No. 2244 集団移転を余儀なくされる(『朝日』2月28日)
日本人は80年余り前にも集団移転を経験した。その最も惨めな姿が学童集団疎開だ。長引くであろう大東亜戦争(太平洋戦争)の戦力維持のために都会地の小学生を米軍による空襲の無い山間部へ疎開させたのだ。田舎に身を寄せる親類へ縁故疎開の出来ない児童は、教員と共に田舎の寺などの本堂を宿所として共同生活を送った。この経験が今回の被災地に生かされるか否かは不明だ。
能登半島地震の被害に加えて金沢市の火災は生活のタツキ(方便)を奪うものだろう。伝統産業の輪島塗を再興させる方途は今なお暗中模索か。
岩手県大船渡市の場合は津波と今回の山林火災のダブルパンチだ。時期的にも空気や下草が乾燥している時期で、喬木にまで延焼すれば消火には手間取る。山林火災の消火活動は上空からの昼間に限られるので、鎮火まで数日を要するであろう。祈、早期鎮火。


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