読書な日々

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『すごいジャズには理由がある』

2015年02月26日 | ジャズ
岡田暁生+Ph.ストレンジ『すごいジャズには理由がある』(アルテスパブリッシング、2014年)

少し前に、「概して、ジャズ評論家というのは、音楽批評が下手なのではないだろうか」と書いたが、この二人は、もちろんジャズ評論家ではなくて、一人はクラシック音楽の専門家、もう一人はプロのジャズ・ミュージシャン(ピアニスト)だから、ジャズ評論家ということにはならないけれども、ジャズ評論というのはこういうものであったら、私たち素人にも、面白いものが読めるのじゃないかなという見本が、この本である。

岡田暁生は、若い頃からジャズに関心はあったが、それほど集中して聞いたり、実践したことはなかったが、数年前に同僚に早稲田大学のジャズ研の出身者が入ってきたことで、一気にジャズ熱に火がつき、偶然出会ったストレンジからジャズ・ピアノのレッスンを受けるようになり、そこでの会話が今回の本へと結実したという。

このストレンジという人は、クラシック音楽の修士号を、またキース・ジャレットの即興についての論文で博士号をもっているような人で、そういう意味で、たんに実践だけのミュージシャンではなくて、自分の実践を言葉で語ることができる人でもあったことが、岡田暁生との音楽対話へ発展する原動力となった。

章立てとしては、1.アート・テイタム、2.チャーリー・パーカー、3.マイルズ・デイヴィス、4.オーネット・コールマン、5.ジョン・コルトレーン、6.ビル・エヴァンズというふうになっているが、ジャズの歴史もそれぞれの章に組み込まれているので、たとえば1.アート・テイタムでは、彼がその後のジャズの発展をいかに先取りしていたかを教えてくれる。

その中で興味深かったのは、バド・パウエルは、右手はすごく創造力があるけれど、左手は伴奏以上のものではないのに対して、アート・テイタムのピアノのモデルはオーケストラであり、両手を四声で考えるという。彼のハーモニーの色彩に対する敏感さの例として、All the things You areで、最初にテーマを引く時には原曲通り短七和音の伴奏だが、後で戻ってくる時には7度を半音上げて、マイナーコード・メジャー7にしていることを説明している。そしてビル・エヴァンズがHow My Heart Singsの演奏で、短七和音をすべてマイナーコード・メジャー7に代えているという。

そしてそれをYoutubeにアップされている動画で紹介しているのを聞いていると、ああこれが私の好きなビル・エヴァンズなんだと分かった。私が少し前にビル・エヴァンズのリリシズムと書いたのは、こうしたハーモニーの色彩の変化によって作られたものだったのだ。岡田暁生は、ビル・エヴァンズはなんでこんな陰々滅々な音楽ばかりなんだと皮肉っているが、私はこれが好きだ。もちろん、たまには口直しに、ソニー・ロリンズとかアート・ペッパーなんかのノリノリの曲も聞きたくなることは確かだが。

3.マイルズ・デイヴィスでは、彼が開拓したといわれるモード・ジャズとはどんなものかが分かりやすく説明してある。岡田暁生がまとめて述べているように、ビバップはニ短調であれば、レ・ファ・ラ・ド・ミ・ソ・シという分散和音で考えるのに対して、モードだと同じニ短調でもレ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レというドリア旋法の音階という水平的な思考になるという違いがある。

さらに、ビバップはII-V-Iというコード進行を次々ととっかえひっかえして進むので、一つの調にとどまる時間が短く、そのために5や7の音ばかり使用するから、パターンが決まってしまうが、モードだと、和声進行しなくてもいいから、一つの和声のカラーの可能性をじっくりきわめつくすることができるという。いいかえれば、モティーフ展開がしやすい。ごく簡単なモティーフをいろんな風に展開させていく。まさにマイルズ・デイヴィスのKind of Bleuなど見られるものがこれだ。

6.ビル・エヴァンズの章では、ビル・エヴァンズよりもスコット・ラファロの凄さがずっと話題になっている。その後、ビル・エヴァンズがよく用いていたタイム・モデュレーション、つまり3拍子なのに、4拍子をときどき入れるという演奏のことが話題になっている。これをやるには拍子の感性が実にしっかりしていないと、ずれてしまうことになるわけで、この意味でもビル・エヴァンズがすごかったことが分かる。

あとがきによるとストレンジ氏はアメリカに帰国してしまったらしいけれども、ぜひ曲をまるごと分析してほしい。その中にジャズの歴史も入れ込んだ解説をしてもらえたら、すごく興味深いものが出来上がると思う。

この本の解説動画はこちら(これは第一章前半の分。ここにアクセスすれば、右側に他の章の動画も出てくる)

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