聖書の時間

教会日記

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神に立ち返るために

2009-01-18 16:43:21 | Weblog
福音がどのようにのべつたえられて、今日にいたたtのだろうか。ペテロによって「うまれつき足のきかない男」の人が立つことができるようになった。それも「金銀はわたしにない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさいといって、てをとって立たせたのである。すると、信じられないようなことがペテロによって起こったのである。
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たたきなさいさすれば開きます

2009-01-12 08:10:07 | Weblog
聖書の有名なキリストのいったことばですね
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十字架のあがない

2008-12-28 16:30:14 | Weblog
家を建てるのに土台が大切なことは言うまでもないことだろう。私たちの生活についても同様である。どこに、何に、自分の生活の基盤がおかれているかを考えたことがあるだろうか。わかっているようであるが、案外、上に建てるもののみに心が奪われて生きる土台を考えることを疎かにしてはいないだろうか。年の暮れであわただしい中ではあるが、心をしずめて考えてみようではないか。
[そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと「どくろ」の場所)へ連れて行った。]
イエスは裁判をうけ十字架刑に決まったのである。それは、正当な裁判ではなく、祭司長たちによって民が扇動され、強要したことによるものである。処刑の場所へは、自分のつけられる十字架を背負っていかなければならないのである。その痛みは私たちの想像を超えるものである。イエスとこの世、神と悪魔との戦いなのである。
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イエスのいのり

2008-12-21 15:13:45 | Weblog
イエスが苦悩の中にあるとき、弟子たちは何をしていただろうか。彼らは眠っていたのである。その弟子たちにイエスはどのような言葉をかけられただろうか。イエスのすすまれる道は、どのようなものであるかを知ることが出来なかったのである。私たちは、この弟子たちの姿をみて笑うこと、非難することができるだろうか。これらのことを、私たちは他人事のように思ってはいないだろうか。常に、神の御心に従う選択をしようではないか。
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キリストの誕生

2008-12-14 16:40:23 | Weblog
「御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力が
あなたを覆います。それゆえ、生まれるものは、聖なる者、神の子とよばれます。御覧なさい。あなたの親類エリザベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのにいまはもう6ヶ月です。神にとって不可能なことはひとつもありません。」」御使いは聖霊による誕生を告げたのである。さらに神の能力には限界がないことをも告げている。
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クリスマス

2008-12-08 19:05:32 | Weblog
クリスマス礼拝は21日午前10時からです。
クリスマス集会は21日午後6:00からです
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明後日は教会

2008-12-05 12:30:06 | Weblog
明後日はせいさん式です主の恵みを感謝しましょう。
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