの佐屋宿で荒木又右江衛門と出合い、佐屋川原で決闘をして負けたとされています。




佐屋宿の説明板をじっくりと読みます。



佐屋宿の説明。


佐屋宿を通った人たち。
家康や家光が通りました。
吉良上野介の名も有ります。



佐屋宿や三里の渡しの説明です。
この佐屋宿から桑名宿へ川を下りました。
川を下る料金と逆に桑名から佐屋へ来る料金では佐屋へ来る料金の方が高かったのだそうです。川を遡るので、それだけ労力を費やしたからです。
三里の渡しの石碑が有りますが、佐屋川の姿が無く、ここから船が出ていたと言われてもピンと来ません。



こちらは水鶏塚(くいなつか)芭蕉の句が刻まれて居ます。




水鶏塚の前で。




星大明社へ向かいます。
道の脇の松が立派です。




星大明社の前。
桜が見ごろを迎えています。




路傍のつくし。
凄い数のつくしで土筆を探す手間は要りません。




車田の石碑へ。




市江車と言う山車に与えられた田です。
車田と言うから高山や佐渡に伝わる円形の田なのかと思いましたが、それは違っていました。




石の隙間から顔を出したスミレ。
困難な条件で花を咲かせたスミレ。
丈夫なスミレですが、多分外来種でしょう。


今回のコースは濃尾平野の真っ只中と言った感じです。
要所要所で説明して貰えるのが一宮友歩会の特徴です。色々と参考になることを説明して貰えました。

今でこそ、名鉄の尾西線で電車が走っていますが、かつては蒸気機関車が列車を牽引していたのだそうです。
一緒に歩いていた人が教えてくれました。
その人の子供の頃のことだったそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E5%B0%BE%E8%A5%BF%E9%89%84%E9%81%93
尾西鉄道が名鉄に吸収合併されたのでしょう。
その男性が話していました。
その頃の蒸気機関車が犬山の明治村で動いていると。


春らしい陽気。
暑くなく、寒くなくウオーキングには持って来いの陽気でした。
花が咲き始め、ウオーキングを楽しめました。



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