にと&兎兎

いつも私の心を笑顔にしてくれた兎兎は13歳でお月さんに旅立った。兎兎を撫でた温もりはまだ私の手の平にある。

「兎兎13才を振り返って・・・・(補足文)」

2012-11-25 | 2010年兎兎13才

正月明け、病院に行って、ようやく旋回するという病は、「もう大丈夫です」と、獣医から完治の御墨付をもらった。老体を襲ってきた病だったが、兎兎は見事にそれを乗り越えたのだ。獣医が、「13才になったんですね。13才という年齢のウサギは珍しいんですよ。その上、あらゆる病気に罹っても、全て克服していった兎兎ちゃんは、表彰してあげたいくらいです。生命力が強いですね」と褒めてくださった。嬉しかった。兎兎の強さには感服する。兎兎の精神力を尊敬する。それらは、私を励まし、負けずに頑張り続けることを教えてくれている。

御墨付をもらったことで、睾丸腫瘍の漢方薬以外の薬は止めることができたが、兎兎の体力や筋力はかなり落ちていて、それらはもう良くなることはないだろうと推測すると、とても哀しかった。それにまだ、兎兎の病との戦いは済んではいないと思うと辛かった。兎兎は睾丸腫瘍を悪性に転じさせない為に、まだまだ戦い続けなければいけなかったのだ。病で大きくなってしまった睾丸腫瘍は、大病が治っても小さくはならなかった。それよりも、睾丸腫瘍はまた大きくなってしまった。でも、まだ悪性には転じていないということだった。そして、一生涯、睾丸腫瘍は悪性に転じる事はなかった。良かった。もし悪性に転じたとき、どのような選択をしたらいいのか、その選択で私は凄く途方に暮れたはずだ。昨年の病以上に苦しむ兎兎を安楽死させるか、苦しんでも頑張り続けさせるか・・・・とても過酷で心労をともなう選択となったはずだ。だけど、その選択をしなくてすんだ。兎兎も苦しまなくてすんだ。そのことは本当に良かった。もしかしたら、兎兎は、悩みまくる私のために、悪性に転じさせないように頑張って踏ん張ってくれたのかもしれない。私にとって兎兎は、子であり兄であり友であった。だから、そのように接する私のことを、ママであり妹であり友だと兎兎は思ってくれていたと思う。

兎兎の食は、病が治っても元に戻らず、それよりも徐々に食事量は減っていった。兎兎の体重は、若い頃は約2.1キロ。最期の頃は、約1.45キロだった。そして、食事量が減っているのに、がくんと食事量が減り、腸内を整える薬をもらってきてから2日後、スティッチスリッパの傍らで、兎兎はお月さんに旅立った。横たわる兎兎は、若き頃のやんちゃで精悍な姿に戻っていた。とても美しく凛々しいと思った。だけど、この世で“兎兎”という存在はもう一生現れない。“兎兎”は“兎兎”しかいないんだ。そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。今でも・・・・・。

私は、高齢でも時折見せていた「まだまだわしゃあ若いぞ」と言っているような凛とした表情の兎兎が大好きだった。若いときから変わらない、最後の最後まで見せていた凛々しい顔が忘れられない。若いときから変わらない勝気さと一匹狼的な強さが大好きだった。家に来てから、兎兎は家の主となった。そんな兎兎の『王子様の風格』は高齢になると『王様の風格』になって威厳があった。そんな兎兎が大好きだった。私は毎日言い続けようと誓って毎日言い続けた言葉「愛してるよ。大好きだよ。長生きしてね」を、お月さんに旅立つまで兎兎に向かって一日何回も言い続けた。

にと「兎兎、私に沢山の笑顔をくれてありがとう。兎兎がいつお月さんに旅立つか分からないという事を覚悟してから、約3年間も私と一緒に居てくれて、ありがとう。兎兎のぬくもりはまだ私の掌にしっかりと残っているよ。“撫で撫で”は兎兎よりも私の方が癒されていたんだよね。兎兎はそれが分かっていて、私を癒してやろうと気遣って、“撫で撫で”させてくれていたんだよね。ありがとう、楽しかったよ、兎兎。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さよなら、兎兎」

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兎兎13才「納骨」

2012-11-22 | 2010年兎兎13才

平成22年4月5日撮影

四十九日に自宅の庭先に埋めてあげた。

でも、兎兎は、エンジェルとして、お月さんのエンジェルコーポレーションで活躍していると思っている。。。

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兎兎13才「火葬 (奇跡)」

2012-11-21 | 2010年兎兎13才

平成22年2月10日撮影

平成22年2月9日午前、兎兎はお月さんへ旅立った。13才と1ヶ月強。

平成22年2月10日午前、ペットの火葬納骨などを行っている葬儀専門店で、花と人参とスティッチスリッパと手紙を供えて兎兎を火葬した。

兎兎を火葬にしたのは、兎兎は“うさんぽ”以外はずっと家に居たからだ。その上、高齢になってから戸外に出ることを嫌ったからだ。(過去の記事へリンク)それに、風雨雪猛暑厳寒を知らない兎兎のことを考えると、土の中ではあるが、兎兎が微生物によって完全に分解されるまで、兎兎が寒いんじゃないか、暑がってるんじゃないか、怯えているんじゃないか、寂しがっているんじゃないかといろいろ考えて、気が気でなくなるだろうと思ったからだ。でも、それで、兎兎から手紙の返事(奇跡)を受け取る事ができたからよかった。(←私はそう確信している)火葬当日、葬儀専門店では、いろんなものが用意されてあり、その中から、いろいろと選んだ。柩、骨瓶、骨瓶の袋、記事「はじめに・・・・」(記事へリンク)へ掲載したメモリアルフォットスタンド。柩として選んだ布製のメモリアルカバーに、兎兎が寝ていたバスマットを敷いて兎兎を寝かせ、人参、スティッチスリッパ、私から兎兎への手紙、花を供えた。葬儀は、お坊さんを呼んでの葬儀はしなかった。火葬は、合同火葬と個別火葬と個別収骨火葬があり、私は個別収骨火葬にした。これは、個別に火葬した後、お骨を拾って骨瓶に収めることができるというものだ。これを選択して良かった。お骨を拾うとき、火葬場の方が丁寧に説明をしてくれ、兎兎からの手紙の返事である“奇跡”を、この目で直に見ることができたから。葬儀店への納骨はしなかった。自宅へもちかえりたかったからだ。その後、落ち着いてから、いろいろ考え抜いた末、四十九日に自宅の庭先に埋めようと決めた。

“奇跡”とは・・・・

火葬を終え、雪のような真っ白なお骨を拾うとき、火葬場の方が、「今まで沢山のうさぎさんを火葬してきましたが、13歳という高年齢にも関わらず、骨がバラバラになることなく、しっかりと綺麗に残っているのは、珍しいことです。特に、喉仏、この骨が割れず、その上、ひびも入らず先も欠けることなく、完璧に残っているのは、非常に珍しいことです」と言われた。そして、兎兎の喉仏を私に見せながら説明をしてくれた。「うさぎさんで喉仏が綺麗に残っていることはまれです。喉仏が残っていたとしても割れていることがほとんどで、割れずに残っていてもひびが入っていたり先が欠けていたりするのが普通です。それなのに、割れることもなく、ひびも入らず、先も尖っていて、完璧な状態で綺麗に残っています」火葬場の方は凄く力説してくれていたけど、そのときの私は酷く落ち込んでいて、何を言われても悲観的にしか取れなくて、また喉仏の事を知らない私は、悪い事を言われているんだと思い込み、兎兎は成仏できなかったんじゃないかと邪推し、恐る恐る火葬場の方に訊いていった。「若い子でも割れるのですか?」「若くても割れます。うさぎさんの場合は、大抵、割れた状態で喉仏が残っているのが普通です」「喉仏はなぜ割れなかったのでしょうか?なんでこんなことが起こったのでしょうか?」火葬場の方はちょっと戸惑いながら、「神のなせる技、というか・・・・奇跡ですね」「成仏したってことですよね?」私は一番訊きたかったことをようやく口にした。火葬場の方は怪訝顔になった。(喉仏は火葬する温度では消失してしまうそうだ。だから、喉仏が割れた状態で残っていも成仏らしい)一拍おいて、「はい。大往生です」と力強く言ってくれた。この奇跡が、兎兎からの手紙の返事だと直感させたのは、私が兎兎に手紙を書いたことを知らない友人からのメールだった。『その奇跡は、今まで大切にしてくれてありがとうっていう、にとちゃんへの感謝の印でもあるような気がするな。』この友人のメールは、今思えば、兎兎が差し向けたことかもしれないと思うのだ。なぜなら、私の途方もなく暗く沈んでいた顔は、兎兎が返事をくれたことが嬉しくて嬉しくて、一気に笑顔になったからだ 兎兎は最後の最後まで私に笑顔をくれたのだ

 

コメント (2)
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兎兎13才「ツーショット」

2012-11-19 | 2010年兎兎13才

平成22年1月22日撮影

にと「兎兎、しんどいのにツーショットを撮らせてくれてありがとう」

このツーショットが最後となった。まさか最後になるなんて、予想もしてなかった。だが、兎兎にはこれが最後だということがわかっていたのかもしれない。

13才になってからの兎兎は、めっきり弱り切っている感じだった。大病を乗り越えて力尽きたかのように、いつもスティッチスリッパに顔を埋めるようして寝ていた。それなのに、顔を起こしてこっちへ顔を向けている兎兎の写真が撮れていたのだ。私は俯いている兎兎とのツーショットしか撮れていないと思っていたのでびっくりした。たぶん、私がセルフタイマーをセットし、寝ている兎兎の傍にそっと行き、兎兎の顔に近寄ったとき、兎兎は力を振り絞って顔を起こし、カメラに顔を向けてくれたんだと思う。

兎兎に対しての「ありがとう」という言葉はつきない。楽しかった。兎兎がいてくれるだけで、笑顔がたえない毎日だった

 

※0才から13才までのツーショット写真は全て、床などにデジカメを置いて、セルフタイマーで撮影した。

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