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一宮友歩会 第68回ウォーク例会 史跡巡りシリーズ・西尾張編Part16 弥富市・蟹江町を歩く

2017-06-03 23:13:50 | 一宮友歩会

一宮友歩会の6月例会に参加しました。
今回は弥富市の近鉄弥富駅に集合して、弥富市の南部から蟹江町を歩くものでした。まず、近鉄弥富駅前で出発式です。その後は弥富の街を南西へ、そして南東へと歩きました。
この辺りは、いわゆる海抜0メートル地帯です。長い間、水との戦いの連続だった場所です。そんな苦闘の歴史を河川土木に詳しいY井さんから解説して貰いました。
また、今回のウオーキングでは、弥富市の案内ボランティアグループ「弥冨ふるさとガイド」の方々に案内をして貰いました。16年04月02日に一宮友歩会の第61回ウォークで、弥富市の北側部分を歩きました。その時も「弥冨ふるさとガイド」の人に案内をして貰いました。今回はその続きみたいなものです。
今日のコースは14kmとなっていましたが、計画に含まれていない、ふたつやの渡しへ寄りましたので15kmを越えているのでしょう。梅雨入り前の出来です。好天に恵まれて歩くことがではました。
カメラの画像が表示したコース時間です。
近鉄弥富駅(スタート)(9:13)   ― ふたつやの渡し跡(9:42~9:49)   ― 歴史民俗資料館(9:55~10:00)
   ― 蓮如堂(10:02~10:10)   ― 金魚卸売市場(10:22)   ― おみよし松(10:31)  ― 
黒宮重佳記念碑(11:13~11:15)  ― 海南こどもの国(11:33~11:39)  ― 弥勒寺(11:41~11:49)  ― 
孝女そよ宅跡(11:57)  ― 三つ又池公園(12:05~12:56)    ― 烏の池(13:02)  ― 
明治天皇御小休所(13:17~13:25)  ― 二つお宮の松(13:29~13:35)  ― 吉川英治文学碑(14:39) ― 
鹿島神社文学苑(14:54~15:00)  ―  ― 親鸞聖人遺跡(解散式)(15:22~15:25)  ― 
近鉄蟹江駅(ゴール) (15:34)  




今日のコース地図です。
廻る予定の無かったふたつやのワ渡しへ寄ったりしまして、15キロを越えていると思います。
http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/68map.pdf

弥富駅前。

近鉄弥富駅の南側の広場です。
出発式で挨拶する会長です。




蟹江駅前から尾張大橋方面へ歩いてきました。
歩いているコースが堤防で数メートル高くなっています。
お囲い堤と呼ばれている堤防です。
尾張は対岸の美濃より高くなっています。

ふたつやの渡し跡

ふたつやの渡し跡。
かつては、ここから渡し船が出ていたのですが、直ぐ近くに川は有りません。
この辺りが整備されています。
石碑が有るので渡し場が有ったと思えるのですが、ここから船に乗ったというのはピンと着ません。




ふるさとガイドが資料を見せてくれました。
ふたつやと言われる由来が判りました。




両側に家が立っていますが、古い町並みです。
この道は明治期に東海道だった街道です。


歴史民俗資料館

歴史民俗資料館に入館します。
この資料館へは第61回の際に立ち寄りました。
今回はトイレ休憩です。

蓮如堂

歴史民俗資料館の直ぐ近くの蓮如堂へ来ました。
ここで、ボランティアガイドの紹介です。
そして、ガイドから蓮如堂の説明がありました。


金魚卸売市場のところへ来ました。

金魚卸売市場へ来ました。
ガイドが説明しています。




あのガラスの建物。
アソコで金魚の競り市が開かれます。
ここへは14年03月14日。見学に来ました。春のシーズンで金魚市が開かれる頃になった時でした。
http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/d882d8f9fe0f7ea566f48772b4364d44
金魚市は月曜日と金曜日に開かれるのだとガイドが説明してくれました。
ここに温室のような建物が出来ていました。前回、歩いた時には無かったのです。



沢山の木箱が立てて有ります。
この木箱。「カンコ」と呼んでいまして、競り市の時に金魚を入れて流すものです。

14年03月14日に見学した様子です。

左上は金魚卸売市場へ来ました。弥冨ふるさとガイドに説明を受けています。
右上は競り市場へカンコを送り込んでいます。
左下は競りの様子です。そして、右は流れていくカンコです。カンコの中に木札を投げ込んで入札します。



道の横。
金魚の養殖池が有ります。
直ぐ近くに、まだ新しいアパートが見えます。
水が無く、干上がった池を見かけました。
金魚池の面積が縮小しているかも知れません。


筏川の横を歩きます

右は筏川です。
江戸時代。今のような姿ではなかったと思いますが、木曽谷からの材木がこの川を流れていきました。




のどかな雰囲気の中のウオーキングです。

空気が澄んでいて遠くまで見えます。
左の遠くの山は藤原岳で、右のなだらかな山は多度山です。


黒宮重佳記念碑

黒宮重佳記念碑へきました。
御神木のような大きな木。
記念碑は漢文調で彫られて居ますが読み難いです。


海南こどもの国

海南こどもの国へ来て、少しの時間。休憩です。
そして再び、歩き始めました。


弥勒寺

弥勒寺へきました。
これから入りますが、立派な門のお寺です。
それに、いい形の松が見えます。


孝女そよの墓碑

弥勒寺の門前に孝女そよの墓碑が有りました。




小麦なのか大麦なのか、実った麦畑が見えます。
近々、刈り取られるのでしょう。


孝女そよ宅跡

孝女そよ宅跡へ来ました。
弥勒寺から近い場所です。
石碑と説明板が設置して有ります。


三つ又池公園

三つ又池公園へ到着しました。
ここで、昼食です。
広い公園ですが、水郷らしい雰囲気の公園です。
この公園。芝桜が良いようなのですが、時期が過ぎていました。


秋葉堂

秋葉堂へ来ました。
このお堂の内部に木造阿弥陀如来半跏倚像が安置して有ります。




ガラス越しに中を覗いました。


旧東海道

旧東海道を歩いています。
この辺り、左側が石段を積んであり、一段と高くなっています。
海抜0メートル地帯で、少しでも水害からまぬかれ様としています。
明治期の東海道なのですが、関西鉄道が開通したり、木曽川に橋が架けられたりして廃れてきました。


明治天皇西蜆小休所

明治天皇西蜆小休所の石碑が立っています。
こちらのお家。今は新しい家屋となっていますが、当時、、明治天皇がこちらで休憩したのでしょう。
お家の方が出てきてくれました。




個人のお宅に有る石碑です。
特別にお宅の中に入らせて貰い、拝見しました。
読み難いですが、上に御小休と刻まれています。
その下には明治十三年七月二日 御巡行となっています。






ふるさとガイドが見せてくれた資料です。
名古屋別院から熱田神宮に参拝してこちらに着て、ここで休憩したと有ります。
鍵付きの木桶。毒を入れられてはいけないと言う配慮からでしよう。


今回、明治天皇は西に向かっていました。
第61回例会で弥富市の北部を歩きました。その時、明治天皇焼田港御発着所跡の石碑を目にしました。桑名方面からその場所に着いたのでした。
明治天皇が焼田港に着いたのは、明治元年(1868年)に京都から東京に移る際に,桑名から東海道を東に進んでいるのでした。西に向かったのと東へ向かった時期。
時期が異なる事が判りました。


山神社

二つお宮の松です。
長時間、私たちのためにご案内いただきました。
ここで「弥冨ふるさとガイド」のみなさんとのお別れとなりました。
この場所。
山神社と言うところで、松が2本有ったのですが、1本切り倒されて1本が残るだけになっています。



海抜を示す表示です。
この一帯。いわゆる海抜0メートル地帯です。




街道横の水田。
田植えが終わっています。




善太橋から見えた東海市方面です。
名港大橋。その先には溶鉱炉が見えます。




日光大橋を渡ります。




橋を渡った場所でY井さんからの解説です。




Y井さんの解説の資料です。
海抜0メートル地帯で水との戦いでした。
水の流れを良くするには浚渫しなければなりません。しかし、浚渫して川床を下げると満潮時に海水が浸水して来る。それを防ぐためには樋門を設けなければならない。樋門を設置すると漁業者の船が通過できない。
漁業者と農業者との利害関係。
樋門の工事で、当時は工事の技術が稚拙で、川が流れている状態で工事する技術が無く、陸で樋門を工事して、その後に川の流れを替える。今のような技術が無い時代だったとの説明でした。


吉川英治文学碑

吉川英治文学碑です。
かつては別の場所に有ったのをこの場所に移したのだそうです。




佐屋川の横を歩きます。




佐屋川の横を歩きます。
桜の並木となっていて、桜の時期には見ごたえが有りそうです。
この場所の西にゴルフの打ちっ放しがありました。
とんで来た沢山のゴルフボールが浮かんでいました。


鹿嶋神社

鹿嶋神社に来ました。




境内が文学苑となっていて歌碑が設置して有ります。





近鉄蟹江駅の近くまで歩いてきました。
前方に見える川は蟹江川です。
右側にコンクリートの塊が見えます。
かつて樋門が有ったのですが、不要となって撤去した樋門の後だと説明がありました。




国道1号線。蟹江大橋です。
前に見えるのは、橋の跡です。
右に新しい橋が架かっていますが、前のは古い橋の跡です。


近鉄蟹江駅

お疲れ様でした。
近鉄蟹江駅に到着です。

最後に
一緒に歩いたMさんのホームページです。
http://www.geocities.jp/jk2unj/68reikai.htm

感想
以前に来た事の有る金魚市。そこへ再び来る事が出来ました。あの時の記憶を思い出せました。
東海道の宮宿から桑名宿までの七里の渡し。七里の渡しを避けて佐屋街道を歩くと言う方法も有りました。その佐屋街道、七里の渡しを辿らずに行くのが、明治期の旧東海道でした。このような街道を知る事ができました。
そんな街道も関西鉄道が開通したり新しい橋が架橋されて街道が廃れてしまいました。古い街道を知る事が出来て面白かったです。
旧東海道で明治天皇が休んだ場所。それに以前の例会で見かけた、明治天皇焼田港御発着所跡。その時と今回とは時期が異なる事が判りました。こうして、発見と言うか新しく知る事が出来た事が面白いです。





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