手袋をさがす

柳澤伯夫厚生労働大臣の「女性は子供を生む機械、装置」という発言にふれて、私は何故か、向田邦子の<手袋をさがす>(『夜中の薔薇』収録)というエッセイを思い浮かべた。『父の詫び状』や『あ・うん』など家族をテーマにした秀作を多数残した、才気あふれる彼女は生涯独身で子供を持たなかった。

 22歳の時だったと思いますが、私はひと冬を手袋なしですごしたことがあり
 ます。・・とにかく気に入らないものをはめるぐらいなら、はめない方が気持
 ちがいい、と考えていたようです。・・・
 会社の上司で私に目をかけてくれた人が、残業にことよせて私に忠告をして下
 さったのです。「君のいまやっていることは、ひょっとしたら手袋だけの問題
 でないかもしれないねえ」
 私はハッとしました。
 「男ならいい。だが女はいけない。そんなことでは女の幸せを取り逃がすよ」
 そして、少し笑いかけながら、ハッキリとこうつけ加えました。
 「今のうちに直さないと、一生後悔するんじゃないのかな」
 素直にハイ、という気持ちと、そういえない気持ちがありました。(本文より)

戦前の教育を受けた向田邦子ですら、社会の中で働き続けることと、一人の女性として、どういう人生の選択をするべきか、迷いながら生きてきた。当たり前と言えば当たり前の事だ。現代に生きる女性ならなおさらで、仕事と結婚や出産を両立させる事にどれだけ苦労しているか。柳澤厚労相はそんな簡単な事もわからない御仁なのだろう。人生の節目、節目で、自分の意思を環境と社会的規範の狭間で折り合いをつけながら、人は誰しも生きていかなければならない。その事に男性も女性も本来、違いなどない。人権意識の欠如しているノスタル爺ィどもは、それを想像することすら出来ない。きっと彼らは、女は子供を生む機械で、男は税金を国に収める機械だというぐらいの認識しか持っていないのだろう。

 自分の気性から考えて、あのとき ― 22歳のあの晩、かりそめに妥協して
 いたら、やはりその自分は自分の生き方に不平不満をもったのではないか ―
 。いまの私にも不満はあります。・・・音楽も学びたい、語学もおぼえたい、
 とお題目にとなえながら、地道な努力をしない怠けものの自分に対する軽蔑 
 ―。そして貧しい才能の引け目。
 でも、たったひとつ私の財産といえるのは、いまだに「手袋をさがしている」と
 いうことなのです。(同本文より)

あなたはどんな手袋をさがしているだろうか。私はどんな手袋をさがしているだろうか。仕事でもっと満足のいく成果を出したい。趣味も充実させたい。友人と仲良くしたい。けれど、まだ見ぬ、いや一生、直接には関わらない人々もささやかでも、幸福に満ちた生涯を送れるような社会の仕組みと政治の仕組みもさがしている。それは簡単ではないだろう。しかし、今回の柳澤大臣の発言で、私たちの手に合う手袋を示すことの出来ない政治家もいることははっきりしたようだ。

 多分、私はないものねだりをしているのでしょう。一生足を棒にしても手には
 いらない・・・でもこの頃、私は、この年で、まだ合う手袋がなく、キョロキョ
 ロして、上を見たりまわりを見たりしながら、運命の神さまになるべくゴマを
 すらず、少しばかりけんか腰で、もう少し、欲しいものをさがして歩く、人生
 のバタ屋のような生き方を、少し誇りにも思っているのです。(同本文より)

女が、いや男も、人間は、機械なら、手袋はさがさない。

 
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« ピエール神父... 『邪宗門』 ... »
 
コメント
 
 
 
TB代わりに・・・ (喜八)
2007-02-03 15:54:39
こんにちは~。
いつものようにトラックバック代わりにコメント欄で失礼します~。

「右」も「左」もない、オレは「下」や
http://kihachin.net/klog/archives/2007/02/nakagawatakashi.html


 
 
 
向田邦子の魅力について考える講演 (にんじん)
2010-02-08 12:01:54
向田邦子の魅力に触れる講演があります。向田邦子ファンがいらっしゃいましたら、是非、参加してみて下さい。

例えば、

トークセッション:「向田邦子の魅力-手袋を探し続けた人生と作品から」                
講師:栗原 敦 実践女子大学教授
井上 謙  元近畿大学教授 


http://www.nwec.jp/jp/program/point/2009/page08i.html

 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。