超人少年伝説

源氏物語千年 紫式部が突然現れ 紫式部氏思想を書くことになった

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

優しさと残酷は自己同一である

2009-08-23 07:11:59 | Weblog
ある人がノーベル賞候補になった。
ノーベル賞委員会から日本にアンケートが来た。

あの人にノーベル賞をやると、ノーベル賞の価値が下がるから止めなさい。
彼は日本では学者と認められていない。
彼は三流の人だ…。

*。
松本清張の話題だ。
無学の人が一流の成果を上げると、
日本の学会はことごとく無視する、
あるいは誹謗罵倒する。

一字でも引用すれば、袋叩きにされる。
だからそうする人もいない。

    *。
これをどう考えたらいいのだろう。

一人称衝動では、
優しさと残酷が一体であり、
それが優しく揺れるか、残酷に揺れるかは、
人情世間体で決まる。

*。
小学生の間でも、
人も気持ちを優しく揺れることを学ばされる。

嫌がることをやると、いじめ殺されることもある。

これが大勢につくとか、空気を読むとか言うことだろう。

    *。
西欧には真理探究の精神があり、大体ここに収束する。

日本では大家の気持ちで決まる。

日本には学問の精神はない。
ここに心のない永遠平和がある。

格闘させて、そこでいいものや勝ったものをとることがない。

*。
大きな心という、心のない世界が日本を取り仕切る。

ここに客観的普遍妥当性はない。
西欧はこのルールでやって、大いなる成果が上がった。

日本の大家の心である。
それは心のない心である。

即ち、仏教の悟りは現実にはない。
即ち、妄想だ。

    *。
悟りは、妄想の世界にあって、現実にはない。

現実はいい加減で、俺だけは絶対だ。
このパラドックスで、上位を取る権力者だ。

ここでは現実を揺らし、
それを呑み込むい穴=井戸が、世間の基準となる。

*。
ここのは大いなる安らぎがあり、
しかしそこには心はない。

悟りとは、心を抜いて出来る、平安かもしれない。

だがそれは死の世界だ。

だがそこで活動できる人でもある。
それが無常観や無能感かも知れない。

    *。
そこに出来る空や無や仏性、
これは全体なき部分ではないか。

言葉であって、現実にない。

これが言霊かも知れない。

*。
言葉と現実から言霊を作った。

これは悪用すれば悪いことだが、
本来で用いればいろいろのことが出来る。

使い分けが難しい。

*。
ここから日本忍者が出てくる。

日本は現実未生の世界を、現実で使う。

下手すれば妄想であるが、うまく使うと超現実となる。

ある意味でアナムネーシスを現実で使っているのだ。

     *。
だがここに極悪世界が、公正と誠実を持って現れる。

そこいら辺の整理が出来ていない。

*。
村上春樹を、あざとい傲慢と見るものもいるし、
人生の師と仰ぐ人もいれば、
得体の知れない人と見るものもいる。

皆同じじゃ困る訳だ。

*。
これらの総和はどうなるか。

そこのお上支配が成立する。

これは困ったことだ。

世界を「和」でやっては困るのだ。
いろいろあっていいいのだ。

*。
「和」でやると、心が抜ける。

和でなく、心でやることだ。

それをさせないお上支配だ。

*。
それは何が作ったか。

無や空や仏性が作った。
これは妄想だ。

心が始めにないといけない。

*。
ここに生の文明が成立する。

無や空は、死の文明だ。

    *。
では生とは何か。

正帰還をゼロ・セットして、そこから始まる負帰還だ。

これが負のエントロピーを食べることだ。

*。
やっと生きることの定義が出来た。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
« 靖国はリストカットである | トップ | 村上春樹現象 世界が受け入... »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事